第65話
「あっ、そうよ、古代の禁忌魔術で勇者から奪ったって言ってたわ。なら、ノアから奪って貰えばいいのよ」
その回答からノアが勇者スキル持ちだと決定的になる。そして、聖女は首を横に振った。
「その魔術は、約40,000人の魂が必用だった。都市が一つ滅んだのよ。逆に言えば、それだけの犠牲者で済んだの。当時の彼らはとても優秀だったわ。そして、今では再現不可能な術でもあり、使えばノアも死ぬことになるわ」
ノアはテーブルの上の聖女の手を握った。
「ノアは…どうすればいいの?」
「隠せば…国が…世界が…世界に勇者の存在が知れる前に、ノアを殺そうとするわ。だから、公表するのよ。勇者の復活を…ね。今なら、塔の住民が協力してくれるわ。だから選んで、生きて操り人形となるか、死んで全てを終わらせるか、世界を手に入れるか、世界を滅ぼすか…」
聖女の目を見たノアは、冗談でないことを知る。そして、泣き崩れるノアを優しく抱きしめる聖女。
「ノア…私は…生きて操り人形を選んだのよ。聖女なら…誰かを助けられると信じていたのに、同じ数までとは言わないけど、誰かが死んでいくのよ。平和を守るために…。辛い、辛いの。だけど…もしもノアが同じ苦しみを…選んでくれたのなら、心に支えが出来るかも知れない。そんな理由で、それを実現させるために、私は幾人もの護衛を犠牲にして…ノアに会いに来たの。酷い女でしょ? 何が聖女よ…」
きっと聖女様は想像を絶するような世界を見てきているのだろう。そんな世界に…ノアは耐えられるのか…。
「聖女様…時間をください」
「わかりました。ですが…時間がありません。既に塔から漏れた情報が国に伝わっています。白角馬の件は、ノアをおびき寄せるために用意された嘘の依頼です。誰も信じないでください。明日の朝までに…。どうか…共に歩む道を選んでください…」
ノアの泣き顔に優しく手を触れた聖女は、回復魔法をかける。
優しく温かい魔法のおかげで、充血した目も治り、乱れた心も落ち着きを取り戻した。
◆◇◇◇◇
部屋に戻ったノアは、リオニーと当たり障りのない会話をして、就寝時間まで過ごす。
ベッドに潜り込んだノアは、屋敷が眠りに包まれるのを待っていた。
そして、勇者の【拡張】スキルを発動させると、続けて【隠密】スキルを発動する。昔、白姫狐の寝顔を見ようと頑張ったけど、この方法を使えば余裕だったんじゃないの!? と今更後悔する。【隠密】スキルは【絶界】スキルという上位スキルで発動した。
スキルブックには上位スキルは掲載されてなかったけど、この方法なら誰も気が付かないだろうという自信があった。多分、今のノアは、誰からも認識されない…はずなのです!!
護衛たちが見張りをする眼の前で、堂々と下着姿になり寝間着からボロの古着に着替える。それから、誰にも見つかること無く、屋敷を…工業都市ヨレンテを脱出することに成功した。
最後にリオニーと念話をしたかったけど、「一緒に行く」って言いそうだもん。リオニーを巻き込むわけにも行かない。
【暗視】スキルにより夜でも安心だし、【絶界】スキルで無敵! と思ったけど、【絶界】スキルは1時間前後で効果を失うみたい。その後は、通常の【隠密】スキルで頑張る。
街道沿いをテクテクと歩く。しばらくは追跡されることを考えて、街に入らない方が良いかな。だけど、問題は食事だよね。【隠密】を使って、盗むことも出来るけど、「泥棒するぐらいなら死になさい」とか両親に言われそうだよね…。
【隠密】スキルの効果が切れたとき、ジャラッと金属が擦れる音がした。ポケットに手を突っ込むと、金貨5枚と手紙が入っていた。
手紙はリオニーからだ。ノアが聖女様に話があると言われた時点で、逃げ出すことを予測していたらしい。ありがとう、リオニー。
リオニーも異端審問官であり、塔から情報を少なからず聞いていたのかも知れない。きっとノアの事で悩んでたのだろう。ごめんね、リオニー。
第一部 完です!!
第二部からは、温室育ちのノアが大自然や知らない街を一人で冒険します。