神からの贈り物
初投稿です。
ゆるい設定、よくあるお話かと思いますので広いお心で読んでいただけますと幸いです。
念の為、R15にしています。
(ほんと腹立ちますわ。今世紀で一番の無能なのではないかしら。脳みそ詰まってます?スポンジかヘチマではなくて?)
ああ、今日も今日とて、彼女は荒れている。
完璧な笑顔の下は、荒れ狂う海、いや、火山が噴火してマグマが流れ始めているかのような静か?な怒りに満ちている。
そんな心の声が僕には見えてしまっている。
****
僕はアーガソン伯爵家嫡男のセオドア。
アーガソン家は代々、貿易により財をなし、ほどほどの蓄えがあり、ほどほどに栄えた領地を抱えている。
貴族社会の中では、目立たず、かといって埋没してもいない中堅の位置おり、争いごとなどとは無縁なのが特徴だ。
そんな『ほどほど』を実現しているのは、先祖代々受け継いでいるある能力のおかげだった。
それは、『相手の心が読める』と言う能力。
この能力を悪用しようとした者には、すべからく災が訪れその身を滅ぼした。
そのためこの能力を悪用せず、ほどよく使うことのできる者が受け継いでいき、外部へは秘匿され、唯一能力を受け継いだ者以外には隠されてきた。
そんな能力を持って生まれた僕は、最初は否応なしに流れ込んでくる他人の心の声に耐えられず、よく熱を出し寝込んでいた。
外に出るのも嫌になり、日々部屋に引きこもり一人で過ごす僕は、母にかなり心労をかけてしまったことだろう。
苔でも生えてきそうな頃、領地経営で忙しくしていた父が僕を訪ねてきた。
「私もね、幼い頃はこの力のせいで人と接することが怖くなったことがあってね。随分と悩んだものだ。」
そう、遠くを見るような目で昔を懐かしむ父。
「父上はどのようにして乗り越えられたのですか…?僕は、僕は他人の心なんて読みたくないのに…」
笑顔と優しい言葉の下に隠す、心の声。
悪意もあれば、上っ面な言葉を並べるだけのこともある。
その全てを知ってしまう恐怖。失望。絶望。
「そうだね。人の心の声は時には辛いものがあるよね。今の私の心の声、読んでみなさい?」
(心の声が読めるのに慣れれば、めっちゃ便利だから!まじで!性格悪そうな人には近づかないようにできるし、儲け話が嘘か本当かなんて一瞬だしね。)
「(この能力を活かすも殺すもお前次第だ。集中力を養えば、能力をコントロールすることもできるようになる。私はお前を信じているよ)」
父の言葉、心の声を聞いたその時を境に、僕は能力をコントロールすべく日々訓練に勤しんだ。
部屋からも出るようになり、母は涙して喜んでくれた。
1年もすれば上手くコントロールできるようになり、2年もすれば能力を上手く使いこなせるようになっていた。
自分の身を守りつつ、上手く立ち回り、決して多くを望みすぎない程度の利を得ること。
やはり、僕はアーガソン家の者なのだな、と感じていた。
12歳になった時、貴族として婚約者を決めるべく、歳の近いご令嬢何人かと顔合わせを行った。
「素敵な庭園ですわね。アーガソン伯爵令息も優しそうな雰囲気で素敵ですわ!」
(冴えないお顔立ちね。髪もダークブロンドで暗い印象ですし。家もパッとしてないし。)
「まあ、読書がご趣味なのですね!私達気が合いそうですわ」
(読書なんて眠くなるだけのことよくできるわね。絶対合わないわ。家のために婚約してあげてもいいけど他にいい人ができたら捨てましょう)
「え、王都に行ったことがないんですの?でしたら私が今度ご案内して差し上げるわ!」
(今時王都に行ったことがないなんて、なんて田舎貴族なの!?一緒にいたら私まで野暮ったくなりそう!)
全員と顔合わせを終えた僕と父は、なんというか、へとへとだった。
主に心が…
「なんと言うか、今時のご令嬢方は凄まじいのだね…」
心から同意の意味を込めて頷く。
「そうねえ。今回お会いした子達はちょっとよくなさそうねえ。」
これが女の勘というものなのか…
「あんまり急がなくてもいいのではないかしら?学園でいい子に出会えるかもしれないわよ?」
にっこり笑う母に、果たして出会えるのだろうか…と薄く脆い望みを持ち学園に通うことにした。
****
貴族の子女は13歳になると王立学園に入園し、18歳になるまでの5年間、研鑽に研鑽を重ねていく。
僕は入園と同時に、王都のタウンハウスに移った。
最初の頃は見るもの全てに圧倒され田舎者丸出しであったが、能力を上手く使いながらさりげなく交流を広めていった。
そうして堅実な地位を築き上げ維持しつつ、つつがなく過ごしていたある日、僕にちょっとした出会いがあった。
一人で一息つきたくて向かった、誰も来ない校舎裏のひっそりとひらけた場所。
そこで寝転がりながら心の声を意識しなくていい時間を過ごしていた時、
ガサッ
(もう!!!!ふざけんなですわ!!!)
いきなり聞こえた足音と心の声に飛び起き、後ろを振り返った。
そこにいたのは、シルフィア・レイコット侯爵令嬢。
王太子殿下の婚約者で、この学園に知らぬ人がいないほどの有名人だ。
誰もいないであろう場所に僕がいて驚いたのか、目を丸くしている。
「あ、あら。大変申し訳ございません!人がいらっしゃるとは思わず…」
戸惑い、申し訳なさそうにしている彼女と僕の間に、気まづい空気が漂っている。
「あっ…と、僕はそろそろいきますね。どうぞこちらでお過ごしください。御前失礼します。」
気まづい空気に耐えられず、とりあえず逃げることにした。
「あの!お邪魔をしてしまったのは私なので、私が去りますわ!」
「いえいえ!僕はもう十分休みましたので!」
「いえいえ!まだまだ昼休憩はございますわ!存分にごゆるりと!」
「お気遣いなく!僕は大丈夫ですので!」
譲り合いの言い合いが一瞬止まり、ハッとさらに気まづい空気が流れる。
「…ご一緒に休息いたしましょうか…」
「…そうですね…」
制服の上着を脱いで、芝生の上に置き彼女を促す。
「お優しいのですね…」
そう言う彼女は少し躊躇いつつも腰を下ろした。
僕も彼女から二人分ほど間を開けて腰を下ろした。
「あの、今更なんですけど、王太子の婚約者である貴方様が僕のような異性と二人でいてもよろしいのですか?」
あらぬ噂が流れたりすれば醜聞となり、最悪婚約者から外されることだってある。
「…あの方は…私のことなんて便利な駒使い程度にしか思っていませんわ」
おおう。最悪だな王太子。
「そういえば、あなたのお名前を教えていただいてもよろしくて?」
「あ、大変失礼いたしました!僕はアーガソン伯爵家嫡男のセオドアと申します。」
シャッと立ち上がり、居住いを正し挨拶をした僕に彼女はクスッと笑みをこぼした。
「そんな畏まらなくてもよろしいのに。私はシルフィア・レイコットですわ。」
僕の固さをほぐすように、気さくに自己紹介をしてくれた。
そしてポツポツと、その心のうちを話してくれた。
婚約者の王太子殿下が、最近意中のご令嬢にかかりっきりのこと。
昔から政務をサボりがちだったが、そのご令嬢が現れてからは彼女に全て押し付けるようになったこと。
反論すれば逆上されるので、従うしかないこと。
さりげなく婚約の解消を提案したら、政務を押し付ける相手がいなくなることを危惧してか、全て却下されたこと。
(本当にもう耐えられない!婚約なんて解消したい。視界に入れるのさえ嫌。あのスカポンタン!!!)
(スカポンタン!?ってなんだ?)
読んでしまった心の声に、吹き出しそうになるのをすんでのところで堪える。
「それは…お辛いですね…」
憤りと悲しみを抱える彼女に、気の利いた言葉をかけることができなかった。
****
その日からごくたまに、校舎裏で会えば少し会話をするようになった。
彼女に少しでもストレス解消をしてほしいと思い、心の声を注意して読み、溜め込んでいるものを吐き出せるように努めた。
息の詰まる日々を過ごしているであろう彼女に、少しでもスッキリした顔にさせてあげたい、そう言う思いを込めて。
親しくなるにつれ、日常の中で彼女を見つけるとついつい目で追ってしまうようになった。
王太子殿下は腕に噂の意中のご令嬢をぶら下げていることが多く、彼女への配慮がまるで感じられない。
王太子殿下に付き従う彼女の顔はいつも暗かった。
「お前は本当に辛気臭くて敵わん!見よ、このプリシラの愛らしさを!」
「お褒めに預かり光栄ですわ!シルフィアさん、いい加減に殿下に付き纏うのはおよしになったらいかが?」
「そうだぞ!私に付きまとって縋り付いて、いい加減にしたらどうなのだ!」
「…殿下の婚約者としての勤めですので…」
(こちとら婚約の解消を希望しているのに、却下しているのは殿下の方じゃないですか!事実を捻じ曲げて自分のいいように解釈して。本当に腹が煮えくりかえりそうですわ)
ギャーギャー騒ぐ殿下とぶら下がっているご令嬢の声が、響き周りの生徒の視線を集めた。
たまたま居合わせ、彼女の心の声を読んでしまった僕は、思わず騒ぎの中心に歩を進めてしまった。
「お話中失礼いたします。先生方がレイコット侯爵令嬢に用があるようで探していらっしゃいましたよ。よろしければ、ご案内させていただきます。」
ああ、『ほどほど』を教訓にしている僕はこんな目立つことする気なんてなかったのに。
彼女に会ってから、なんだか僕らしくない。
正直、心臓が爆発しそうだ。
「あ、あら。それでは殿下。呼ばれているみたいなので失礼いたしますわ」
驚きを一瞬で隠した彼女は、侯爵令嬢然とカーテシーをして踵を返し、僕の後に続くように歩き出す。
「殿下!これで二人っきりですね!」
「ああ、そうだな!邪魔者がいなくなってせいせいした!さあ、プリシラいこう!」
満足げに歩き出す二人を見やる周囲の生徒の心の声は、言わずもがなだった。
職員室に続く廊下にさしかかったところで、人がいないことを確認し足を止めた。
「先生方が探していたような気がしたのですが、気のせいだったみたいです。大変失礼いたしました。レイコット侯爵令嬢」
「まぁ…ふふ…あの場から連れ出してくださったのでしょう?感謝いたしますわ、アーガソン伯爵令息様」
未だ鳴り止まない心臓と、冷や汗で冷たい背中を感じつつ、彼女へ向かい合った。
「とんでもございません。ご足労かけて申し訳ございませんでした」
「いえ、本当に助かりました。では失礼いたしますわね」
貼り付けたものではない、素の笑顔を目の当たりにしてしまった。
彼女の姿が見えなくなったタイミングで、壁に寄りかかり、真っ赤になっているであろう顔を両手で覆った。
「まじかぁー…」
自分の中に芽生えた、新しい感情を自覚した瞬間だった。
それからしばらく、この感情をどうするべきか悩みに悩んだ。
そして、一つの決意を胸に、行動に移すことにした。
****
「本当に役に立たないな、お前は!!!!仕事をするしか脳がないくせに、この者たちにも劣るなど無能にも程がある!!」
晴れた日の下に似合わない、王太子殿下の怒声が昼食をとっている生徒で賑やかなラウンジに響き渡った。
「…申し訳ございません。」
(私に仕事を押し付けて、あなたはサインをするだけでひとっつも仕事をしていませんけどね!)
「新しく私の側近になったこの者たちの方が、お前よりも何倍も仕事が早いではないか!お前は今まで何をしてきたのだ!?」
「でも、その方達が報告されたものは、全部私がやったもので…」
「くどい!!どうせ今までお前がやっていた仕事も、他の者にやらせていたのだろう!?小賢しい!」
「そうですぅ!私、シルフィアさんから仕事を何回も押し付けられて…」
しなだれかかり涙を浮かべるプリシラに、王太子殿下は鼻の下を伸ばしている。
「え?私は他の方に仕事を押し付けたりなんてしていませんわ!」
反論したが、王太子殿下は鼻で笑い一蹴し、プリシラと新しく側近になったであろう令息たちがニヤニヤしながら控えている。
「ふんっ!お前との婚約を考え直す必要があるな!このような無能が私の婚約者など甚だ耐えられん!」
シルフィアの横を通り過ぎる王太子にプリシラ、側近たちが続く。
プリシラが呆然と立ち尽くすシルフィアにしか聞こえないよう、耳元で囁く。
「シルフィアさん♪王太子殿下は私がいただきますわ」
遠ざかる足音を背に、シルフィアは小さな希望を胸に抱いてしまったことを自覚せずにはいられなかった。
****
「こんにちは、レイコット侯爵令嬢」
「ごきげんよう、アーガット伯爵令息」
いつもの校舎裏にて、他人行儀な挨拶を皮切りに、いつもの定位置へ腰を下ろす。
もちろん、彼女の位置に制服の上着をあらかじめ敷いておくのを忘れない。
見上げる空は程よく雲が流れていてとてもきれいだった。
「先ほど、王太子殿下から婚約を考えす必要があると言われましたわ。
レイコット侯爵家としては、王太子殿下との婚約はそこまで重要視していないので解消でもよいとお父様に言われております。」
「…そうですか。この場合、よかったですね、で合ってます?」
「ふふっ…この場合はあっておりますわ」
少し複雑そうで、それでいて柔らかい笑みを浮かべる彼女を見やる。
あの日、自分の中に芽生えた感情を自覚してから、彼女の心の声を読むのをやめた。
少しでも誠実に、そして彼女のために行動したい、という自分のエゴだ。
もしかしたら、自分の行動が彼女のためになっていないかもしれない。
心の声を読めば、もっと上手く立ち回り、もっと早くに彼女のためになることをできたかもしれないのに、
なぜか、そうしたくない自分がいたのだ。
「今、何を考えていらっしゃるの?」
黙りこくってしまった僕に、彼女は問いかけた。
「貴女は、今何を考えていらっしゃいますか?」
風が運んできた花びらが、僕たちの間を縫うように踊り降りた。
****
学園の卒業式の後に行われる、卒業パーティは毎年王宮で行われる。
卒業生とその親族が参加をするため、貴族のパイプ作りや社交も兼ねて、パーティの中でもかなり重要なものになっている。
僕は例に漏れることなく、パーティに参加しているが、両親は領地におり不参加だ。
そのパーティが始まってまもなく、在学中聞き慣れた怒声が響き渡った。
「シルフィア!!お前のような無能は私に相応しくない!この場にて婚約破棄をする!そして新しい婚約者にはこのプリシラを迎える!」
会場の中心部で王太子殿下、その傍にプリシラ嬢、そして側近達が彼女に詰め寄っていた。
「王太子殿下、このようなめでたき場にてそのような事は…別室にてお伺いいたしますわ。移動いたしましょう」
場を荒立てないよう、周囲に配慮をしているシルフィアに周りの貴族は同情的な視線を注いでいる。
「シルフィアさん!潔くお認めになって、早く殿下を解放して差し上げて!」
儚げな印象で王太子殿下の腕に絡まるプリシラはそう告げた。
「…解放…ですか。」
シルフィアは、ふう…と落ち着くために息をつき、何かを決意したかのような顔で王太子とプリシラ、その側近を見据えた。
「承知いたしました。婚約破棄承りますわ。手続きの書類などは後ほどお渡しさせていただきます。
婚約者として殿下の代わりに行っていた政務は、今後はご自身にて行ってくださいましね」
「はっ!婚約破棄されたからって、そのような戯言を!私は私の分の政務はきっちりこなしておるわ!それに優秀な側近もいるので、問題はない!」
王太子殿下が胸を張り言い切った時、国王陛下の来場を告げる音楽が鳴り響いた。
扉から入ってきた国王陛下に、会場の貴族一同、頭を下げる。
「良い、めでたき卒業を祝う場だ、楽にしてくれ。して?この異様な空気はなんだ?」
祝いの場に相応しくない異様な空気に気付いた様子で国王陛下が問いかけた。
「父上!私はシルフィアとの婚約を破棄し、このプリシラを婚約者に迎えたいと思います!」
嬉々とした様子で、国王陛下に告げる王太子に周囲の貴族は誰一人、口を開く事はない。
「ほお?」
「シルフィアは政務もこなせない無能ですし、辛気臭く私には釣り合いません!プリシラは可愛げがあり、何より優秀です!」
息巻きながら告げる王太子に、国王陛下は片眉を釣り上げた。
「陛下、発言をお許しください。」
不意に、会場に王太子でも国王陛下でもない声が響き渡った。
「お父様…」
「発言を許す、レイコット侯爵」
恭しく、礼をして顔を上げるレイコット侯爵は他を圧倒するほどの覇気を身にまとい、シルフィアの前に歩みでた。
「先ほど、王太子殿下が娘との婚約を破棄すると宣言し娘はそれを承諾いたしました。そして腕にぶら下がっている女を新たに婚約者に据えると…レイコット侯爵家より常々、婚約の解消についてご提案させていただいていたことはお忘れなのでしょうか?忘れていなければ、このような場で婚約破棄など馬鹿げたことをするはずがありませんがね。ああ、私どもとしては、婚約破棄自体は何も問題がないのですが、もちろん、王太子殿下の有責となりますが。」
「なっ!!婚約の解消を願い出ていただと!?そんなわけないであろう!常日頃シルフィアは私にへばりついていたのだからな!!しかもなぜ私の有責なのだ!?シルフィアが無能なのがいけないのだから、そちらの有責であろう!?」
王太子殿下が掴みかかりそうな勢いでレイコット侯爵に喚き散らすのを、国王陛下の護衛が制止した。
「王太子殿下、私が常日頃あなた様のお側にいたのは、王太子殿下を諌め、導くよう命じられていたからですわ。好意のかけらもあなた様には抱いたことはございません」
「なっ…!!なんだと!?貴様…」
青くなったり、赤くなったりと顔が忙しい王太子殿下を無視し、国王陛下は言葉を発した。
「レイコット侯爵。もちろん、王太子の有責で婚約を破棄させてもらう。レイコット侯爵令嬢、すまなかったな」
「父上!!何をおっしゃっているのですか!?」
「黙れ、愚か者。私が何も知らないとでも思っているのか!?」
「え…な、どういうことですか?」
「貴様は、己の政務を全てレイコット侯爵令嬢に押し付けていたな。そして最後のサインだけは自分でしてあたかも自分の功績のように仕立てていた。それだけではない、レイコット侯爵令嬢がやった仕事を自らの手柄とする側近やそこの女に上手く騙されおって!」
何年も前から政務を押し付けていたので最近はすっかりその事が頭から抜け落ちていた王太子殿下は、目を泳がせ顔中に冷や汗を浮かべていた。
そんな王太子殿下を一瞥し、国王陛下は続けた。
「レイコット侯爵令嬢は、貴様のためなら、と自身の功績と公表せず尽くしてくれていたのだ。それを仇で返すなど…貴様は廃嫡、貴様の側近らもタダではすまさん」
廃嫡という言葉に、顔を青ざめる王太子、いや、元王太子の横からこの場に似つかわしくない声が発せられた。
「え!?廃嫡!?王太子殿下だから近づいたのに意味がないじゃない!!」
「プリシラ…?」
王太子という地位目当てで近づいたと暴露したプリシラに、元王太子は唖然とした。
しまった!という顔をし逃げ出そうとするプリシラだが時すでに遅し。兵が逃すはずもなく拘束された。
猿轡をかまされながらもなお、抵抗することをやめない。
「王太子を籠絡し王太子妃になることで国を乗っ取る計画であったのであろう?最近隣国がきな臭いとは思っていたが、こんな初歩的な手を使ってくるとはな。残念であったな。ああ、もちろん、元王太子と元側近にも売国の容疑がかけられている。元側近たちの家はすでに調査済みで今回のことに関与はないことが証明されている。ああ、売国奴の容疑をかけられている貴様らはすでに家から籍を抹消済みだ」
国王陛下の凍てつくような眼差しに、元王太子とその側近は足元が崩れ落ちるような感覚に襲われた。
「俺たちまでなんで…」
「お、俺はなんにも知らない!俺は悪くない…!」
家族に助けを求めようと視線を向けても、誰も視線を返さず、元側近達は一様に絶望の表情を浮かべながら膝をついた。
「父上!!私はあの女に騙されていただけなのです!!本当です!!
シルフィア!今までのことは水に流してやるから、再度婚約者にしてやろう!父上、シルフィアが婚約者であれば廃嫡になどならずに済みますよね!?」
プリシラに騙されていたことに唖然としていた王太子殿下だったが、一転、保身に走る発言に今度は国王陛下が唖然とする番だった。
「再度婚約者になれなどと、どの口がおっしゃるのか…心からお断りします。」
シルフィアは感情のない声で返答した。
「シルフィア!!!貴様は大人しく私のいうことを聞いていれば良いのだ…!!」
怒りや焦り、様々な感情の矛先をシルフィアに向けた元王太子は拘束され、床に組み伏せられた。
「はぁ、これほど愚かだとは…子育てを間違えたな。王妃は此度のことを気に病み伏せっておるわ。兵よ、この者達を連れ出し牢に入れよ。尋問ののち裁可を下す」
周囲の貴族たちは、一連の出来事に驚きと戸惑いを隠せないでいたがすぐに状況を整理する。
会場の後ろのほうでは、今回の出来事に関わっているのは間違いないであろう貴族の数人が兵にとらえられ連れ出されていく。
その者たちを横目で確認し、今後の付き合いや関係性をどのようにすべきか、頭の中で素早く整理し組み立てていく。
そんな貴族たちは、騒ぎながら連れ出されていく元凶の者たちのことなど、すでに気にしてなどいなかった。
「皆の者、見苦しいものを見せすまなかったな。今後は第二王子、第三王子の適性を見て、王太子を選ぼうと思う。どちらを支持しても構わん。どれだけの家を引き込めるかも己の力量だからな。さぁ、せっかくの祝いの場だ。気分を入れ替えて楽しんでくれ!」
国王陛下の掛け声と共に、給仕により飲み物が配られ、楽しげな音楽が奏でられ始めた。
「シルフィア。長い間よく頑張ったね。手続きなどは私に任せなさい。」
会場の中央部で唖然としたまま動けずにいたシルフィアに、父レイコット侯爵は先ほどとは打って変わった優しい声をかけた。
「お父様…ありがとうございます。なんだかまだ実感がわかなくて…」
あの元王太子から解放されたのに、まだ実感がわかずどうしたら良いのかわからない。
「シルフィアに紹介したい者がいるんだ。学園であったことがあるかもしれないが…ああ、いたいた、こちらへ来なさい。」
手招きする父の方向に目をやると、「!」シルフィアは息をのんだ。
「ご機嫌麗しゅう、でよろしいでしょうか?アーガソン伯爵家嫡男のセオドアと申します。以後お見知り置きを。」
そこには、校舎裏での見慣れた様子とはずいぶん違う彼がいた。
「この者はなかなかのキレ者でね。まあ、何かと今回のことで力を貸してくれたのだよ。無理にとは言わないが一度話してみてはどうだい?」
驚き、言葉を発することのできないシルフィアの肩を優しく叩き、レイコット侯爵はその場を離れた。
「あんなことがあった後でお疲れでしょう。テラスに席と飲み物を用意しておりますので移動しませんか?」
そう言うと流れるような仕草で、シルフィアをエスコートし騒がしい会場を後にした。
****
「こちらレモネードです。お好きですよね、レイコット侯爵令嬢」
「あの…なぜ…」
テーブル越しに向かい合う形で腰を下ろし、彼女に一息つくように飲み物を進めた。
何についての「なぜ」なのかは気にしないふりをして。
数刻の沈黙の後、僕は意を決して話し始めた。
「僕のわがままなんです。ただのエゴですね」
あなたを解放して差し上げたかったこと。
笑っていて欲しかったこと。
拙い言葉で告げる僕に、彼女は黙って耳を傾けてくれた。
「私のために…」
目にうっすら涙を浮かべる彼女はまっすぐ僕をみている。
その濁りなき瞳に、気まづくなり視線を落とし今日までの怒涛の日々を思い返す。
まずはレイコット侯爵に貿易関係でアポをとり、さりげなく侯爵令嬢の現状を伝えた。
そして、野心と狡猾さを併せ持つ同級生をピックアップし、殿下の側近にそれとなく推薦。
プリシラ嬢は早々に間者だと気づき、数名の関係者も把握したタイミングで、こちらもさりげなく、かつ、バレないルートでレイコット侯爵へ。そして国王陛下の耳に入るように。
これらの点が線となり、結果として彼女が解放されるように。
正直、ここまで心の声を読む能力を使ったのは初めてなので数日寝込みはしたが、なんとか上手くいってよかったとほっとした。
まぁこんな汚いこと、彼女は知らなくていい。
「あなたは自由になりました。これまで縛り付けられていた分、やりたいことをやってください。」
本当は、僕があなたの横にいたい。
僕があなたを笑顔にさせたい。
僕はあなたのことをー…
あの日、彼女の笑顔を見て自覚した感情に名前をつけられていない。
いや、名前をつけてしまうのが怖かった。
臆病すぎる自分に反吐がでる思いでいた時、彼女の声が耳を貫いた。
「セオドア様、とお呼びしてもよろしいでしょうか。私のことはシルフィアと呼んでくださいませんか?」
彼女の方へ顔を向けると、そこには涙を流しつつも心からの笑顔を浮かべているシルフィアがいた。
今まで悩んでいた全てが吹き飛びガタッと立ち上がると、座っているシルフィアに膝まづき手を差し伸べる。
僕は頭が真っ白になりながらも必死でシルフィアに告げる。
「シルフィア、あなたをお慕いしています。どうかこれからのあなた隣に居られる権利をくださいませんか」
自覚し芽生えた感情にやっと名前をつけられる。
これは恋であり、愛であり、愛おしさであり…ああもうシルフィア全てを表す言葉だ。
差し出した手に、そっと手を重ねてくれたシルフィアは涙を流しながら答えてくれた。
「(セオドア様。婚約破棄された私ですが、どうか隣に居てくださいますか。私もあなたのことをお慕いしています)」
シルフィアの声と、読まないようにしていた心の声がなぜか同時に聞こえてきた。
僕は思わず、シルフィアを抱きしめた。
「一生、不自由させないと誓います。浮気もしません。」
精一杯、誠意のあることを言おうとしたがあんまりうまい言葉が出てこなかった。
「ふふっ…」と、腕の中で女神のように笑ってくれるシルフィアに幸せゲージは振り切ってしまった。
ああ、神よ。なんて素敵な贈り物を僕にくださったのか。
「セオドア様、知っていますか?『セオドア』って遠い国の言葉で、『神からの贈り物』って意味があるのですよ。まさしく、私にとっての神からの贈り物ですわ」
なんと、僕が彼女への神からの贈り物だったのか。
どちらでもいいかと、愛しいシルフィアのために、これからも『ほどほど』に力を尽くそうと誓った。
end




