第58話
ノアが『ムーンレイク使い魔店』で働き始めて一年半が過ぎた。
タムリンやリオニーに守られながら、ノア自身も本職とは異なるスキルを取得し、使い魔たちにも戦闘訓練をさせたりして、自己防衛にも力を入れた。
思いの外ガードが固く、ノアの【特定】スキルの効果もあり、ノアを狙う有害な人物の数は減少し傾向にある。
しかし、やっと落ち着き始めた日常を一通の手紙が、木っ端微塵にぶち壊した。
「マーシャルさん…。ヴェラー様から…召喚状です」
マーシャルさんはノアから手紙を受け取り、老眼鏡をかけて読み始めた。
『………(略)………
って理由だから、領都に遊びにきなよ。
お友達も沢山連れてきてね。大歓迎だよ?
あっ。ちなみに、この手紙は、公式の召喚状を兼ねてるからね。
拒否できるのは、同列の爵位以上を持つ貴族または王様ぐらいだよ〜ん。
セレスティーヌ・ヴェラー
』
そこにリオニーが額に汗を浮かばせながら息を切らして店内に入って来た。
「はぁ、はぁ…。い、今、子爵邸に領主様の使いが…。はぁ、はぁ…。ノ、ノアを…迎えに来たと…」
タムリンは、異端審問官の仕事で、商業都市サナーセルを離れている。そのためリオニーは、異端審問官の立場を捨てて、屋敷の誰よりも早く動き、ノアの安全を確保しに来てくれたのだ。
リオニーとしても情報が殆ど無い。無いからこそノアの近くにいる必用があるのだ。
「この手紙…召喚状の件らしいね。召喚状よりも先に迎えが来るなんて、何を考えているのだろうね」
「どうして…セレスは後先考えないのよ…」と、リオニーは渡された手紙を読み頭を抱えた。
「駄目だよ、リオニー。我らの立場では、ヴェラー様とお呼びするようにと、何度も注意されていただろう? おっと…マーシャル・キースリング様、大変ご無沙汰しております」
入り口に立っていた白装束の男は、マーシャルさんを見つけるなり、跪き深々と頭を下げた。
キースリング? 聞いたこと無いです…。
「まさか…ヨハネス・ケルヒェンシュタイナーかい? 随分と見違えたね…」
「私のような者の名を…ありがたき幸せです。さて、そちらの可愛らしいお嬢様が…ノア様でしょうか?」
ノアを見定めるような冷たく鋭い眼光に気圧される。
「こちらも準備がある…出発は、明日…」
「いえ、2時間。それ以上は遅らせることは不可能です。国の象徴である白角馬の命がかかっているのですから…。つまり国の威信がかかっているのです」
ほんわかした手紙には、少し魔物の治療を手伝って欲しいと書かれていただけだ。手紙とは全く異なる…脅しのような…威圧を感じてしまい腰が引けノアだったが、白角馬と聞いて…少し持ち直すのであった。