第96話
タムリンは最後にノアに触れられて満足していた。ノアとの会話をタムリンは望んでいなかった。タムリンが現れたことは、あの場にいた唯一の目撃者である灰刃狼のアウギュスタの記憶を消し去ったため、ノアに知られていないはずだ。
タムリンは完全な予知が出来るわけではなかった。異端審問官や独自ネットワークから得た情報と【予知】スキルでみた内容を総合して、未来を予測していたに過ぎない。
タムリンの力を取り込んだレナータは、タムリンの亡骸は、まるで砂で作った城のように、風もないのにサラサラと天に舞っていく。
◆◇◇◇◇
タムリンの最も古い記憶。
タムリンと瓜二つの顔が、性別はわからないが全部で八人。美しく華やかな庭園で走り回っていた。庭園の外側は、雲海が静かに流れていく。遥か上空の何処かなのだろう。違いは首からぶら下がるペンダントの形ぐらいであろうか。
その庭園に十数本の輝く剣が刺さった悪魔が降り立つ。悪魔から滴り落ちるどす黒い血は、周囲の草花を枯らし散らせていく。
「神と悪魔の時代の終焉だ。俺と滅びてもらうぞ…」
悪魔は問答無用でタムリンたちを殺害していく。
「待て! お、俺の命をやるから彼女を助けろ!!」と言ったタムリンのペンダントは、月の形をしていた。
「愚か者目っ!! 全員死ぬのだ!! 俺もお前も!!」
右手から伸びた爪は、月の形のペンダントをぶら下げていた首を刎ね、左手から伸びた爪は、唯一赤い瞳のタムリンの胸を抜く。
「あと一人…」
しかし、そこで悪魔の力は尽きた。
「ありがとう…二人とも…。私を守ってくれて。私の命を使って作る世界で、あなた達に幸せになって欲しい…」
◇◆◇◇◇
絵本を読んでいるような気分だ。あまりにもかけ離れた世界。怒りも悲しみも感じなかった。でも、あのタムリンに似た少女が作り出した…この世界で、幸せになる責任があると感じた。
厳密に言えば、この記憶はタムリンの記憶ではないし、タムリンが知らない記憶だ。何故か私には、初代からの記憶が全て…開示されていた。
タムリンが恐れていた力の根源も、今の私なら把握できている。しかし、タムリンのように、力を使い熟せるかは別である。
「タムリンの予測では、ノアのピンチに間に合わなにのよね」
ボロ布のようにボロボロにされ朽ちていくノアのイメージを頭から振り払い、レナータは、世界の叡智を握りしめる。
「予測は予測。確定していない未来を変えるには、私が頑張るしかない!!」
タムリンが作り上げた世界とノアのいる世界では時間の進み方が違う。しかし、それでもタムリンの力を使い熟すには時間が全く足りなかった。