17回目 一人で楽しむのが芸術というなら、世間に発表する必要がない
典型通りに、テンプレ通りにやっていく。
それを否定するつもりはない。
だが、同時に自分のやりたい事というのもある。
これが無ければ自作する意味が無い。
ここが悩ましい。
自分のやりたい通りにやるなら、テンプレを崩す事になる。
そういう事にもなるのも分かっている。
だが、そのときテンプレを崩す事が出来るかどうか。
角造だけが楽しんでるなら、他人の事など気にする必要は無い。
自分の好きなようにやればいい。
だが、それなら発表する必要もなくなる。
自分が楽しんでるだけなら、他の誰かに見せる必要は無い。
自分だけが見て楽しんでいれば良い。
だが、他人に見せる、見せて楽しんでもらうというならばそうはいかない。
どうしたって他人の意思や気持ちを考える必要がある。
評価をもらうというのはそういう事だろう。
自分以外の誰かに楽しんでもらおうというなら。
そうでなくても見てもらおうというなら。
相手の事も考えなくてはならない。
他人に見せるというのはそういう事だろう。
そうでない、他人に見せる事を考えない。
見せたとしても評価を気にしないというならともかく。
楽しんでもらう、評価をもらうつもりなら他の者の考えや意思をくみ取る必要がある。
このあたり商売と同じだろう。
商売は他人の事を考えねばならない。
相手の欲しいものや必要なものを用意しなければならない。
自分が良いと思ったものではなく、相手が欲しいものを持ってこなければならない。
でなければ成り立たないのが商売だろう。
思いやりがなければなりたたない。
それが商売ではなかろうか。
小説投稿サイトでは金銭のやりとりはないが、点数のやりとりはある。
それがもらいたいなら、相手の事を考えねばならない。
とりあえず押し売りとか詐欺とかはともかくだ。
まっとうに商売したいなら、相手が求めるところを考えねばならない。
それを否定して何が残るのか?
自分だけが面白いものを書くだけならば発表する必要も無い。
受け狙いと言われればそうだろう。
それで何が悪いのか?
受け狙いの何が問題なのか?
そうやって書いて、それでも評価がされない事もあるだろう。
それはそれで仕方ない。
残念だが泣くしかない。
自分に似た感性や趣味を持ってる誰かが楽しんでもらうよう願うだけだ。
ただ、それでも他の誰かを無視するわけにはいかない。
それを無視するなら、何のために世間に発表しているのか?
意味が分からなくなる。
評価が欲しいなら、他人の事は少しは考えるべきだろう。
評価が関係ないなら、わざわざ発表する必要もない。
なので、とにかく読者を意識した展開を心がける。
それでも出てくる、自分の思い通りにしたい部分。
そこは自分の好きなようにしていく。
その折り合いをどうつけていくかが難しい。




