第74話
11歳となったノアに、また12歳の誕生日が近づいたためか、灰壁馬の毛皮製の外套を着込んだノアの身長は、ほんの僅かだが伸びていた。その隣には、ノアが乗れるほどに成長した灰刃狼のアウギュスタが付き従っていた。
アンブロス王国の大森林を抜け、ペラルタ王国と辿り着いたノア達は、さらに国を横断して、キルスティ共和国に活動拠点を置くことにした。
冒険者ギルドに入ったノアは、外套のフードを脱ぐ。ショートカットでボーイッシュな髪型、眉毛はキリッとカットされ、日焼けした様は、大人になる直前の少年のようであった。
「おい、ディーター? ヴォルフたちは、また寝坊か?」低い声と、がさつな言葉で、男であることを印象づける。
「ノアか。あぁ。昨日も夜遅くまで、飲んでいたらしい」
「まったく…。もう年なんだから、酒を控えろってんだ」
「そうだな」と呟いたディーターは、ノアを見つめる。
「な、なんだよ…。ジロジロ見るなよ…」
「いや、この一年で、すっかり冒険者になったな…って思ってさ」
ノアは恥ずかしそうに視線を落とし、「ディーターたちのおかげさ」と素直に礼を言った。
「まぁ、あれだ。そっちの方は、全然育ってないがな。ガハハハッ!!」
ぐっ。ディーターが馬鹿にしているのは、胸のことだ。男装するには、ありがたいことだが、このまま男として生きるつもりはない。女に戻るときまでには、しっかりと成長して欲しいものだ。
「ノア。おはよー」
挨拶してきたのは、紫の魔女ローブを着たレナータ。ブリジットが妊娠したため、パーティーの補強のためだとか、後継者が欲しいだとかでパーティーに入った年下の少女だ。気立てが良く顔立ちもはっきりしていて、冒険者ギルドの男たちから人気がある。ノアが同い年ぐらいのときは、誘拐されるとか脅されていたが、そこが商人の娘と冒険者の違いであろうか。
「お前も来ていたのかよ」
こっちの無礼な剣士の少年は、レナータの兄でマルティン。兄妹共にキルスティ共和国の南方の出身特有の濃い青色の瞳をしている。マルティンは、新入りの分際で、ノアに突っかかってくるのだが、原因は不明だ。
「今日は依頼を受ける日だろ」とフードを被り、これ以上、マルティンとは話す気はないとアピールする。
ブリジットが妊娠した事はおめでたいが、ディーターもヴォルフもコンラートも…挙って、引退を考えているのだ。そもそもブリジットが悪い。ブリジットは魔法剣士としてDランクまで上り詰めた冒険者だ。その後継者がいないからといって、魔法使いのレナータと剣士のマルティンを後継者にしたのだ。「二人合わせて魔法剣士でしょ?」とか言っていた気がする。
後継者とは、スキルを継承する者のことだ。つまりブリジットのスキルが、魔法使いのレナータと剣士のマルティンに引き継がれるのだ。これによりブリジットのスキルが消えるようなデメリットはないが、誰か一人にしか引き継がすことができないのだ。
つまり魔法使いのレナータと剣士のマルティンのどちらか一人なのだが、ブリジットが魔法使いのレナータで、ヴォルフが剣士のマルティンと決まっているらしい。このことがきっかけで、ヴォルフまで冒険者引退を考え始める。
軽装なディーターは、元盗賊で、盗賊系のスキルばかりを保有していた。なのでディーターは、後継者を育てる気はないらしい。