第54話
「いえ…無理です」
きっぱりと断ったノア。
セレスティーヌ・ヴェラー様のお手伝いで生活できるなんて、ある意味ノアの人生の目標を達成したにも等しい。
しかし、目標と同じくらいにマーシャルさん、タムリン、リオニーたちと一緒にいたいと思った。
それは春のように心地よく一瞬の出来事なのかも知れない。
ここでヴェラー様のお誘いを断ったことに後悔するかも知れない。
「では、何故泣いているのですか?」
「そ、それは…一生のうち一度でも逢えれば相当運が良いと言われている。白氷竜か、紅炎竜のどちらかにしか、逢えないと言われたようなものだからです」
泣きながらも強い意志の篭ったエメラルドの瞳で見つめられたセレスティーヌ。
「ノア。夢を叶えるためにはね。時には何かを切り捨てなければならないの。そして、切り捨てる何かとタイミングこそ、私は重要だと思うの。ノアは、まだ子供だから捨てる何かもタイミングも理解できないのでしょうけど」
「わかっていますよ。捨てるのは今であり全てです。意志も、自由も、人の繋がりも、自分の過去も、捨てることになるでしょう。
ですが…。どちらを選んでも後悔するのは目に見えているのです」
セレスティーヌは、そっと手をノアに差し出す。
「ノア。私は自分の夢のためならば、自分の命すら投げ捨てる覚悟があります。だからこそ、夢に近づくためならば、他人の人生を踏み台にすることも辞さないのです。
私にはその力があります。
どうですか?
ノアが選べないのならば、私が私のためにノアの全てを奪って差し上げましょうか?」
店の裏口がゆっくりと開く。マーシャルさんが、やれやれという顔で現れた。
「そこまでだよ、セレスティーヌ。ノアを困らせるんじゃない。お前さんと違って、この子は純粋なんだよ」
領主の娘に対して…呼び捨て? マーシャルさんは、何者なんだろう?
「マーシャル様…」と呟き、諦めたのか挨拶もせずに店を去っていった。
それを目で追っていたマーシャルさんは、店の外のオープンプレートをひっくり返し準備中にした。
「さて、ノア。お前を取り巻く状況は…いささか面倒なことになって来てるね。そこの白姫狐を檻ごとテーブルに乗せておくれ」
マーシャルさんの指示通りに、白姫狐を檻ごとテーブルの上に置いた。
「特別ボーナスだよ。白姫狐を従属しなさい」
「えっ?」
「それはノアの欠点の一つだよ。ノアは子供ながらに重大で重要な選択を迫られる機会が多い。だから、『えっ?』じゃなくて、理解して即実行できるようにしなさい」
「はい」
【従属】スキルを幾度使っても全く反応を示さない。しかし、マーシャルさんがいるため勇者のスキルも使えない。
「これからは、従属できるまで、店番をしながら頑張るんだよ」
マーシャルさんには、簡単に従属できないことはお見通しなのか…。つまりマーシャルさんが居ないからといって、勇者スキルを使うことはできないということ。
でも、勇者スキルの効果で、ガンガン【従属】スキルのランクは上がることになると思うけど…。




