03 現実
「それは少し不可解ですね」
片桐の話を聞かされた医師は、口許に手をやると神妙な面持ちで言った。
「薬効的には、夢なんてほぼ見るハズないんですが」
片桐はその日、大学近くにある精神科系医院・聖クラネス病院に足を運んでいた。
目の前にいる人の良さげな中年男性が、片桐の主治医ということになっている。更に言えば彼は、ここの病院長でもあるのだった。
「ちなみに、夢の内容というのはどんな」
「見たこともない異世界みたいな場所に迷い込むんです。そこで人と会って話をしたりして。でも……」
片桐は若干口籠もりながらも先を続けた。
「同じ夢を一週間も続けて見るなんて、流石にちょっと変ですよね。夢は脳の情報整理だっていうけど……僕、別にアニメも漫画も読まないですし。何が原因なのか」
「一週間ずっと、その異世界に行く夢なんですね」
「ええ、まあ」
片桐は夢の内容を、大雑把にしか医師に話してはいない。いくら夢の中とはいえ、明らかに自分より年若い猫耳半獣人の美少女と、殆ど毎晩のようにベッドで添い寝しているだなんて、ヘタに話せば人間性を疑われても仕方ないと思ったからだ。
「睡眠導入剤、もしくは睡眠薬と呼ばれるものには二種類あります。ひとつは体内周期を調節して、自然な眠気を誘発するもの。もうひとつは脳の働きを抑制して、言うなれば催眠状態に陥らせるもの。片桐さんに今お出ししている『シルバーキ』というお薬は、後者に該当する訳なのですが」
医師は身振りをまじえて、丁寧に説明してくれた。
「もしかしたら、片桐さんは体質的に薬の効きが弱い方なのかもしれません。ちゃんと効果が出ていれば、夢なんて見ないハズですから。副作用にしてもちょっと妙だ」
「そうなんですか」
「処方量を少しだけ増やしてみますか。どうします?」
医師の提案に、片桐は少しだけ考えてからこくりと首肯した。眠りにつけるのならばこの際なんでも構わない。
片桐が眠れなくなったのは、ひと月ほど前からのことだった。日増しに憔悴していく片桐を見かねた周囲に勧められ、精神科を受診したのがつい先週のこと。
処方された薬のおかげで眠れるようにはなったのだが、今度は毎晩のように奇妙な夢を見るようになってしまった。一難去ってまた一難である。
別に悪夢という訳ではない。なんならいっそ、素敵な内容と言っても差し支えないのだが、片桐にとっては精神科に通うのも睡眠薬の処方も初のことで、何らかの副作用ではないかとの疑念も拭い切れなかった。
「では片桐さん、お大事にどうぞ」
診察を終えた片桐は遠慮がちに頭を下げると、立ち上がる。
「いい眠りがありますように」
医師はにこりと笑むようにそう言った。