第72話
「だったら、人工的な街道や船を使わずに、大自然の大森林や山岳地帯を抜けるべきだ。追手側は人数が限られ、少女が大森林や山岳地帯へ入るなど考えてもいないはずだ。実際に街道と船をノアは使っている。それに時間がない。移動経路の街道や船、宿場町でノアが見つからなければ、嫌でも大自然へ目が向けられる」軽装なディーターおじ様が逃亡経路について説明した。
なるほど! と、ノアは感心する。そして…。
「ありがとうございます。ノアは森へ行きます」
信じていない訳じゃない。迷惑かけたくないだけでもない。やっぱり信じていないのかな? ノアの部屋に入る直前に、部屋に残しておいた銀溶液のペルペトゥア、灰刃狼のアウギュスタを【巣魔】スキルで隠してしまったのだ。
「あのね…。ノア…」とブリジットさんが言う前に。
「大丈夫です! 魔物からも隠れられる自信はあります!!」
ブリジットさんは、ノアのおでこをペチっと叩く。
「はい。大不正解です。今の回答でノアが大森林を抜けられないことがわかりました。森の狩人コンラート、説明をよろしく」
俺の出番かとニヤリと笑ったコンラートおじ様は優しい声で説明を始めた。
「脅威は魔物だけじゃない。地形の罠である底なし沼、崖、落石、落とし穴。動植物達の毒や病原菌。食料の確保や正しい調理法。野営の設置場所や火の管理。天候による体力を減らさない方法。索敵が使えても深い森の中では方向がわからなくなる。ちょっと考えただけでも…これだけクリアしなければならない問題がある。街育ちの少女には自殺行為だ」
「いい加減、観念しなさい。もう私達はノアの安住の地へ届けると決めちゃったのだから」ブリジットさんは、ノアを抱き締めて言った。
「最初の難関は…どうやって、宿屋を出るかだな」
「あぁ、出るためには食堂の横を通らなければならない。きっとまた絡まれれるぞ」
覚悟を決める…か。うん、とノアは呟く。
「ノアの【隠密】スキルなら抜けられると思う!」
◆◇◇◇◇
あの門を抜ければ、ポートリムの外という距離。
「しかし、凄いなノアのスキルは、確かにあれなら魔物の心配もいらないかも知れないな」森の狩人コンラートさんが驚く。
ノアと接触した状態。つまり全員が手を繋いだ状態で【隠密】スキルを発動すれば、全員にスキルの効果は発揮されるのだ。
手を繋いで散歩状態のダンディーなおじ様達は半信半疑だったが、食堂の横を通るときも幾人かの冒険者たちとぶつかったりしたのだが、相手が全く反応を示さないため驚いていた。
「ねぇ、ノア、あの店によって」
街を出るまでは【隠密】を維持する予定だ。右端にいるブリジットさんに引っ張られるように、街で装備を買い忘れた冒険者にターゲットを絞った露天に近寄る。
「これ、ノアに買っておきたいのよ。大人サイズだけど、後で加工するわ」値札のない外套を手に取ると、ブリジットさんは、金貨1枚を露天商の前に置いた。
「おい、ブリジット…そりゃ…高すぎないか?」とヴォルフ。
無賃乗船の犯罪者であるノアは「真面目かっ!」と呟く。