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冒険者ギルドから30分ほど歩いて、クロアの王城前まで来た。もっと近くにあると思っていたが、地図を見たとき思いのほか離れた所にあって、今は少し肩で息をしながら王城を見上げて呼吸を整えている。
クロアの王城は、その街並みと違わない質素な外観をしている。今まで見た王城は、壁に豪華な装飾が施されていたり、中心にある居館を取り囲む城壁と防御塔の数が多く、いかにも守っているという冷たさと威圧感が醸し出されていたが、この城は城壁は外側の一つしか見えず、防御塔も見た限りでは四隅にしかない。これでは間が広すぎて守り切れるのか不安になる。屋根も石の色のままで、他のカラフルな屋根とは違う異質な存在感がある。正直言ってこの城は、他の城を見た後では物足りなく感じてしまう。
クロアの街は全体的に質素なので、率直に言うと観光向きではないと思った。ここまでに通った街を見た後では、申し訳ないがあまり満足はできなかった。
しかし住むという点でいえば、ディニなどクロアの街は住みやすそうだ。街並みが質素だからと言って、店が少ないわけではなく、必要な物なら揃えられるし、福祉制度のおかげで住みやすさは抜群だろう。
夕食を食べて宿への道を歩く。一人で食べていたら、隣のテーブルで食事をしていた3人組に声を掛けられ、一緒に食事を楽しんだうえに、なんと奢ってもらってしまった。店員も親切だったし、この街では人の優しさにたくさん触れて、心が温かくなった。
ふと背筋を冷たいものが這うような感覚を覚えた。一度立ち止まって周囲を確認する。見た限りではこれといって怪しい人はいないが油断はできない。あの男のことだ、どうやったかは知らないがやはり俺の居場所はばれているようだ。
ひとまずこの場から離れよう。早く宿に戻って安全を確保しなければ。ここは人通りは少ないわけではないが、不特定多数の人がいる場所が安全とは言えない。
歩みと一緒に鼓動も速くなるのを感じる。ドルキで一度吹っ切れたとはいえ、実際にあの男の存在を感じると恐怖を拭えない。
胸を叩かれながら歩き続けた。歩き続けて宿に着いた。
宿の中に入った途端、全身の力が抜けて膝から崩れ落ちそうになったがなんとか持ちこたえた。俺は自分が思っていたよりも、ずっと緊張していたようだ。今日のところは早めに寝て、明日この街を出発しよう。
街には様々な種類の品物を取り扱う店が立ち並び、人々はそれぞれ必要なものを求めて、違った店に入っていく。出てくる人は手に大事そうに荷物を持ち、誰も彼も満足げな表情をしている。
店と店の間にある細い路地に人影を見つけた。その路地にはその人影一つだけで、ほかには誰もいない。
少しずつ人影が近づいてくる。それに合わせて人影から離れていく。人影が路地から出てきそうなところで、背中を向けて走り出す。とにかくがむしゃらに、人目も気にせず人影を突き放すことだけを考えて走る。
馬車の乗り場へ行き、ラミナ方面に向かう馬車を探す。ここでは行先ごとに区画が分けられていないので、止めている馬車の御者に聞くしかない。
「すみません、ラミナ方面に行きたいんですけど」
御者台に座っていた男に聞いてみる。
「ラミナ方面だったら、向こうの端の方に停まってるよ」
怖そうな見た目に身構えていたが、予想に反して気さくな感じだった。
「ありがとうございます」
お礼を言って男が指をさした方へと行く。そこは乗り場の端で、追いやられたような場所だった。
「あの、ラミナ方面に行きたいんですけど」
今度は物腰が柔らかそうな青年だ。
「それなら俺の馬車で行けますよ」
青年は後ろに停まっている幌馬車を指さして言う。
「どこまで行けますか?」
「国境を越えたフェレナまで行きます」
「それじゃあ乗って行こうと思います」
「8ゴールドですね」
青年に料金を手渡して、荷台に乗り込む。
「もう1人乗る予定でそろそろ来ると思うんですけど、、、その間に自己紹介をしておきますね。俺はキナレルって言います。俺の馬車は基本的に人と荷物を載せてます」
「俺はセガスです。今は旅をしてます」
「お願いします。旅と言うと、どこからですか?」
「ヴィオラからトラビまでです」
「おお、すごいですね。なんでそんなに大変な旅をしようと思ったんですか?」
「一度もヴィオラから出たことがなくて、外の世界を見てみたいと思ったんです」
いつも旅の理由を聞かれたときは、嘘をつかなければいけないのが心苦しくなる。
「なるほど、確かに俺も初めて街から出たときは感動しました」
「わかります、俺もヴィオラの門を出たときに世界が広がりました」
「ですよね」
話に花を咲かせていると、キナレルが俺の後ろに向かって手を振った。振り向くとこちらに向かって歩いてくる男がいる。彼はキナレルと同じぐらいの年齢の青年に見えるが、明らかに周囲と違う点があった。
彼は肩や胸などに金属の防具を着けていて、一目で冒険者だとわかった。バルトの国立図書館で読んだ本に、冒険者の仕事には馬車の護衛もあると書いてあった。その通りここまで乗ってきた馬車にも必ず冒険者が1人乗っていた。ヴィオラからバルトまで、ヨシアの馬車には冒険者が乗っていなかったが、ドラウグが冒険者に代わって護衛をしていたと道中で聞いた。あの男も馬車の護衛だろう。
「お疲れ様です、こちらフェルナまで一緒に乗っていくセガスさんです」
キナレルが冒険者の男に俺を紹介してくれた。俺も「お願いします」と言って頭を下げる。
「俺はラミーウだ。見ての通り冒険者をやってて、今回はキナレルの馬車の護衛として同乗するからよろしく」
ラミーウが俺の方に右手を伸ばして握手を求めてきたので、それに応える。ラミーウの手は冒険者らしくごつごつしていて、握手をしている右手が少し痛い。
「それじゃあ皆さん挨拶も済んだことですし、出発しますか」
キナレルの言葉に合わせてラミーウも荷台に乗り込んだ。
ここまでの道中で、護衛が必要になったことは、川で狼に襲われたときぐらいだが、エルパムの宿から見たあの男のこともあって、いるとかなり心強い。あの男がどんなに俺の居場所を把握していても、護衛がいたらさすがに手を出せないだろう。移動中だけではあるが、宿以外に安心できるのは、心に余裕ができてありがたい。




