第79話
かく言うノアも、心も体も大人に近づいていた。恋という存在が身近なものとして感じられるようになってきたのだ。そして、村の少女のおかげで、ちょっとした疑問も解けてきた。
例えば、魔法使いのレナータ。彼女も…ノアに好意を抱いている。ノアが男としてだらし無いから親切にしてくれているものだと思っていたのだが、それは恋に限りなく近い好意ではないのかと…。それならば、マルティンのノアに対する敵意も理解できる。ノアに嫉妬しているのだ。つまり…マルティンは、レナータが大好きであるということ。
ノアは…知らず知らずのうちに人の心を傷付けているのではないか!?
ヴォルフたちは、何となくだけど、この依頼が終わった後、引退を宣言するのではないかとノアは思っていた。その後、魔法使いのレナータと剣士のマルティンと一緒にパーティーを組むのか? いやいや、二人は別の道に進むのかも知れないし。ノアも…もっと世界を巡って、沢山の魔物に会いたい。
ノアも誰かに恋いしたい。そう思うのは寂しいからか、孤独だったからか、本能なのか。でも、まだまだ魔物の事が優先的であると理性は言っている。
こんな雲一つない青空の下、青々した草原をアウギュスタを連れて歩いていると、『ムーンレイク使い魔店』にいたのが夢ではないのかと錯覚してしまう。
◆◇◇◇◇
窓一つないドーム型の部屋。その部屋の中央には円卓があり12の椅子が用意されていた。
いつも退屈な議題ばかりのヴァルプルギスの夜会で、今日に限って聖女サトゥルニナ・レーヴェンヒェルムの興味を引く議題が用意されていた。
「勇者の行方ね。ノア…何処で何をしているのかしら?」
聖女の隣には、苦々しい顔のヨハネス・ケルヒェンシュタイナーが座っている。聖女の挑発的な煽りに黙っていられず、ついつい喧嘩を買ってしまう。
「ふんっ! お前がちょっかいを出さなければ、既に我が手中に勇者のスキルはあったのだぞ? どれだけ計画に時間と労力をかけてか理解っているのか!!」
「あら? 一緒に行動しようと言ったのは、ヨハネスではないですか?」
「ええい。煩いぞ、ガキども。少し黙らんか! もうすぐ夜会が始まるのだぞ」
魔法都市ヴェラゼンに聳える十一塔の呪術塔の主アーク・ノルドクヴィストが、二人を窘める。
いよいよ聖女の楽しみにしているノアについての議題となる。まずはリオニーの父親である異端審問官ディオン・シュルツが報告を始めた。
「アンブロス王国、エストラダ神国、ペラルタ王国の主要都市にはいない。恐らく、三国を出ている可能性がある」
何だよ、見つかってないのかよ。と、ため息をつく聖女。そして、ダメ押しを加える。
「ならば、異端審問官と密接な関係を持つ、古代教会の根付く国にはいないと考えるべきでしょう。 メンディサバル帝国やキルスティ共和国に、異端審問官や古代教会の使徒を送り込むのは、国家間の問題となるため、難しいのでは?」
「言い訳を聞くために出向いたのではない。娘の命などどうでもよい、一刻も早く下賤な者から勇者のスキルを奪い返し、本来の継承者である我が手に届けよ!!」
タムリンと瓜二つの顔に、真っ黒な黒髪を腰まで延ばし、一切の光を反射しない漆黒の瞳には、ノアに対する憎悪の怒りが込められていた。
その言葉に11名は、即座に跪き「仰せのままに」と答え、その少女が退室するまで顔を上げるものは誰一人としていなかった。