第94話
精霊の火蜥蜴のテッレルヴォの火炎には、妖精の月妖精にダメージを与えることは可能だった。
『ぎゃぁぁぁっ!? 何するんだよ!!』
痛みと焦りで意識に好きが出来る。そこに白浮霊のフェールケティルが精神汚染の攻撃を開始する。
『や、やめろぉぉぉぉっ!!! く、苦しい!! まだ…こっちの世界で、遊びたいんだよ!』
月妖精は、倉庫の壁の隙間から別の部屋に逃げ出す。それを火蜥蜴テッレルヴォと白浮霊のフェールケティルが逃がすかと追いかける。
その隙に、灰刃狼のアウギュスタは、扉の内側のロックを外し、レナータを引き入れる。
「ノアっ!?」
レナータは、月妖精が倉庫内に居ないことを確認すると、ノアに近づく。ノアが倒れる床はノアの血で染まっていた。
「魔法の矢を消し去ると、余計に出血が酷くなる!? で、でも…魔法の矢が…ノアの命をドンドン削っていく…。どうしたら、どうしたらいいの!?」
突然、僅かな空間のゆらぎと風が舞った。
異端審問官の服装をした腰まである黒髪に燃えるよな怒りに満ちた赤い瞳の少女が現れた。手には 死を連想させる巨大な死神の鎌が握られており、周囲を一瞥するとノアに近づいた。灰刃狼のアウギュスタが怯えながらも、足に擦り寄る姿を見て敵ではないと判断できた。
その少女は鎌を空中に投げ捨て、両手をノアに向ける。
ノアの体は浮かび上がり、衣服は弾けるように消えせた。
何重にも展開される立体魔法陣とレナータが認識できる数でも6つ以上の高度な術式が展開される。
ノアに刺さる魔法の矢は消え、出血して床に流れ出た血は逆流し体内へ戻る。傷は跡形もなくふさがり、青白かったノアの肌に赤みが戻る。そして、レナータは見えてしまった。ノアが…男ではなく女だという証拠を…。
レナータがノアに近づこうとした時、衝撃波でレナータは壁に打ち付けられた。それは、燃えるよな怒りに満ちた赤い瞳の少女から放たれた魔法である。
「わ、私は…ノアの…敵じゃない…」
その少女は愛おしそうに裸のノアを両手に抱きしめた。そして、一本の杖を召喚した。
「あれは!? 世界の叡智!! 禁忌の大魔術を成し得る唯一無二の神宝!!」
魔導・魔術・魔法…それらを極めんとする者ならば、一度は所有を夢見る伝説の魔道具だ。それはノアの勇者スキルに匹敵するほどの価値があり、タムリンが処分されない隠された理由でもある。
世界の理から外れた世界へ。
レナータは死を体験する。肉体が、精神が、心が、魂が、崩壊していく…。
だが、思いの外、心地よかった。