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ヴァルハラのコロッセオ

「エイルさん! 貴女にはヴァルキリーとしての自覚がありまして!?」


 アースガルズのヴァルハラ城ギルド管理局で、エイルは職員に怒鳴られる。


「そ、それはもちろん!」


 握り拳を作るエイル。だが職員のヴァルキリーは柳眉を逆立てる。


「アカデミーを卒業してから何年経つと思っているのですか? なのに貴女が地上から連れて来た英雄はゼロ! ギルドマスターを志望して資格を取得しておきながら専属英雄はゼロ! なのに英雄達のメイドは嫌! そんなのいつまで通ると思っているのですか!」


 厳しい視線と口調で問い詰める職員に、エイルは反論しようとして、でもくちごもってしまう。


「とにかく! 今期もヴァルキリーとしての活動実績がない場合は、また強制労働ですからね!」

「うえっ!? またフレイヤ様のフォールクヴァング館の掃除ですか!?」


 エイルは青ざめ、雷でも落ちたような顔でショックを受ける。


「いいえ、今回はトール様のビルスキールニル館の掃除です」


 ヴァルキリー長ブリュンヒルデの直属の上司であり、全ヴァルキリーを束ねる女神フレイヤ。彼女の館は東方も無い広さだが、アースガルズ最強の雷神トールの館はさらに輪を駆けて広い。


 あんなところの掃除など、考えただけで血の気が失せる。


「そんな~~……」


 両肩を落として、エイルは綺麗な金髪頭をがっくしと垂らした。


   ◆


 高天原、ニライカナイ、エデン、オリュンポス、シャンバラ、アガルタ。この世には神話や宗教の数だけ天界郷が存在する。


 そして北欧神話のアース神族が暮らすアースガルズ。


 ここには古今東西全ての英雄の魂、すなわち英霊たちが集っている。


「あーあ、なんであたしがこんな目に、これもどれも全部あたしに従わない英霊達が悪いんだわ! 英霊ならさっさとあたしのベルセルクになりなさいよね!」


 エイルはヴァルハラ城の廊下を歩きながら、ぶつくさと文句を言う。


 ヴァルキリーは美女美少女揃いだが、その中でもエイルは綺麗な子だった。


 太陽の光を反射して輝く金髪も、海の美しさを濃縮したようなオーシャンブルーの瞳も、普通の人間なら一目で心を奪われる。


 手足は細くて均整が取れているし、大きくくびれたウエストから下はキュッとひきしまった形の良いヒップラインが延びる。おまけにただでさえ胸の発育が良いのに、ウエストが細いせいで余計に豊乳に見える。


 彼女が不機嫌そうに頬を膨らませると、それはそれで可愛いが、本来の美貌はやや曇ってしまう。


「はぁ」


 重い息を吐いて、エイルは窓の近くで立ち止まる。


 アースガルズのヴァルハラ平原に建造された都市ヴァルハラ宮殿。そこは中央のヴァルハラ城とヴァルハラ城下町の二つから構成されている。


 エイルが廊下の窓から外を見れば、昔ながらの石造りでありながら、現代風のデザインが混じる現代中世折衷の街並みが地平線の果てまで続いている。


 国と言って差し支えない、広大過ぎる都市はどこも活気に溢れている。


 数えきれないヴァルキリーと、英霊と、精霊と、そして世界中の神々が行き交う光景は全天界中ここだけだ。


 その中で、明らかに目立つ建物を睨みつけてエイルは、


「う~」


 と憎らしげに唸った。

 エイルは不機嫌そうな顔をそのままに窓から飛び立った。

 ヴァルキリーは天使と違い翼はないが空は飛べるのだ。


「えーっと、この時間は誰と誰の試合だったかな……」


 北欧神話の天使や天女に相当するヴァルキリー。


 彼女達の仕事は来たる戦争に向けて地上の英雄の魂をヴァルハラへ運び、アースガルズの軍備を強化することにある。


 英霊達は不死身の戦士ベルセルクとなりヴァルハラで日々殺し合い、死んでは生き返りまた殺し合って腕を磨く。


 故に、このヴァルハラ宮殿という都市、厳密には城下町には全世界全時代の英雄が住んでいる。


 だが英雄を集め初めて数千年、戦争なんて起きなくて、ただ世界中の英雄が殺し合っているだけで、ヒマで、退屈で、そんな事をしている間にとうとう地上では人類の科学力が絶頂を迎えて月すら集中に収め英雄は消えた。


 本人ではなく兵器が強いだけの未来ほど英雄発生率は下がり、ヴァルキリーの仕事も減って来る。


 結果、現代のヴァルキリーとヴァルハラの様相は変わって……


「へぇ、ちょうど試合開始じゃない」


 その建物、コロッセオの客席に入ると、エイルは中央のリングに視線を落とす。


『レディース! エーーンド、ジェントルメン! それでは続いての試合は三銃士でおなじみダルタニャン選手VS物干し竿使い佐々木小次郎選手だぁ!』


 司会ヴァルキリーのマイクアナウンスと同時に、ほぼ満員状態の客席から空が割れんばかりの歓声が上がった。


 リングには、フランス騎士風の格好をした美男子と、極東の島国、日本の剣士である侍の着物を着た、これまた美男子が姿を現す。


 ダルタニャンはサーベルを、小次郎は長刀を構え、愉悦に頬を綻ばせて笑う。


 客席にはヴァルキリーや精霊、英霊、そして北欧神話以外のあらゆる神仏が座っている。


 東洋西洋の区別なく、古今東西の全てが観客席を埋めている。


 アリーナの上を飛びまわる司会者が、客席に目を止める。


『おーっと、そこにいるのは日本のスサノオ様ではありませんか。VIP席じゃなくていいんですか?』


 SS指定席に座る、大柄な男性が破顔して笑う。


「今日は部下達と来ているんでね」

『冥王業おつかれさまでーす♪』

「それよりここの試合って俺は出れないのか?」


 冷やかすように笑うスサノオ。司会のヴァルキリーは顔の前で手を振る。


『いやいや、スサノオ様と互角に戦えるのなんて英霊どころか神様の中でもてルーグとアザトゥースぐらいのもんですから、冥府と天下と海と戦と武装と鉄と剣と矛の神様が何言ってるんですか』


「冗談だよ」


 客席もどっと笑う。


『さぁ、それでは皆さんお待ちかね! 両者睨み合って、試合始めぇ!』


 ゴングと同時に、騎士と武士が一瞬で距離を縮め斬り結ぶ。


 何十何百という斬撃のおうしゅうに、観客はますますヒートアップする。


 でもエイルが見るのはちょっと違う場所だ。


 確かに英霊、いや、ベルセルク同士の戦いは見ているが、その視線はどうしても互いのギルドマスター席、すなわち、ダルタニャンと小次郎のマネージャーヴァルキリーへと剥いてしまう。


 二人は誇らしげに胸を張り、凛とした瞳で自身の英霊、ベルセルクを見つめる。


「カッコイイなぁ……」


 目に光を散りばめ、エイルの頭の中では勇敢な英雄にカッコよく指示を出し、試合に勝利する自分の姿が浮かぶ。


 でも現実は、ベルセルク数ゼロ。試合実績ゼロ。勧誘成功率ゼロ。


 エイルは夢と現実の乖離ぶりに溜息をついてしまう。


 英雄同士のバトル。これが今のヴァルハラでありヴァルキリーの姿だ。

 

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 魔力出力測定編

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