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世界の果て  作者: にこぴ
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2

 時間になったので馬車のところに戻り乗ると、すでに1人乗っていた。少し間を空けて座る。時間ぎりぎりでもう1人やって来て、文句を言われながら馬車に乗った。全員揃っていることと荷物の積み忘れがないことを確認して出発する。馬車の列に並んで順番を待つ。結構な数の馬車が並んでいるが、1台にあまり時間をかけていないようで止まっている時間は短く、すぐに順番が回ってきた。


 「どこに行くんだ?」


 「バルトまで」


 「バルトか、こんな時に行くなんて大変だな」


 「これも仕事なんでね」


 「荷物の輸送と乗り合いだな。国から出ていきたい気持ちはわかるがとても実行しようとは思えないな」


 「俺は守るものがないんでね」


 そう答えたのは最後に馬車に乗った男だった。筋肉質でがっしりとした体格で若く見えるが、目尻やおでこに細かいしわがあることから40歳ぐらいだろうか。


 「失うものはあるだろう。あんたは特にな」


 どうやらこの衛兵と男は知り合いのようだ。この男の事情まで知っているということはそれなりの仲なのだろうか。


 「まあいい、今更止めても意味ないだろ」


 そう言って検査が終わった。御者が手綱を引いて馬車を出す。馬車は門の中では多くの馬車が並んでいたが、外ではそれぞれの速さで進んでいるいるためまばらになっている。この馬車は比較的遅いから他の馬車が追い越してだんだん小さくなっていく。


 この馬車に乗っているのは俺を含めて3人。最後に乗ってきた衛兵と話していた体格のいい中年の男と、最初に乗っていた細身の若そうな男だ。中年の男は後ろを見て、細身の男は本を読んでいる。


 「あんたらは何で国を出ようとしてるんだ?」


 ふいに中年の男がそう聞いた。


 「私は大陸の歴史を勉強したいんです」


 細身の男が言った。


 「勉強か、シアンは学術国家だもんな。バルトの王立図書館の蔵書は大陸で1番だからリングスから留学する貴族も多い」


 なるほど、バルトの王立図書館か。一度行ってみようか、世界の知恵について何かわかるかもしれない。バルトに着いたら一度行ってみよう。


 「ええ、昔から勉強が好きだったんです。その中でも特に大賢者様の話に興味を持ってそこから大陸の歴史も学ぶようになりました。ですが、リングスは軍事に力を入れているため満足いくまで勉強ができなかったので、学校を出てからリングスを行くためのお金を貯めて最近ようやく十分な貯金ができたので国を出ることに決めたんです」


 「なるほど、いい考えだ。あんたはどうして?」


 中年の男が俺の方を見て聞いた。


 「俺は、」


 それだけ言って言葉に詰まる。なんと説明すればいいかわからない。正直にコロン樹海に行くとも、世界の知恵を探すとも言わないほうがいいだろう。


 「世界を見たくて」


 迷った結果、それだけ言った。


 「そうか、いいことだ。世界見て回るなんてのはそうそうできるような経験じゃない、楽しめよ。」


 中年の男はそう言った。世界を見たいなんておかしな理由のはずだが、それ以上掘り下げられることはなかった。気を遣ってくれたのだろう。ありがたい。


 「あなたはどうなんです?」


 細身の男が中年の男に聞き返す。


 「王国騎士団で30年程働いてた。先代は人望が厚い人格者だったんだが、今の国王は強権的なうえに強欲でな、10年前に即位してから以前よりも軍事に国家予算を多く割いて国民からの不満が多かったんだが国王は無視し続けてたんだ。そしたら今度は世界の知恵が欲しいと言い出して周りは止めたんだが聞く耳を持たずに決行に至ったんだ。探索隊を組んで探すだけでも莫大な費用だっていうのに盛大に見送るってんだから元々決まってた予算なんかじゃ到底足りないから他のとこから持ってきたり追加で課税するわけだが、そうすると国民の生活はさらに苦しくなる。権力者が力を求めるとろくなことにならない、だから俺は仕事を辞めて国を出ることにしたんだ」


 王国騎士団か、だから衛兵の男と顔見知りだったわけか。しかし、30年近衛隊で働いていたということはもう50歳ぐらいなのだろうか。とてもそうは見えない。


 「王国騎士団の方だったんですか、どうりで屈強な体をしてるわけですね」


 「別に大したことはない、鍛えることしか能がないだけだよ」


 中年の男はそう謙遜した。


 「私はヒストといいます。お2人のお名前はなんですか?」


 細身の男が聞いた。


 「俺はドラウグだ」


 「俺はセガスっていいます」


 「ドラウグさんにセガスさん、バルトまでお願いします」


 ヒストが丁寧に挨拶をしたので、俺とドラウグは頭を下げて返した。



 しばらく馬車に揺られていたら街道の脇に停まった。


 「ここで休憩して昼食をとるぞ」


 御者に言われて3人とも馬車から降りる。太陽は西に傾き始めた頃だ。それぞれが自分の荷物から食料を出して木陰(こかげ)に座って食べ始める。御者は馬の面倒を見ている。


 「御者さんのお名前は何と言うんですか?」


 ヒストが御者に聞いた。彼は人の名前が気になるらしい。


 「ヨシアだ」


 「ヨシアさん、乗せていただいてありがとうございます」


 「仕事だ」


 ヨシアの返事は無愛想(ぶあいそ)だが、ヒストは人懐こい笑顔でお礼を言った。それからは全員黙々と食べる。


 全員が食べ終わったところでヨシアが立ち上がって馬車の準備を始めた。


 「そろそろ行くぞ」


 3人が乗ったことを確認して馬車がまた走りだす。


 「次の休憩は夜だ、朝までそこで野営する」


 野営をした経験は記憶にない、記憶はないが。ちゃんと寝られるかという不安はあるが初めてのことにわくわくしている。このぐらいの気候なら寝苦しいなどはなさそうだ。


 どれだけ走ったか、馬車の中では各々の時間を過ごしてたまに話す程度だ。そうしているうちに日が暮れ始めて暗くなりだしたところで街道脇に馬車が停まった。


 「今日はここまでだ、野営の準備をするぞ」


 野営の準備とはどんなことをするのだろうか。ヨシア、ヒストとドラウグの3人はさっさと馬車から降りて取り掛かっている。野営の知識があるのが普通なのだろうか。俺だけ何もしないわけにはいかないので、1番近くにあたヒストに声をかけて何をしたらいいか聞いてみる。


 「あの、俺は何をしたらいいですか?」


 ヒストはキョトンとした顔で俺を見た。


 「え、国を出るときに学ばなかったんですか?」


 「はい、昨日国を出ることにしたので。あと、俺記憶がないんです」


 「そうだったんですね。街を出るなら1ヶ月前には決めて準備を始めるんです。街ひとつ移動するだけでも3日はかかるので、野営の知識もそのときに学ぶんです」


 「そうだったんですね。すみません、何も知らないので、教えてもらってもいいですか?」


 「ええもちろん、人手はいくらでも欲しいので」


 ヒストは面倒な素振りも、記憶がないことにも一切触れずに(こころよ)く俺に野営の準備を教えてくれた。


 野営の準備がひとしきり終わって全員で()き火を囲んでいる。焚き火にはドラウグが狩ってきたイノシシの肉が焼かれている。上にある木の枝からは食べきれないぶんの肉が吊るしてあり、煙に(いぶ)されている。


 「いやあ、ドラウグさんがイノシシを狩ってくれたおかげで味気ない保存食を食べなくてすみました。節約もできるのでありがたいです」


 「別に感謝されるほどでもないさ。俺にできるのは力仕事くらいだ、むしろあんたらが枝を集めて火を起こしてくれたから狩りに集中できたよ」


 「そうですね、ヨシアさんが火起こししたときは手際が良すぎて見蕩(みと)れてましたよ」


 「大したことはない、ずっとやってきたから慣れてるだけだ」


 確かにヨシアの火起こしは見蕩れるほどに素早く、手際が良かった。そこからは何年も馬車で街同士を移動する間に野営してきたことが見て取れた。俺は野営においてできることがほとんどない。また野営をするときにヨシアに火起こしの方法を教えてもらおうか。そしたらもっと役に立てる。


 「寝床についてだが、ヒストとセガスは馬車で寝るといい。俺外で寝る、ヨシアもそれでいいか?」


 食事を終えたところでドラウグが聞いた。


 「構わん、いつものことだ」


 ヨシアはいつも通りの愛想のない口調で返す。


 「そんな、悪いですよ。私も外で寝ます」


 「俺も外でいいです」


 俺とヒストがドラウグの提案に反対した。


 「いいんだ、俺はどこでも寝れるからな。そのために体も鍛えたんだ。2人は見たところ野営は初めてだろ?だったら少しでも寝やすいところで寝た方がいい」


 「いやでも、」


 「いいからさっさと寝支度(ねじたく)をしろ。明日も一日中馬車だぞ、早く寝て体力を温存するんだ」


 ヒストが抗議を続けようとしたところをヨシアが(さえぎ)った。ヒストは圧に押されて少し(ひる)む。それでもまだ続けようとしたが、ヨシアとドラウグが片付けを始めたことで諦めたらしい。ヒストも片付けを始めたのを見て、俺も片付け始めた。


 片付けが終わりそろそろ寝る頃合いだ。俺とヒストが馬車で、ヨシアとドラウグが外で寝る。外で寝る2人が地面に布を敷いている。なるほど、そうやって寝るのか。さすがに地面に直接寝ないとは思っていたが、布を敷くだけでは寝づらさは変わらなさそうだがそこは慣れがあるのだろう。


 「それじゃあ、おやすみなさい」


 ヒストが目を閉じた。


 「また明日」


 ヨシアとドラウグも目を閉じた。俺も目を閉じる。初めて、かはわからないが記憶の中では初めての旅に野営、どんなものか緊張があったがこういうのも悪くないかもしれない。そんなことを考えながら眠りについた。


 


 椅子(いす)に座って机の上に広がった資料を読んでいる。机の上だけじゃなく床にも散らばっていて、棚には紙の資料と本が並べるだけでは場所が足りずに上にも乗っている。資料に書いてあることは難しくてわからない。机の端には何かが置いてあるがぼやっとしていてよく見えない。これらの資料や本はこの何かについてのものなのだろうか、今わかることは何もない。ぼんやりと資料を眺めていたら突然まぶたが重くなって耐えられない。だんだんと落ちてきて体が机に向かって倒れていく。闇の中に吸い込まれていった。




 目が覚めるともう明るくなっていた。ヨシアは馬の様子を見て出発の準備をしていて、ドラウグは枝に吊るしていたイノシシの肉をかばんにしまっている。ヒストは準備が終わったのか馬車で本を読んでいる。


 「起きましたか、おはようございます」


 ヒストがこちらに気づいて声をかけてきた。


 「すみません、寝過ぎましたか?」


 「いえ、特にやることはなかったので大丈夫ですよ」


 ヒストは気を遣わせないようにそう言ってくれた。しかし、寝過ぎたことに変わりはないので急いで朝食を済ませる。ドラウグも馬車に乗ってヨシアが準備ができたことを確認して馬車を出す。次の街は確かバスだったか、そこで野営に必要なものなどを買おう。


 

 また暗くなってきたところで馬車が停まった。ヨシアが何も言わなくても3人とも馬車から降りて野営の準備を始めた。俺とヒストは昨日と同じように焚き火の枝を集めに行き、ドラウグはかばんにしまっていた昨日燻していたのイノシシ肉を出し、ヨシアは馬の世話をしている。


 枝を集め終わって馬車のところに戻って枝を焚き火の形に置く。馬の世話をしていたヨシアに火の起こし方を聞いてみる。


 「すみません、火の起こし方を教えてもらえませんか?」


 「ああ」


 ヨシアはそれだけ言って焚き火の方に行く。どうやら教えてもらえるようだ。ヨシアは焚き火の前に平たい石を置いてその上に火種になる乾燥した草を置いてそこを細めの枝を両手で挟んで(こす)る。しばらく擦ってると草からうっすらと煙が出てくる。さらに擦り続けるとぱちぱちという音とともに赤く燃え始めた。昨日も見たが素早く火が上がるのは美しい。


 「こんな感じだ。やってみろ」


 そう言って枝を渡された。やってみろと急に言われても困るが、とりあえず見よう見まねで乾燥した草を石の上に置いて枝で擦ってみる。しかし、いくら擦っても煙すら上がらない。さっきヨシアがやっていたときはとっくに火がついていて簡単そうだったが、実際にやってみると難しく体力をかなり使う。これを簡単そうにやっていたヨシアがすごいのだとやってみてわかった。


 「大事なのは力よりもスピードだ、強く擦るんじゃなく速く擦るんだ」


 苦戦しているとヨシアがコツを教えてくれた。少し休憩してから言われた通りにやってみると、少ししたら煙が上がってきてその後すぐに火がついた。


 「悪くないな」


 「ありがとうございます」


 愛想はないが褒めてくれているのだろう、できたこともあって素直に嬉しい。


 「すごいですね、私も練習したんですがなかなか難しくてできるまでかなり練習したんですよ。今でも火がつくまではもっと時間がかかります」


 「そうなんですね、ヨシアさんがコツを教えてくれたのでそのおかげですね」


 「スピードですね、明日は私がやってみます」


 確かに見よう見まねでやったときは疲れるだけで火がつきそうにすらならなかった。相当難しいのだろう。


 夕飯はドラウグが昨日狩ったイノシシ肉の燻されたものを焼いて食べた。そのまま焼いたものもよかったが、煙の香りがついて香ばしくなってさらに美味しくなっている。


 食事が終わり片付けをして寝る。今日も俺とヒストが馬車の中で寝て、ドラウグとヨシアは外で寝る。馬車での移動中にドラウグは寝ていることが多かったため、あまり寝られていないようだ。明日は馬車で寝るように勧めてみよう。明日も何事もなく終わるように願いながら目を閉じて眠りにつく。

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