上位存在逆マトリョーシカ
墓の前に、齢にして約500歳の不老不死者である女性、ディオア氏が立っていました。雨に打ちひしがれて、悲しい表情をしている。
「もう嫌じゃ……。知っている者はみな死んでしまった。新しく知り合っても、結局死んでしまう。わし一人ぼっちじゃ」
亡くなった友の墓を前にしてディオアが泣いているところに、白髪の紳士がやってきました。
「ああ、ついに見つけた。あなたは、私と同じ不老不死者ですね?」
「え……誰ですか? ていうか、今なんて言いました?」
「ああ、こちらから名乗り出なきゃですね。私はタイク。5000年を生きている、文明開闢より生き永らえている不老不死者です」
「え?」
驚きのあまり、ディオアの瞳の涙が止まった。
「いやあ、さすがに寂しかったですよ。人と暮らすのを暇つぶし程度に考えとかないと心がつらくってつらくって。でも、ようやく同類を見つけることができた!」
「そ、そうですか……」
不老不死者、という言葉に戸惑い驚いたディオアだったが、流石に少し疑り深くなった。そして友の墓の手前、雰囲気を破壊した紳士に些かの怒りすら覚えた。そこへ今度は中性的な見た目をした人間がやってきた。
「あらあらあら、不死者がふたりもいるのね。あっ、私はマルト。人類発現より生きている不老不死者よ。科学者によると私は200万歳らしいわね、時間の概念が人類には分からなかった時から生きているから、よくわからないけど」
マルトの出現に驚くふたり。そこへ、又もや新たな出現者があらわる。
「俺は……とりあえずマリンって名前でいいか海にちなんで。生命が発生したときから生きている。あっ、俺の能力は死なないだけじゃないぜ」
そう言うとマリンは全ての生物の姿を模倣してみせ、更に存在しない生物を自らの身体で創作してみせた。
「どうだ、俺の能力は。まあ、人型がけっきょく今の世では生きやすいんだがね」
マリンの能力にその場の一同が驚いていると、今度は大地が割れて裂け目からマグマ男が現れた。
「やい、マリン。何を能力を見せびらかしていい気になっている。あぁ、俺はプラネット。この惑星ができた時からずっと惑星の中枢にいる、星の意思みたいなものだ」
するとその場の風が吹き荒れる。一同が空を仰ぐと、やたらメカメカしい浮遊物体が空に浮かんでいる。その物体が徐々に降りてきて着陸し、中からモフモフした姿の人型が現れて来た。よく見ると、身体のところどころが機械に置き換わっている。
「はあぁ~! この惑星を含む星系ができた頃から観測してるけど、こんなに特別な生命体が一堂に会するところは初めてだわ! 不老不死者は珍しくないとして、マリンくんとプラネットくんは興味深いわ!」
異星人の登場に驚いていると、突然として空間が眩く発光し、その場の一同が目を覆った。皆が目を開けると、何もない空間に光の渦が出現してそこから眼鏡をかけた人間が現れた。
「なんだ、珍しい存在が集まってるな。私はタイムトラベラー、貴重な時間軸に出られたようだ」
次は上空の空間に亀裂が入り始め、それをこじ開けるように亀裂から禍々しいオーラを纏った触手が伸び出す。亀裂から漏れ出る瘴気が空を覆い、世界は闇の夜になる。そして、中から大量の骸を身に纏った、大量の触手の生えている異次元体が地に降りる。
「ア、ア……ア”、ヴン、……思考解読できた。我こそは上の次元より来たりし者なり。異なりし法理を用いて世界を今一度平らげん」
途端にタイムトラベラーとプラネットが身構え、異星人は宇宙船に乗って臨戦態勢に入る。———が、天から光の柱が落ちて異次元体を潰す。光の柱の落ちる衝撃で闇の夜が晴れ、日光の降り注ぐ晴れになった。太陽の位置する方向から、翼の大量に生えた剣が飛来する。その剣が喋り出す。
「私が管理を任された宇宙区画に猛獣が入ってしまってすまない。5次元の管理がおろそかになってしまっていたようだ」
あまりにも神々しい存在に数人が涙しそうになったところへ、出所不明の声が聞こえてきた。声の出所の空間が歪んで見えるが、姿は見えない。
「主なき後も管理を続ける機械の剣か、興味深い。ああ、俺は10次元にあって異なる理に生きる者だから君たちには見えないさ」
そこへまた新たな存在が出てくる。
「やあ、11次元から来たよ」
またやって来た。
「物理とは異なる法則に生きる者だ」
またまたやってくる。新たな上位存在がやって来ては、それを上回る上位存在がやってくる。キリがない。
「……というわけで、宇宙の遥か向こうに見えます『壁』が俺の本体の一部ですね。俺はこの宇宙が自分の身体のようなもので、いまのところ全ての法則と次元を網羅している科学の最高到達地点にいます⬛⬛⬛⬛です。上位存在は俺で打ち止めですね」
はるか上空に突然として現れた、際限なく広がって果ての見えない『壁』を指さしながら、自らを⬛⬛⬛⬛の分身体と名乗る存在が説明する。墓場は上位存在で埋め尽くされ、そのほとんどが際限ない上位存在の出現にげんなりしている。
「ふ……あはははははっ!」
墓場に最初からいたディオアが突然噴き出して笑う。
「ど、どうしたんだい不老不死ちゃん?」
タイムトラベラーが心配そうに声を掛けてくる。
「だって」
ディオアが辺りを見回し、それぞれの上位存在を認識する。
「私は不老不死だから孤独になるしかないと思ってたけど、そうじゃなかった。こんなにも私より上の存在がいる。だったら私も頑張ってこの人たちみたいになって、今度は私からこの人たちみたいな存在に会いに行って一緒に生きたい!」
そのディオアの顔は、友の墓の前で泣いていた時の表情とは対照的な眩い笑顔だった。
「俺の墓が!!!!!!」
上位存在に踏み荒らされた墓を前に、ディオア氏の亡き友人の霊はただ嘆くしかなかった。