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異世界短編小説(コメディー)

必ずしもそうとは限らない~異世界転生者は迷走する~

作者: 瑳帆

よろしくお願いいたします。

 青い空、白い雲、爽やかな風が磨き上げられたガラス窓から庭園の薔薇の香りと共に吹き抜けていく。


 此処はとある王国の王宮のサロンの一室。先日婚約を交わした第一王子ルークベルトと侯爵令嬢イザベラの初顔合わせが行われていた。


「お初にお目に掛かる。第一王子ルークベルト・ビアン・スコットだ」


 白金の長い髪を後ろでひとつに纏め、豪奢な装飾が施されたフロックコートを纏い、十四歳とは思えない威厳に満ちた堂々たる態度で挨拶を述べるルークベルト。少し幼さの残る輪郭とは裏腹に切れ長の翡翠色の瞳が婚約者のイザベラを射抜いていた。


「マルセイト侯爵家が長子、イザベラで御座います。お会いできて至極光栄に御座います」


 艶やかな黒髪、青紫色の瞳、筋の通った小ぶりの鼻、口角の上がった桃色の唇。白く透き通った肌を上品なドレスで覆い、十四歳とは思えない見事なまでのカーテシーを披露したイザベラ。ピンと伸びた背筋は意志の強さを思わせ、婚約者の鋭い視線を正面から受け止めていた。


 周りの大人たちは初々しい二人が緊張して顔が強張っているのだなと微笑ましく見守っていたのだが、当人たちの心の中はそれどころでは無かった。


((ヤバい!ここってゲームの世界だ!!))


 シンクロした二人の心の声は焦りに焦っていたのだから。






 王宮での初顔合わせの茶会が終わり侯爵邸に帰ってきたイザベラは疲れたと言ってひとり部屋に籠った。侍女も護衛も居ない部屋で深い溜息がこだまする。


「はああああぁぁぁ…………私、負け組だった」


 イザベラは物心が付いた頃、前世の記憶が有る事に気付いていた。前世では日本と言う国に生まれ、平凡な容姿、平凡な頭脳、平凡な家庭と言う可もなく不可も無い人生を歩んでいた。

 そして気付けば剣と魔法のある世界へと転生しており、貴族の令嬢として蝶よ花よと大切に育てられていた。『お金持ちの魔力高めの美少女に生まれ変わって人生勝ち組!』と意気揚々と日々暮らしていたのだ。


 しかし今日初めてルークベルトを見た瞬間、この世界が乙女ゲーム《ドキドキ♡ときめき☆マジック》の世界だったのかと落胆してしまったのだ。


「まさか乙女ゲームの世界だったとは思わなかった…おまけに攻略対象の第一王子ルークの婚約者とかあり得ないんですけど!」


 《ドキドキ♡ときめき☆マジック》とは、とある王国の魔法学園を舞台に繰り広げられる恋愛アドベンチャーゲーム。魔力の高い平民のヒロインが特待生として貴族の通う魔法学園に入学する所からゲームがスタートする。

 入学当時は攻略対象を含む全ての学生から疎外され淋しい学園生活を送るのだが、持って生まれた心根と能力の高さで徐々に周りから認められ攻略対象たちと恋に落ちるというストーリーだ。


「そして私は悪役令嬢のポジションだわ~詰んでるわ~」


 第一王子ルークベルトの婚約者は、どのルートでもヒロインに嫉妬した取り巻き令嬢たちに囃し立てられヒロインに危害を加える役どころで最終的に取り巻き令嬢たちと共に修道院に入れられるのだ。おまけにルークルートでは嫉妬に駆られヒロインを亡き者にしようと画策し失敗、単独国外追放処分を言い渡される。


「だいたい俺様王子なんか好みじゃ無いし嫉妬なんかしないわよ!」


 イザベラの前世の推しは眼鏡キャラだった。


「でも背に腹は代えられない!ここはルークと仲良くなって私は無害ってアピールしなきゃね」






 サロンでの初顔合わせの茶会が終わり王宮内を歩いていたルークベルトは公務が残っているからとひとり執務室に籠った。侍従も護衛も居ない部屋で深い溜息がこだまする。


「はああああぁぁぁ…………俺、主人公かも」


 ルークベルトは物心が付いた頃、前世の記憶が有る事に気付いていた。前世では日本と言う国に生まれ、平凡な容姿、平凡な頭脳、平凡な家庭と言う可もなく不可も無い人生を歩んでいた。

 そして気付けば剣と魔法のある世界へと転生しており、一国の王子として傅かれ持てはやされて育った。『魔力高めのイケメンで権力もあって将来モテモテじゃね?』と意気揚々と日々暮らしていたのだ。


 しかし今日初めてイザベラを見た瞬間、この世界がギャルゲー《魔法学園の乙女たち~王子と魔法と恋~》の世界だったのかと驚愕してしまったのだ。


「まさかギャルゲーの世界だったとは思わなかった…おまけに主人公で婚約者が攻略対象外のモブ令嬢とかあり得ないんですけど!」


 《魔法学園の乙女たち~王子と魔法と恋~》とは、とある王国の魔法学園を舞台に繰り広げられる恋愛アドベンチャーゲーム。一国の王子(主人公)が貴族の通う魔法学園に入学する所からゲームがスタートする。

 入学当時は攻略対象を含む全ての学生から不敬があってはならないと遠巻きにされ淋しい学園生活を送るのだが、サポートキャラの特待生のアドバイスで徐々に周りが打ち解けて来て攻略対象たちと恋に落ちるというストーリーだ。


「婚約者が居るのに恋とか駄目だろう!?」


 モブ令嬢の婚約者は基本シナリオには絡んでこない。高圧的でプライドの高い婚約者は自分より身分の高い者を嫌っているのだ。主人公が攻略対象と恋に落ちても『譲って差し上げますわ、オホホホホ!』と上から目線で去って行くだけ。スチルもオホホホホの場面の一枚だけなのだ。


「でも睨み付けてくる美少女も悪くなかったな」


 数時間前のイザベラを思い出し胸を躍らせる。


「ここは紳士的な態度で接してイザベラの自尊心を満たすようにしなきゃな」






「イザベラ、ここに座って僕が椅子を引いてあげるよ」

「まあ!ありがとうございます、ルークベルト様」

「お茶とお菓子はどれがいい?僕が給仕するよ」

「いけませんわ!王子自ら給仕なんて!ここはわたくしが」


((あれ~?思っていたのと違う!))


 初顔合わせから二ヶ月が過ぎ、本日は王宮の庭園で二人だけのお茶会が開かれていた。


 イザベラは敵じゃないアピールをルークベルトはお姫様の如く持ち上げる事を心がけて茶会に挑んだのだが思っていたのと違う対応が返ってきて内心焦りまくっていた。


(俺様王子が給仕!?あり得ないんだけど?)

(高圧的な態度、どこ行った!?)


 内心汗ダラダラだが紳士淑女教育の賜物でおくびにも見せない二人。


「この焼き菓子、とても美味しいです!」

「シェフがたくさん焼いたみたいだからお土産に包んで貰おう」

「嬉しい!是非シェフにお礼を言わせてください」

「後で呼ぶよ。しかしイザベラは食いしん坊だったんだな」

「まあ!淑女に対して食いしん坊は酷いですわ」

「冗談だよ!たくさん食べて、イザベラ」

「ウフフフフ」

「アハハハハ」


((間違いない!ここは続編の世界だ!))


 本日二回目の心の声のシンクロだった。






 茶会が終わり侯爵邸に戻ったイザベラは着替えを済ませ、ひとりでのんびりと過ごすからと部屋に籠った。侍女も護衛も居ない部屋で深い溜息がこだまする。


「はああああぁぁぁ…………断罪されるわ」


 ベッドにダイブし手足をバタバタさせるイザベラ、両親や侍女が見たら卒倒するだろう。


「ルークのあの紳士的な態度、間違いない《ドキマジ2》だわ」


 《ドキマジ2》とは《ドキドキ♡ときめき☆マジック》の続編でシナリオがより甘く、より残酷になる展開だ。攻略対象は変わらずストーリーが大幅に変わるのだ。それは過去にヒロインと遭遇すると言うシナリオが追加されるからだ。

 ルークベルトはお忍びで訪れた市井でヒロインに会い、その高く伸びきった鼻っ柱をポッキリとへし折られ、改心したルークベルトは紳士的になるのだ。そしてそんなルークを婚約者がメロメロに恋焦がれてしまうのだ。そして始まる学園生活、再会を果たしたヒロインと深まる恋。婚約解消を言い渡された婚約者は嫉妬に狂い『わたくしのものにならないのなら』とルークベルトに刃を向ける。失敗に終わった刃傷沙汰は婚約者の処刑で幕を閉じる。


「いやいやいやいや!メロメロになんかならないって!」


 むくりと顔を上げ独り言ちるイザベラ。


「こうなったらアンタになんか全く興味無いって体で接するのがいいかもね」






 茶会が終わり自室に戻ったルークベルトは着替えを済ませ、ひとりで読書をして過ごすからと部屋に籠った。侍従も護衛も居ない部屋で深い溜息がこだまする。


「はああああぁぁぁ…………闇落ちだ」


 ソファーに深く腰掛け頭を抱えるルークベルト。両親や侍従が見たら慌てて医者を呼ぶかもしれない。


「イザベラのあの空元気な態度、間違いない《マオコイ2》だ」


 《マオコイ2》とは《魔法学園の乙女たち~王子と魔法と恋~》の続編でよりエロく、より闇を抱える展開だ。攻略対象は変わらずストーリーが大幅に変わるのだ。まず、モブ令嬢だった婚約者イザベラがサブキャラとしてシナリオに絡んでくる。侯爵令嬢として両親からも家庭教師からも厳しく指導されるイザベラは甘える事を許されず徐々に心が疲弊していく。ただ第一王子の婚約者と言う矜持だけで心を守るのだ。

 弱った心を悟られまいとして明るく気丈に過ごすイザベラ、しかし魔法学園に入学して直ぐに他の女生徒と仲良く過ごす主人公を目撃してイザベラの心はズタズタに壊れるのだ。闇落ちしたイザベラは魔力暴走を起こしこの世を去ってしまう。浮ついた己の所為で死んでしまったイザベラを思い嘆く主人公を攻略対象たちが愛の力で立ちなおさせるのだ。


「いやいやいやいや!サイテーだわ、この主人公!俺だけど」


 ぱしんと頬を叩き独り言ちるルークベルト。


「ここは俺がイザベラたんをドロドロに甘やかすしかないな」






「はい、アーン」

「……フン!」

「イザベラ、こっち向いて」

「……チッ!」

「こらこら!レディが舌打ちとかいけないよ?」

「……ああ?」


((誰だ?コイツ?))


 初顔合わせから半年が過ぎ、本日も王宮の庭園で二人だけのお茶会が開かれていた。


 イザベラはアンタに興味は無いわアピールを、ルークベルトは君を甘えさせてあげられるのは僕だけだよと言う体で挑んだのだが思っていたのと違う対応が返ってきて内心焦りまくっていた。


(甘い!甘すぎるわ!砂糖吐きそうよ!)

(イザベラたんが冷たい…だが、それも良い!)


 内心疑問符だらけだがおくびにも見せない。


「イザベラ。そろそろ僕の事、ルークって呼んでくれないかな?」

「お断りします、ルークベルト様」

「様も要らないからね?」

「無理です、ルークベルト殿下」

「さっきより距離を感じる呼び方だけど?」

「では、第一王子殿下と呼ばせていただきます」

「もう!イザリンの意地悪!」

「……チッ!」


((今度こそ間違いない!ここは二次創作の世界だ!))


 本日も二回目の心の声のシンクロだった。






 茶会が終わり侯爵邸に戻ったイザベラは着替えを済ませ、お昼寝するからと部屋に籠った。侍女も護衛も居ない部屋で深い溜息がこだまする。


「はああああぁぁぁ…………ボーイズラブ」


 クッションを両手で抱き締め虚空を見つめるイザベラ。その姿はまるで恋する乙女だ。


「ルークのあの甘い態度、今度こそ…いや、間違いなく《ドクドク♡ざわめいて★俺のマジック》だわ」


 《ドクドク♡ざわめいて★俺のマジック》とは《ドキドキ♡ときめいて★マジック》を基にしたBL本だ。

 主人公はルークベルト、全攻略対象が相手で四通りの薄い本が発行された。どのカップリングでも偽装結婚をして世間を欺き執務室で行われる秘密のイチャラブストーリー。表では王子妃に甘い言葉を囁き円満アピール、裏では攻略対象たちとイチャコラするというドクズ仕様。

 偽装結婚の相手は弱みを握られたドキマジのヒロイン、キャロル。キャロルの母の病気の治療代を立て替える代わりに偽装結婚という対価を払わされたのだ。

 婚約者のイザベラは隣国の皇太子マークスに見初められ穏便に婚約解消して早々に退場。侯爵令嬢相手だと偽装結婚は無理なので渡りに船の婚約解消だった。


「皇太子マークス…確か眼鏡のイケメンだったわね」


 眼鏡キャラ推しイザベラはキャッキャとソファーで跳ねる。


「ヒロインの…確かキャロルだったかな?眼鏡は正義のため犠牲になってね」






 茶会が終わり自室に戻ったルークベルトは着替えを済ませ、ひとりで鍛錬をするからと鍛錬所に籠った。侍従も護衛も居ない部屋で深い溜息がこだまする。


「はああああぁぁぁ…………ツンデレ尊い」


 鍛錬用の木刀を振り回し煩悩を頭から振り払うルークベルト。しかし口元は緩みっぱなしだ。


「イザベラたんのあの不愛想な態度、今度こそ…いや、間違いなく《魔法学園のツンデレ令嬢~婚約破棄なんかしないんだからね~》だ」


 《魔法学園のツンデレ令嬢~婚約破棄なんかしないんだからね~》とは《マジコイ2》で悲劇の最期を遂げたイザベラを偲んで作られた同人誌だ。

 婚約者のルークベルトに淡い恋心を抱くイザベラ。しかし本人を前にしたら素直になれない。つい心とは裏腹な事を強い口調で言ってしまう。そんなある日、イザベラは見てしまう、特待生と仲良くランチを食べるルークベルトの姿を。

 悲しみに打ち震えながらも素直になれないイザベラはついつい二人に強く当たってしまう。そしてとうとう怒ったルークベルトに婚約破棄を言い渡されるのだ。


「そこでイザベラたんが初めてデレるんだよね~その姿にルークが前言撤回、めでたし、めでたし」


 ルークベルトは、まごう事無きツンデレ萌えである。


「特待生の…確かキャロルだったかな?尊いイザベラたんのデレのため犠牲になってね」






 そして月日は流れ魔法学園の入学式。


((何でキャロルが居ないの!?))


 相変わらず心の声がシンクロしていた。






 入学式を終えた二人は同じ馬車の中で項垂れていた。二人分の深い深い溜息が馬車の中にこだまする。


「「はああああぁぁぁ…………二次創作の世界じゃないんだ」」

「「えっ?えええ!!」」


 顔を見合わせゴクリと喉を鳴らす婚約者たち。


「「もしかして、転生者?」」


 どこまでもシンクロする二人は実は相性がいいのかもしれない。






 そして同時刻、とある王国から遠く離れた大陸の深い森の中、五人の男女が魔物に囲まれていた。


「キャロル!後ろ!」

「おっと、はああ!」


 襲い掛かる魔物を魔法で撃退する少女、名をキャロルと言う。


「油断するなよ」

「ありがとう、マークス」


 マークスと呼ばれた青年は眼鏡をクイッと持ち上げ不敵な笑みを浮かべる。


 彼等五人は、とある帝国から魔王討伐を依頼された勇者一行だ。


「いよいよ魔王城ね」

「楽勝、楽勝」

「こら、油断するなって言ってるでしょう?」

「キャロル、皆に保護魔法を頼む」

「了解、任せて!」


(メンバーのレベルはカンストしているから誰ひとり魔王にやられる事はないわ)


 キャロルは勝利を確信していた。何故なら…。


(だって此処は冒険RPG《蒼の聖剣》の世界なんだから)



 完


読んで頂きありがとうございます。

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