そのボロアパートのブラウン管テレビに
出る、と噂のボロアパートの102号室。
「ブラウン管テレビ、懐かしいですね」
置き去りにされた古いテレビ。チャンネルを回すタイプのものだった。
「映るんですか?」
「まあ、映らなくもないかね?」
「映るんですか?!」
大家は意味有りげにわらった。
「取り扱い説明だよ」
そう言って大家は一枚の紙を俺に手渡した。
①コンセントをさして電源を入れる。
②会いたい人を強く思いながらチョップする
※注 一年分の寿命が消費されます
「会いたい人か」
余命宣告されて覚悟をしていたとはいえ、妻との死別は辛いものだった。妻とよく似た娘の顔を見るのも辛くて一ヶ月だけの契約でこの部屋を契約したのだ。早く、吹っ切って戻らないと。娘はまだ高校一年生。保護者が必要な年齢である。俺はスマホを取出して登録された番号に発信する。
「お義母さん、はい。すみません。はい、よろしくお願いします」
俺はテレビをチョップする。
「ねえ、見て」
ああ、初めてのデートで水族館に行った時の妻だ。楽しそうにペンギンを見ている妻の映像は一分ほどで消えてしまったのだ。あとには砂嵐どころか何も映ってなかった。
「悲しまないで、とは言わないわ。でも過去にとらわれて、ここにとどまらないで。あの子は私があなたと生きた証。あの子のこと、よろしくね」
ものすごい音がして突然、テレビに映し出された文字。テレビの画面が暗くなるともう一度、大きな音がした。
「泣いていいのよ」
しっかりしなけければ、と張っていた気持ちがプツンと切れた。ここに逃げ出した段階で、しっかりはしてなかったよな。今は一人で思い切り泣いてしまおう。涙が悲しみを洗い流してくれるまで。