第92話
スリの子供たちと亡くなった母親の事件、ならず者に襲われた事件、騎士団のナンパ事件。半日も経たないうちに、レナータのノアに対する評価は、ダダ下がり状態だろう。いや、下手に恋心を抱かれるよりも、それで良いのかも知れない。
地下30層の研究室。ノアは、小太りの紳士マチューの言う通り、使い魔を従える程度の男なのだ。スペック以上の仕事をしてはいけない。
「ノア。ここは私に任せて。悪霊系ならば精霊魔法で干渉できるかも知れないわ」
レナータは、冒険者として活動していた時期よりも、今の方が魔法使いとして努力している気がした。魔法に興味が出たのか? 自身を持ったのか? 何でだろう?
レナータの邪魔にならないように、研究室と続いている倉庫に移動することにした。
倉庫の中は、入口付近にだけ魔道具の照明で照らされている。大きな棚が何列も並んでいるが、証明の照らす範囲に限界があるため、何処まで続いているのか理解らなかった。しかし、日頃の訓練の成果は恐ろしい。【暗視】スキルが自然と発動する。
棚の上に札を括り付けられた道具がズラッと並んでいる。多分…魔道具なのかな? 触れないように注意する。
やがて額に汗をかいたレナータが、小太りの紳士マチューと一緒に倉庫に入ってきた。マチューの後ろには研究者たちがぞろぞろと金魚の糞のようについてきている。
ノアは「飲んで」とノア製の魔力回復薬を渡す。グビグビと飲んだレナータは、「ふふっ。久しぶりに飲んだわ。相変わらずシュワッとして、美味しい」と笑顔で空瓶を返してきた。
「多分、ここにこっちにいるわ」
「えーっ。じゃ、冒険者たちの討ち漏らし?」
「うーん…。どうだろう? もっと調べてみないとわからないわ」
減らず口を叩いておきながら、お前は何もしていないのはなぜだ!? と言わんばかりの小太りの紳士マチューの視線が痛い。灰壁馬の毛皮製の外套のフードを深く被り視線を遮る。
10分後、レナータは一つの魔道具を指差す。
「これです。これから研究室の資料や道具に付着した魔力と同じ…精霊の力を感じます」
研究者達は、資料を見る者、魔道具の名札を見る者、隣の研究者と会話する者など、一斉に動き出したが、答えを出せるものは誰も居なかった。そんな状況に小太りの紳士マチューは苛立つ。
「どうしたんだ!? 何故誰もわからん?」
「記録にも、記憶にも、それが何なのかわかる者がいないのです。他の遺物と比べてみてください。それだけ…作りも輝きも全然違いますよね?」
確かに他の遺物は、複雑で何処か削れたり埃を被っていたが、それはシンプルな卵の形状で鏡のようにランプの光を反射していた。
「誰かが持ち込んだ可能性がありますね。迂闊に触れない方が良いでしょう」
ノアの言葉に、小太りの紳士マチューは鼻で笑う。
「何を馬鹿なことを言っている。ここにいる研究者達は、キルスティ共和国内でも、魔道具を調べさせたら右に出る者はいない。一体誰を連れてくるというのだ? おい、とっとと調査を始めなさい」
「はい。まずは結界を多重に張り、万一に備えます」
研究者が遺物に近づくと、遺物は柔らかい光りに包まれた。