巻き込まれ系主人公
「!?」
いや、あった。
カウンターの奥で、ヴァルキリーと一緒では無い、一人で蜂蜜酒を吞んでいる男がいる。
ヴァルキリーは女しかいないので、男は必然的に英霊だ。
日本の着物を着ていて、体はゴツくはないが鍛えこまれて引き締まり、洗練された機能美を感じさせる。
身長も、一般人に比べれば高いが、長身大柄ぞろいの英傑達の中では際立って高くも無い。
特別強そうには見えないが、でもこの場を誤魔化せればそれでよかった。
「こ、こいつがあたしのベルセルクよ!」
「は?」
いきなり腕を掴まれて、男はまぬけな声をあげる。
スイレーが明るい声で、
「なんだちゃんといるんじゃない。じゃあそいつとヴァルバトね、こっちは」
「スイレー、あたしにやらせてよ」
女子五人の中の一人が前に進み出る。隣にはガラの悪そうな白人男性が酒瓶を片手に立っている。
その男は平時であるにも関わらず、右手にだけガントレットをはめている。
でもそこで、武士がエイルの肩をつかむ。
「おいお前さっきから何勝手に」
「あんたは黙りなさい!」
「おぶごぉ!」
エイルの右ボディブロウが武士の腹にキマった。
「う、うごぉ……ちょっ、おま、きゅうに、げほぎゃああああ!」
エイルは息もつかせない連撃で武士を殴り、蹴り、投げ、叩きのめしていく。
「ギルドマスターであるあたしに何て口をきくのかしらこの駄馬! 本当に使えないやつね! 今日という今日はご主人様の偉大さを解らせてやるんだから!」
床に倒れ伏し、物言わなくなった武士の頭をエイルはぐりぐりとふみつける。
血を吐きながらぴくぴくと痙攣する武士に、女子達は青ざめる。
「あの、ちょ」
「エイル? それ、本当にあんたのベルセ」
「も、もちろんよ!」
慌ててエイルは取りつくろう。
「まっ、見ての通り、これがあたしのギルドの方針なの。あんたらみたいに体を売るような安いまねはしないのよ。神に仕えるヴァルキリーであるあたしはご主人様! 人間であるこいつは下僕よ! 奴隷よ! あたしの私物なの!」
一度回り始めた舌は止まらない。
「じゃあ決闘ではあたし達の主従関係をとくとみせてあげるわ! 言っておくけど、能ある鷹は爪を隠すってことわざはあたしの為にあるんだから!」
スイレーは頷く。
「ふーん、わかったわ。じゃあ決闘は明日、第七アリーナの広場。種目はそうね、普通のデュエルでいいわね?」
「勝負をしかけたのはあたしだし? まぁ種目ぐらいは決めさせてあげる。じゃあ駄馬。さっさと帰るわよ!」
見ず知らずの英霊の頭をわしづかみ、ずるずるとひきずりながら喫茶店を出て行くエイル。
客観的に見れば十分に格好はついただろうが、玉のような汗をかきながらギルドホームへ向かうエイルの思考はただ一つ。
――どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう! どうしようおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
ずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずると、英霊をひきずりながら疾走する女子の姿が、その日ちょっとした噂になった。
「お、おれがいったいなにを……ガクッ」ぴくぴく