第60話
学校で習ったことを思い出す。
アンブロス王国。これがノアが住む国である。王国は7つの領土に分かれており、他国と隣接しないヴェラー領地は穏やかな気候とも相まって、平和で穏やかな人々が暮らす領土だ。
そして王都があるロンゴリア領地は、メンディサバル帝国、エストラダ神国、ペラルタ王国と隣接する国の要とまでいえる領地なのだ。
「領都ヴェラーまでは、商業都市サナーセルを出発し、小都市レンドイロ、キロス村、ロペス街、工業都市ヨレンテときて、領都ヴェラーとなります。また一日で街と街を行き来出来るわけではないので、何度も野営をいたします。おおよそ…17日程度でしょうか。それと、申し訳ございませんが、王都までの行程は存じておりません」
うわっ…。遠すぎます…。領都までの往復でも一ヶ月ですか…。『ムーンレイク使い魔店』の魔物たちに会いたい…。
「確かに、旅慣れていないと厳しい道のりですが、それぞれの街や村では、見たこともない景色や食べ物など、きっと良い経験ができると思います。一生に一度あるかないかの旅を楽しんでくださいね」
若いメイドさんはカミラと名乗り、幼少の頃からセレスティーヌ・ヴェラーと共に育てられたということで、リオニートも面識があった。
前から気になっていたリオニーとヴェラー様の関係についても教えてくれた。
「当時、異端審問官たちが追っていたとある事件の話。悪魔崇拝者たちが作り出したある薬が国内に蔓延したの。手頃な値段で、既存の薬の数倍の快楽を与える薬でね。実はもう一つ効果があって、神や聖に関連するスキル持ちに対して、異常なほどの殺意を抱くの…」
カミラはリオニーを制する。
「リオニー様にも、ノア様たちにも…そのお話は…負担が大きすぎます」
「ううん。誰かに…話したいの。きっとノアたちなら受け止めてくれると思う。それでね。まだ2歳だったリオニーは、珍しく【聖火】スキルを生まれ持つ女の子だったの。理解ると思うけど、リオニーは薬の中毒者に殺されたわ。そして母親も腹部を刺され子供が産めない体になったの」
ノアとヒノデリカは言葉を失う。では、目の前にいるリオニーは一体誰なのだと…。
「私の元々の名は、クリスティーナ・ヴェラー。セレスティーヌ・ヴェラーの実の妹よ。死んでしまったリオニーの代わりにシュルツ家の養子になったの。シュルツの父親の妻は、エドヴァルド・ヴェラーの妹だから、不思議なことはないわ。私もヴェラー家での記憶はなかったから、まったく辛くないわ。ただ…ヴェラー家を敬うことは出来ないの」
言葉が見つからず、リオニーの手をただ握った。
そして、休憩のために馬車が止まると、いろいろ考えていたノアは、ある結論を口にする。
「この世界で幸せだけを感じて生きている人っているのかな?」
「いるじゃない。ここに」
リオニーは笑顔でヒノデリカを指差す。
「ニヒヒ。お前ら喧嘩売ってるだろ? まぁ…俺は大人だからな。そういうことにしておくさ」
リオニーは、ノアとヒノデリカの首を両腕で巻き取るようにして言った。
「ノア、ヒノデリカ。お前たちと出会えて良かった」
出会えてから僅かな時間で、深い関係とも言えないかも知れないが、この忙しく余裕のない世界の子供たちにしては、十分に交流を深めた仲なのかも知れない。




