金の靴
ジュエル14歳の、秋。
母親が亡くなり、暗い雰囲気が漂う子爵邸に、女が嫁いできました。
「まぁ! なんて可愛らしい子!!
金色のサラサラの髪。細い手足。
あなたの母親になれるなんて、幸せだわ。
これからよろしくね」
そう言って抱きしめてくれた継母となる女は、性格がキツそうな顔をしていました。美しいけれど、細い目がつり上がっていて、ゴワゴワしたボリュームのある髪に迫力を感じます。
女には娘が二人いました。
上の娘は細くて背が高く、下の娘はジュエルと同じぐらいの背で、少しふっくらしています。
二人とも目がつり上がっていて、継母に似ていました。
美しい顔をしていましたが、品のない笑い方をする人達でした――――――。
「ヒャーッハッハッハッッハ!」
「ヒィィッヒッヒッヒッ!」
「イッッヤッハッ――!!」
次の日の朝。
不気味に響き渡る笑い声に、ジュエルは飛び起きました。
昨日から一緒に暮らし始めた三人が、ジュエルの部屋に突然やってきたのです。
「ジュエル! あんたの宝石は、全て義姉の私がもらっていくわ!!」
「ずるい、お姉様!
だったら、私はジュエルの服をぜ~んぶもらうわ」
「ジュエル。
何、驚いた顔をしてんだい?
この家は私が思っていたよりお金が無いようだから、まだお金があるうちに工夫をするわよ」
ジュエルは、一番上の義姉に宝石を、二番目の義姉には服を全て取られました。継母はジュエルに古い仕事着を投げつけて言いました。
「無駄金を無くすために、使用人を全て解雇したわ。
代わりに今日からお前が働くんだよ!」
「……はい。わかりました」
朝食の時、古い仕事着姿のジュエルを見て、父親は驚きました。
すかさず継母が説明に入ります。
「使用人を解雇して、私達が頑張ることにしました。
昨年の魔物の大量発生で、この家は破産寸前です。他の貴族が領主になったら、今より高い税金になるに違いありません。
領民のためにも、節約ですわ」
「まだ嫁いできたばかりだというのに、領地や家のことをそこまで心配してくれるのか。
君と再婚して良かった。ありがとう」
「なぁに、女が四人もいますから、なんとかなります。
将来のことを考えて、ジュエルを上流貴族のもとへ行儀見習いに出すのも良いと思うんです。良い縁談にこぎつけるかもしれません。
あらかじめ家の仕事を覚えておくと、きっと御婦人からの好感度も高くなりますわ」
明るく微笑む継母の言葉を、ジュエルの父親は素直に受け取り、感謝しました。
しかし、まるで四人で家の仕事を分担するような口ぶりでしたが、実際に家の仕事をするのはジュエルだけでした。
夜遅くに家の仕事が終わり、朝早くに起きなければならないため、部屋に戻るのさえ面倒です。
ジュエルは睡眠時間の確保のため、火が消えてまだ温かさが残る暖炉の灰の上で寝るようになりました。
「あ~ら、ジュエルは掃除の仕方も知らないの?」
「ヒャッハッハッハッハッハ!! もう! しっかりしてよね?」
「すみません。お義姉様がた…………」
継母も義姉達も、来る日も来る日もジュエルをこき使います。
節約のために使用人を解雇したのに、継母と義姉は夜な夜な着飾って夜会に出かけてしまう始末です。
ジュエルは不安になりました。
大人の世界はよくわからないけれど、送り迎えの馬車にお金がかかるのはジュエルでもわかります。貴族が主催するパーティーに参加するための馬車は、見るからに立派なので高そうです。
父親は魔物の討伐の指揮を取るために、再婚してすぐ現地へ出発してしまったため、しばらく家には戻りません。
父親が家に帰ってくるまでに破産するのではないかと、ジュエルは思いました。
一年がたったころ。
お城から舞踏会の招待状が届きました。
――――舞踏会で王子の結婚相手を決めるので、独身の貴族令嬢は必ず参加するように
これには、継母も二人の義妹も大興奮です。
王子様と結婚できれば、もうお金の心配なんてしなくてすむとはしゃぎ、贅沢な暮らしを想像して盛り上がっています。
“独身の貴族令嬢は必ず……”とあるので(私も参加できる!)と、ジュエルもお城で開かれる煌びやかな舞踏会を想像してワクワクしました。
「ジュエルは参加できないわよ?」
「あなた、舞踏会に着ていくドレス持ってないじゃない」
喜ぶジュエルを見て、二人の義姉がいいました。
「え? でも、お義姉様が私のドレスを持っているから、貸してくだされば……」
「はっはっは! 何いってんだい?
ジュエルは背が伸びてきたから、着られないわよ?」
継母にも無理だと言われました。
そう。
二番目の義姉は小柄だったので、ジュエルのドレスも着られます。
しかし、ジュエルは成長期を迎え、二番目の義姉に取られたドレスが着られなくなっていたのです。ジュエルは細いので着るだけなら着れますが、足首がドレスから出てしまいます。
今回の舞踏会が行われるのは夜。
この国の習わしにそうなら、着るのは足がつま先まで隠れるドレスです。足首が見えてしまうドレスを着ていくわけにはいきません。
ジュエルより背が高い一番上の義姉に、ドレスを借してほしいと言うことは出来ます。
しかし、ドレスを借りることができても、裾が長すぎて歩くことも出来ないでしょう。
「だいたい、あんた、ダンス踊れるのかい?」
継母が疑うような目で、ジュエルを見ます。
母親が生きていたころはダンスの練習もしていたので、ジュエルには自信ありました。なので、一番上の義姉に男性役をしてもらって、ダンスを披露して認めてもらおうとしました。
でも、なぜか足がもつれて上手く踊れません。
(しばらく踊ってなかったから、ダンスを忘れてしまったの!?)
「あ――っっ、ひゃっひゃっひゃ!
そんなダンスじゃ、笑いものよ?」
「ひ――! 笑いが止まらないわ!!
恥をかく前にわかって良かったわね」
「ジュエルは留守番ね? ぐっはっっはっはっは!」
「……はい。わかりました」
ジュエルは一人、留守番をすることになりました。
舞踏会当日。
ジュエルは留守番です。
継母と義姉たちの支度を手伝ったあと、ジュエルは久しぶりに自分の部屋にもどり、一人泣きました。
「……私も……うぅ…………私もお城に……行ってみたかった。
煌びやかな世界を見てみたかった…………」
広い屋敷に一人で留守番をしていると、一人の老婆が訪ねて来ました。
娘が再婚したと聞いて会いに来たと言っています。
どうやら、老婆は継母の母親のようでした。
「お継母様たちはお城の舞踏会に行きましたから、帰りが遅くなると思います」
「え? あんた、まさか……使用人じゃなくて、ここの娘さんかい?」
老婆は、古い仕事着姿のジュエルを上から下まで見て、ビックリしました。
そして、話を沢山聞いてくれました。「かわいそうに」と言って、ジュエルの目元に残っていた涙を優しく拭ってくれました。
「すまないねぇ。
あれでも、悪い子ではないんだよ。
最初は良かれと思って行動しても、すぐ目的を忘れて私欲に走ってしまう根性なしの所が残念でね……」
しみじみと言ったあと、老婆は何か思いついたらしく、両手を「ポンッ」とたたきました。
「そうだ! 魔法でお前を舞踏会に連れていってやろう!!
私が得意なのは変身魔法でね…………」
老婆は言いながら、お屋敷の塀を這っていたトカゲを器用に杖ですくい上げ、足下に放ると杖を振りました。すると、トカゲは立派な馬に姿を変えました。
「馬一匹じゃ足りないね。
ちょっと手伝っておくれ」
老婆はジュエルに、トカゲをもう一匹とネズミを二匹摑まえてきてほしいと言いました。
ジュエルは屋敷の壁に這い上ろうとしているトカゲを摑まえ、次に台所に行き、ネズミ取りの罠にはまっていたネズミ二匹を老婆の元へ持って行きました。
その間に、老婆は「大きな野菜はないかね~」と言って、畑から大きなカボチャを採って来て、ジュエルを待っていました。
「お~、早い早い。
やっぱ、若いもんは違うね」
老婆は感心したあと、再び杖を振りました。
すると、トカゲは馬に。ネズミは従者と御者に。そしてカボチャは馬車になりました。
初めて目にした魔法に、ジュエルは目を輝かせました。
「では、次はお前さんの服だね」
「え?」
老婆がジュエルに向かって杖を振ると、着ていた古い仕事着が空色の綺麗なドレスになりました。サラサラした手触りで、キラキラ輝いて見える生地はとっても高そうです。
魔法でジュエルの髪型まで変わりました。
背中まである金色の髪は結い上げられ、少し大きめのお団子を、真珠を鏤めた髪飾りでまとめてあります。
「まぁ! お婆さまの魔法って、とても凄いのね。
一瞬でお姫様のようになったわ!!」
「ヒャッヒャッヒャ。
そうだろう。そうだろう。
こう見えて私は、先代の勇者のパーティーメンバーだったんだよ。
“美しき変身魔法の使い手”とは私のことさ」
得意げに自慢する老婆を見て、ジュエルは継母と義姉たちは確かにこの老婆の血を引いていると思いました。
笑うと細い目が見開かれ、三白眼がハッキリと見えてとても迫力があります。その笑い方は独特のものでした。
「では、最後に、新しくできた孫にプレゼントをあげようかね」
老婆が杖を下の方にチョンと振ると、ジュエルが履いていた〔木の靴〕は輝く〔金の靴〕に変わりました。
〔金の靴〕は、老婆の秘蔵コレクションの一つでした。
勇者のパーティーに入っていた若い頃、ドラゴンの討伐に行った先で王様がお礼にくれたものです。
これを履けば、きっと上手にダンスを踊れると老婆が言うので、(もしかしたら、この〔金の靴〕は魔法の靴なのかもしれない)とジュエルは思いました。
金で作られているだけでも貴重なのに、更に魔法の付与まであるとなると高価すぎて、貰って良いものかと悩みました。
「気にせず受け取っておくれ。
年寄りは、若いもんに“粋な所”を見せたいものなのさ。
それに血は繋がってなくても、私の孫になったんだから遠慮はいらないよ」
老婆はジュエルと〔家族〕になろうとしてくれているようでした。ジュエルはそのことが嬉しくて、素直に〔金の靴〕を貰うことにしました。
「日付が変わる0時の鐘が鳴り終わるまでには帰っておいで。
冒険者だった私の魔法は、戦闘向きなんだよ。派手に変身できても、持久力が無い。だから時間には気をつけるんだよ?」
「はい! わかりました!!」
お城に着くと、門番の人も、受付の人も、みんなジュエルが乗ってきた馬車に驚きました。見たことのないデザイン。全体的に丸みを帯びていて、さぞかし素晴らしい職人が作ったに違いないと、感心しながら馬車を見つめました。
そして、「芸術品のような馬車からとても美しい女性が出てきた」「何処かの国のお姫様だ」と慌てだしました。あまりに慌てたので、招待状の確認などせず、すぐに舞踏会場に案内してくれました。
重厚感のある“大きくて立派なドア”から舞踏会場に入ると、そこは、ジュエルが思っていたよりもキラキラした世界でした。
まばゆいほどに輝く大きなシャンデリア。いろんな所に、大量に飾られた花。壁の上の方には植物のデザインをした蝋燭台。ロウソクが茎で、その先の炎が〔花〕に見立ててあって、とても品がありました。玉座の近くでは二十人ぐらいの楽団が、綺麗な音色を奏でてます。もう一つある扉の近くでは芸術品のようなデザートや、立食でも食べやすいサイズのおいしそうな料理が並べられています。
そして、会場に集まった人達の美しく着飾った姿。
輝く宝石。フワフワしたドレス。何時間もかけてセットしたであろう髪型。
男性も何故だか美しく見えます。
自信に満ちた立ち振る舞い。キレイになでつけた髪型。それに、男性もさりげなく宝石をタキシードに使っていたりしています。
先に会場にいた貴族の人々は、ジュエルを見てあまりの美しさにため息をもらしました。
そして、入り口で感動しているジュエルのもとに、王子様が駆け寄ってきて「美しい人。どうか私と踊ってください」とダンスの申し込みをしました。
ちゃんと踊れるだろうかと心配になりながらも、お婆さんがくれた〔金の靴〕を信じて、ジュエルは王子様と踊ることにしました。
(すごい! すごいわ!!
一番上のお義姉様と踊ったときとは全然違う。
足がとてもなめらかに動く!
お婆さん、ありがとう!!)
夢のような時間でした。
ダンスを踊ったあとも、王子様はずっとジュエルの側にいてくれて楽しい時間を過ごせました。バルコニーでおしゃべりをしたり、もう一度ダンスを踊ったり、時々お腹が空いてないか気遣ってくれたり、飲み物を勧めてくれたりしました。
「会場のシャンデリア、繊細な作りでとっても豪華。お城って凄い所ですね」
「“ステキな所”とは、よく言われるけれど、“凄い所”と言われたのは初めてです。あなたは変わったかたですね」
嬉しそうな笑顔で答える王子様。
ジュエルは静かに首を横に振りました。
「いいえ。
あのシャンデリアは、古い伝統を引き継いでいるように見えます。
お掃除するのがとても大変そう。なのに、新品のようにキレイなのは、お掃除する人が誇りを持って丁寧に扱っているからだと思います。
給料分働けば良いと思っている人達の仕事ぶりでは、きっとこの美しさを維持できないでしょう。
素晴らしい人達を雇い続けられる王室は凄いです」
ジュエルは一人で家の掃除をするようになって気付いたことがありました。
それは、使用人達は見えるところは掃除をしていても、見えにくい所はやっていない場合が多いということです。
「本当の財産は〔人〕だと、あなたはおっしゃるのですね。
なんて素晴らしい考えの持ち主なんだ!
もっと、あなたのことを教えてください。
お名前は……」
ゴーン
楽しい時間はすぐに過ぎ去ってしまうもので、もう0時になるようです。
ジュエルは焦りました。
鐘が鳴り終わると、お婆さんがかけてくれた魔法がとけてしまいます。
0時を告げる鐘が鳴るのは12回。
鐘が鳴り終わるまでに家に帰らなければなりません。
ジュエルは、王子様に「すみません。帰る時間になってしまいました」と断りをいれて駆け出しました。
「待ってください!!」
王子様が追いかけて来たので、ジュエルは更に慌てました。
魔法がとけた姿を見られるわけにはいきません。
王子様は、〔魔法でお姫様のようになったジュエル〕を気に入ってくれたのです。古い仕事着姿に戻ったら、きっとガッカリされるでしょう。王子様から「ウソつき」とか「詐欺師」といわれたら、立ち直れないとジュエルは思いました。
……ゴーン
ジュエルは必死に走りました。
でも、王子様はすぐに追いつきました。
「……仕方が無い。
左足の封印を解くしかないわ」
「え?
今、なんて……?
左足の封印??????」
混乱している王子様に構わず、ジュエルは左足の〔金の靴〕を脱ぎ捨てました。“封印とはいったい何なのか”と、王子様が戸惑っている間に、ジュエルは走って馬車に飛び込みます。
そして馬車は、壊れてしまうのではないかというぐらい揺れながら走り、途中の山道で、ジュエルは馬車から投げ出されました。
魔法がとけてしまったのです。
起き上がると、馬車はカボチャに戻っていました。近くにトカゲとネズミがいます。
ジュエルはもとの〔古い仕事着姿〕で、手元には〔金の靴〕の右足だけが残りました。〔金の靴〕の右足を大事にかかえて、山道を子爵邸までジュエルは走りました。
やっとのことで屋敷に着いても、まだ継母達は帰っていないようでした。
ジュエルは急いで、片方だけの〔金の靴〕を自分の部屋にしまい、ベッドに横になって寝ているフリをしました。それからしばらくして継母達が帰ってきたので、今起きたかのように迎えました。
「今日の舞踏会は、とても素晴らしかったわ」
「みんなステキなドレスだったのよ」
「中でも、一番キレイな御令嬢に王子様はつきっきりでね…………」
継母と義姉たちは、ご機嫌で今日の舞踏会の様子を話しました。
聞いているうちに、話に出てくる“一番キレイな御令嬢”は自分のことだということに気がつきました。魔法で変身させてもらった姿だったけれど、褒めてくれるのが嬉しくて、ジュエルは継母たちの話に笑顔で頷きました。
舞踏会で王子様と踊った経験は、ジュエルにとってステキな思い出になりました。
しばらくたって、町で気になるウワサを耳にしました。
王子様が舞踏会で出会った女性を探しているらしいのです。「なんでも、〔金の靴〕が履ける御令嬢と結婚するというウワサよ」と、立ち話をしているおばさん達が言っていました。
(王子様が私を探しているの!?)
ジュエルの予想しなかった事態でした。
王子様はジュエルにとって雲の上の存在です。
魔法で変身したって、きっと王子様はジュエルのことなどすぐに忘れて、気品のあるステキな女性と結婚するものだと思っていました。
良い思い出として、心の支えにして生きていくつもりが、なんと、王子様がジュエルを探しまわっているというではないですか。
それが嬉しくて嬉しくて、ジュエルはとにかく家に向かって走りました。
(どうしたら良いのかしら!?
私の持っているもう一つの〔金の靴〕をお城に持って行けばいいの?
でも、古い仕事着姿の私の言葉を信じてくれるかしら?
盗んだと思われない?
……いえ、大丈夫。
〔金の靴〕を見せれば、持ち主は私だってわかってくれるわ!!)
家に着くと、ちょうど王子様が7人の騎士を連れて継母と話をしていました。
「この〔金の靴〕を履ける御令嬢を探している。
確か、この家には娘が3人いたな。
ちょっと履いてみてもらえないだろうか?」
継母はすぐに、王子様が舞踏会に現れた美しい御令嬢を探していることに気付きました。
もしも、自分の娘のどちらかが〔金の靴〕を履けたなら、あの日に現れた一番美しい御令嬢のかわりに、自分の娘が王子様と結婚できるかもしれません。継母は急いで娘をよびました。
その様子を陰から見ていたジュエルは、自分の部屋へ〔金の靴〕を取りに走りました。
(本当に王子様が私を探しに来てた!!)
ジュエルが〔金の靴〕を取りに行ってる間も、王子様と継母の話は進んでいて、まずは一番上の義姉が〔金の靴〕を履けるか挑戦することになりました。
大きくて体格のよい強そうな騎士が、厚めのクッションにのせられた〔金の靴〕を大事そうに持って前に出てきました。
一番上の義姉は、“これは私の靴です”と言わんばかりに、ゆっくりと優雅に〔金の靴〕に足を入れました。しかし、一番上の義姉は背が高いぶん足も大きくて、踵が入りませんでした。
次に、二番目の義姉の番になりました。
二番目の姉も“これは私の靴です”と言わんばかりに、ゆっくりと優雅に〔金の靴〕に足を入れました。しかし、二番目の義姉はポッチャリとしてるので、横がキツくて入りません。
そこで、二番目の義姉はグリグリと足の贅肉を〔金の靴〕に押し当てながら、肉を少しずつ移動させて、少しずつ足を入れる作戦にでました。
優雅にゆっくりと履きはじめたぶん、周りから見ても違和感なく〔金の靴〕を履いて見せることが出来たのでした。
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「やったわね!!!!」
「でかしたわ!! 我が娘!!!!!!!!!!!!!!」
三人は大喜び。
もう片方の〔金の靴〕を部屋から取ってきたジュエルは、屋敷から出てきてびっくりしました。
嬉しそうに大はしゃぎする継母たち。
それを穏やかな笑みで見ている王子様の姿。
ジュエルは見ているのが辛くなりました。
(…………どうすれば良かったの?)
きっと王子様は、〔金の靴〕を履けた“二番目の義姉”と結婚するのでしょう。
(舞踏会で王子様とダンスを踊ったのは私なのに…………)
しかし、舞踏会の日、ジュエルが帰ったあと王子様は誰と踊ったのか、誰とも踊らなかったのか、途中で帰ったジュエルにはわからないのです。もしかしたら、義姉とも踊ったかもしれません。
それに、二番目の義姉はジュエルの服を着られます。足の大きさが同じでも、不思議ではありません。
(証拠の靴なんて取りに行かずに、すぐ名乗り出れば良かった…………)
絶望したせいか、全身の力が抜けていきました。
(……いいえ。
〔金の靴〕を取りに行くのがどうこうと言うより、そもそも舞踏会で王子様から逃げなければよかったのよ。
魔法がとけて、古い仕事着姿を見られるのを怖がらずに、本当のことを言えばよかった。
たとえ幻滅されても、そのほうがずっと良かった。
……でも、あの時の私は、王子様とのステキな時間を、ステキなまま終わらせたかった………………ステキな夜の想い出にしたかった)
全ては自分の弱さがいけなかったと思ったとき、ジュエルの頬を一筋の涙が流れました。
(私は王子様を信じることが出来なかったんだわ――――――)
涙が止まらなくなり、ジュエルはその場に崩れ落ちました。
それでも、王子様との想い出の〔金の靴〕は大事に抱えています。
「では、歩いてもらえますか?」
継母たちが喜ぶ姿を笑顔で見ていた王子様がいいました。
「え゛?」
王子様の言葉を聞いて、なぜか二番目の義姉の顔色が悪くなりました。
「王子様がお望みよ?
早く歩いて見せなさいよ」
「どうしたんだい? 早くお歩き!」
継母と一番上の義姉が「歩け歩け」と、二番目の義姉を急かします。
ですが、二番目の義姉の顔色は悪くなるばかり。
そのうち、青い顔をした二番目の義姉が言いにくそうに口を開きました。
「…………無理……」
ただ歩いて見せるだけなのに、何をもったいぶっているのかと継母は怒り出しました。
「なに言ってんの!?
その〔金の靴〕に呪いでもかかってんのかい?」
「お母様。そうじゃないの!
無理なのよ!!
この靴、とても重くてびくともしないの!!!!!!!!」
金は重たいです。
23㎝のパンプスがだいたい200~230グラムと言われています。それは、サツマイモ一本分ぐらいの重さ。それに対して、金で出来ているジュエルの靴は、片方だけで約46㎏もありました。
だから、二番目の義姉がいくら頑張っても、歩くどころか足を上げることすら出来なかったのです。重さ5㎏の鉄アレイ9個分より重い靴と考えると、想像しやすいかもしれません。
ジュエルはお婆さんが〔魔法が付与された靴〕をくれたのだと思っていましたが、そうではなかったのです。
ネズミを捕りに行かせたとき、ジュエルの異常なほどの脚力にお婆さんは気付きました。
一番上の義姉と踊ってうまく踊れなかったのは、ジュエルが足の力を持て余しているからと推測し、重りをつければ普通に踊れるだろうと、重たい〔金の靴〕をくれたのです。
一人でお屋敷の家事をこなしているうちに、手だけでなく“足も使わなければ仕事が終わらない”と思って頑張り続けたジュエルの足は、異常すぎるほどに鍛えられていたのです。
「〔金の靴〕を守るため、強そうな騎士に持たせていたんじゃないのね!!
屈強な騎士でないと、持てないんだわ!!!!」
二番目の義姉が叫びました。
そう。
大変重たい靴なので、体格のよい騎士でないと〔金の靴〕を持ち運ぶことが出来なかったのです。
しかも、各地を回って持ち主を探すとなると、交代で持たないと途中で騎士が倒れてしまいます。
王子様が連れている騎士たちは、“王子様の護衛”というより“〔金の靴〕を大事に持ち運ぶための交代要員”だったのでした。
二番目の義姉の言葉に、継母と一番上の義姉の顔色も青くなりました。
王子様は、ため息まじりに答えました。
「〔金の靴〕を履けた女性はね、何人かいたんだ。
だけど、誰一人として〔金の靴〕を履いたまま歩くことが出来なかった」
本当の〔金の靴〕の持ち主なら、履いて歩けるはずです。
王子様は“靴が履けるか”だけでなく、“履いて歩けるか”まで見ていたのでした。
ジュエルは顔を上げました。
今こそ、名乗り出る絶好の機会です。
抱えていたもう片方の〔金の靴〕を握りしめ、声を張り上げました。
「それは、私の靴です!!」
王子様は、ジュエルが手にしているもう片方の〔金の靴〕を見て、目を輝かせました。
二番目の義姉は、大人しく〔金の靴〕を脱ぎ、小さく悲鳴をもらしながら後ろへ下がります。
ジュエルはそっと〔金の靴〕を両足そろえて置いてから、足を入れました。ゆっくりと歩いてみせると、王子様とその家来達は歓声を上げました。
「あなたこそ、僕が探していた“舞踏会で出会った女性”だ!!
どうか、僕と結婚してください」
王子様からの求婚に、ジュエルは「はい。喜んで」と答えました。
継母と一番上の義姉は、とても悔しそうに唸りました。
そして、二番目の義姉は再び悲鳴を上げました。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっえぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!」
ジュエルは不思議に思いました。
(あれ? なぜ二番目のお義姉様は喜んでいるの!?!?
てっきり、お義姉様は王子様と結婚したいのだと思ったのに、こんなにも喜んでくださるなんて…………?)
実は、今まで義妹の悲鳴を聞く機会がありませんでした。
継母や義姉はよく「ひぃゃっはっは」と笑っていたので、二番目の義姉の悲鳴も“喜んで笑っている”とジュエルは勘違いしたのです。
「!? なんでお前は悲鳴を上げているんだい?」
「〔金の靴〕の重さをわかってないから言えるのよ!!
あの子、本当はバケモノ並の力持ちよ!!」
「まちなさい!
一緒に住み始めた時は、ちっともそんな感じしなかったじゃないか!!」
確かに最初は普通の人と同じぐらいの筋力しかありませんでした。
しかし、一人でお屋敷の家事をこなしてみて、手だけでなく“足も使わなければ仕事が終わらない”と思ったジュエルは、まるで曲芸のように足もしっかりと動かすようになり、異常すぎるほどに鍛えられていたのです。
「私達が家の仕事を全部押しつけたから、筋力が異常に上がったとでも言うの!?」
「常識で考えて、そんなことってある!?
ウソでしょ!?」
「私達……復讐されるのかしら…………」
「ひぃぃぃぃぃっっ!!」
「ひゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「ひぅあぁぁぁぁぁ!!」
継母と二人の義姉は、ジュエルからの復讐を恐れて悲鳴を上げました。
しかし、ジュエルには祝福の声にしか聞こえません。
(お継母様と一番上のお義姉様も喜んでくださるの?)
何故なんだろうと考えているうちに、ジュエルは三人に出会ったばかりのことを思いだしました。
――――将来のことを考えて、ジュエルを上流貴族のもとへ行儀見習いに出すのも良いと思うんです。
(そういえば、お継母様は“良い縁談”が私に来るようにと言ってたわ。お掃除は“行儀見習い”に出す前の練習だと……)
思いだし始めると、次から次に気になりました。
――――あ~ら、ジュエルは掃除の仕方も知らないの?
(私に仕事が出来てないと言った後、必ずお手本を見せてくれたわ。
お義姉様達は掃除の仕方を知っている……。私と違って身につける必要は無い。
そもそも、この“古い仕事着”って誰のもの?
すぐに出てきたけど、屋敷に勤めていたメイドの制服のデザインとは違うし……古いもののようだわ。
まさか!
お継母様が若い頃に着ていた服!?
初心を忘れないように、大事に持っていたものを私に!?)
ジュエルの推理が止まらなくなりました。
――――はっはっは! 何いってんだい?
ジュエルは背が伸びてきたから、着られないわよ?
(三人とも私の背が伸びたことに気付いてくれてた)
――――あれでも、悪い子ではないんだよ。
最初は良かれと思って行動しても、すぐ目的を忘れて私欲に走ってしまう根性なしの所が残念だけどね……
(てっきり、私は嫌われているのだと思ってたけど、そうじゃないのかも。
だって、あの親切なお婆様の血を引いていらっしゃるのよ?
お義姉様達はよく夜会に参加されてたけれど、新しい宝石やドレスを買ってない。私のをたまに使うぐらい。
お義姉様達も節約をしていたのだわ!!
私より家のことを考えてくださっていたのに、私ったらなんて勘違いを――――!!)
両手の指先で口元を押さえ震えるジュエルに、王子様は心配そうに「大丈夫ですか?」と声をかけました。
「王子様。心配してくれてありがとうございます。
みんながとても喜んでくれているので、感動しただけです」
「え? あれは悲鳴ではないのですか?」
「私の家族は、ちょっと変わった喜びの声を上げるんです」
とても幸せそうに言うジュエルの姿を見て、王子様もニッコリと笑顔になりました。
「お義姉様。
この靴を履いて歩くにはコツがいるんです」
ジュエルは〔金の靴〕を二番目の義姉に譲ろうと思い、説明を始めました。
「つま先を支点にして、踵を上げれば重さを感じることなく――――」
「出来るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
そんな問題じゃないのよぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「え? でもお義姉様!
私は王子様と結婚することになりましたから、今度はお義姉様がこの〔金の靴〕を履いてステキな男性に出会ってほし――――」
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理」
「遠慮なさらないで。
お義姉様も幸せになってほし――――」
「悪かったわ!!
私達が悪かった!!!!
あんたをそんな体にした私達を許して! ジュエル!!!!」
ここで騎士達が話に入ってきました。
「なんと! あなた方が、特訓を!?」
「〔金の靴〕は本当に重たかったです」
「あれを履けるように、ご教授されたのはあなたがただと!」
「我々のことも、ぜひ! 特訓してください!!」
「国を守る最強の剣になりたいのです!!」
「ぜひ! 私と結婚して四六時中鍛えてもらえませんか?」
「いいや! 私と!! 結婚して下さい!!!!」
二人の義姉は、たちまちモテモテになりました。
ジュエルは“当然のこと”と思いましたが、義姉達は困りました。
家の仕事を全部押しつけただけと知れたら、きっと、いろんな人から怒られます。それだけなら良いですが、ジュエルは今や“王子様の婚約者”です。未来の王妃に酷い仕打ちをしたと、牢屋に入れられたり、重い罰を与えられるかもしれません。そう思うと、王子様付きの騎士達に求婚されても喜ぶ気にもなれず、また悲鳴がもれました。
「ひ、ひぃぃぃぃ!」
「ひぃやぁぁぁぁ!」
「まぁ! お義姉様達が喜んでます!!」
「「「そうですか!! では、我々の中からぜひ婿を選んでください!!」」」
結局、二人の義姉は騎士達の申し出を断ることができず、それぞれ王子様付きの騎士と結婚することになりました。
魔物の討伐に行っていた父親は、久しぶりに家に帰ると娘が三人とも結婚することになっていてビックリしました。
そして、三姉妹の結婚式は同時に行われました。
意地悪だった二人の義姉は心を入れかえ、みんな仲良く、末永く幸せに暮らしました。
お読みくださり、ありがとうございました。
〔金の靴〕の重さは、だいたいの面積で計算しています。デザインによって重さはかなり変わりますが……計算が間違えていたらすみません。
誤字·脱字報告ありがとうございます!!
初めて頂いたので、とても嬉しかったです!