第88話
森の狩人コンラート…。もう森の狩人コンラートさんに戻すか。コンラートさんへ近況を報告するための手紙を書き終えたノアは、裸になりベッドに座る。
「明日は、初の実地調査だよ! 楽しみだよね」
男装のため共同浴場に入れないノア。なので銀溶液のペルペトゥアに体中の垢を落とす…食べてもらっている。一応…ペルペトゥアに嫌なら無理しないでと言っているのだが、ペルペトゥアは美味しいと言っていると…思う。
そのノアの背中には、小さな模様。烙印が刻まれている。ノアはその存在を知っていた…。
◆◇◇◇◇
リオニー・シュルツも大人に近づき、その性格と同じように精悍な顔立ちになっていた。
父親から誘われた夕食。屋敷の定刻よりも早めに食堂へ到着したが父親の姿はなかった。席に座るリオニー。悪い癖だが、暇さえあればノアの事を考えてしまうのだった。
聖女サトゥルニナ・レーヴェンヒェルムが、ノアの目の前に現れたことは、偶然ではないと考えていた。だから…違法と知りながらも、一般人のノアに【烙印】スキルを使って…しまった。
痛みを伴わないはずがない。それは後から知ったのだ。【烙印】スキルを保持していたが、使用したのはノアが初めてで、異端審問官としてランクが上がったリオニーは、この【烙印】スキルの利用頻度が上がり、その性質を完全に理解した。
「ノアは…【特定】スキルで…私の行為を事前に理解っていたし、発動したスキルを【看破】スキルで知ったはず。ノアは…私を信頼してくれたのね」
【烙印】スキルの使用目的の一つに、烙印者の位置の特定がある。しかし、今は全く反応を示さない。つまり…リオニーのランクでは届かない程、遠くにノアがいるということ。
ノアに会いたい。ノアは完全に姿を眩ませているのだ。どの組織も必死でノアを探しているが、手がかりすら掴めていない状況で、私が動いたら…追跡されるのは間違いない。
しかも、リオニーには、この世界を覆い尽くす闇があるのでは? と考えていた。それが何かは理解らないが、リオニーでは太刀打ちできない事は理解っている。
「待たせたなリオニー。食事にしよう」
一緒に食事と言っても無言である。何故食事に誘ったかは知らないが、父親からの頼みごとがあったとしても、それは食事の後になる。
食材も料理人も一流なのだが、あのとき…ノアと一緒に使い魔を捕まえた…あのときの食事に比べてしまうと、なんとも味気なかった。料理の最高のスパイスは、友達なのだ。
食事を終えた父親ディオン・シュルツから紡がれた言葉は…。
「リオニー。お前に、異端審問官としてノアの捜索を頼みたい」
異端審問官とは、ただの仕事ではない。シュルツ家が国から世界から認められるために必用な仕事であり、リオニーの天職である。しかし、ノアを…捕まえるということは…人として…。
仕事? シュルツ家? 異端審問官? と…ノア。
比べるまでもなかった。比べることすら許されなかった。
世界は悪意に満ちている。
目的のためならば、リオニーの友情を心を踏み台にする…卑怯な世界。ノア…ごめんなさい…。
「はい。ではから明日の異端審問官として、ノアの捜索を開始します」