第90話
「お前のような甘ちゃんに現実を受け止めることは出来ないと思って、親切に言ってやってるだ。良いだろう。自分の愚かさを後から恨む日々を過ごすが良い」
ヴィルヘルム先輩は、子供たちに家を案内させる。異臭漂うゴミと汚物だらけの道を進む。道と言っても掘っ立て小屋との間に出来た隙間なのだが。
とても家と呼べない建物。屋根は無くどうにか一枚のボロ板が、お母さんの頭上で日差しから守っていたのだ。
ノアには、お母さんの症状が全くわからなかった。ミイラのようにやせ細り、生きているのかさえも…。
レナータは、自身の覚えているありったけの治癒魔法を、魔力の限りお母さんにかけ続けた。
「もう気が済んだだろ。生きる方が辛いこともあるんだ。もう…楽にさせてやれ」
ヴィルヘルム先輩は、レナータの肩にそっと手を置き諦めさせた。
だが、お母さんは、ゆっくりと子供たちの方へ眼球を移動させ、どうにか笑顔を作る。レナータの魔法が最後の力を与えたのか?
「「「「お母さん!!」」」」
一斉に子供たちがお母さんに抱きつく。そんな姿でも母親であり、笑ったことが、本当に嬉しかったのだろう。そして、小さな子供たちは、信じられないことに腹を括っていたのだ。
「ありがとう!!」「頑張って生きるから!!」「心配しないで!!」「さようなら!!」
残りのスキルポイントは3ポイント。これを使って治癒魔法を覚えれば…ノアなら…勇者スキルで上位スキルで発動させれば…まだ…間に合うかも知れない…。でも…。
「ノア、レナータ。泣くな! お前たちは、ここに書かれた実地調査を完遂して来い。俺は、亡骸の後始末と、こいつらを施設へ入れるように交渉してくる。はぁ…。まったく、こんな気持ちは…もう二度とごめんだぜ…」
指示書を持った拳が、ノアの胸に当たる。
「えっ?」ヴィルヘルム先輩は訝しげな表情でノアを見る。
「わ、わかりました! ノア、絶対にきっちり仕事をこなしましょう!!」
レナータは、ノアの腕を引っ張ると、何かを決意したように走り出した。
「ちょっと! レナータ!! 警戒が疎かになってるよ!」
そして案の定、角を何度か曲がった所で、ならず者たちに囲まれた…。
ノアの背中に嫌な汗が流れた。
灰刃狼のアウギュスタに人殺しを命令したあの日以降、悪夢にうなされるヒビが続いていたのだ。殺した新人さんの顔が…恨みながら死んでいった顔が…忘れられないのだ。
人が…人の命を奪う。出来ればそんなことはしたくない。
でも、このままでは…。レナータの魔力は、ほぼ残ってないし…。
「おりゃ!!」威勢のよい声と、断末魔が同時にノアの耳に届く。
振り返ると、そこには剣士のマルティンが!?