第200話 レナータ編
爽やかな風がレナータの頬を撫でる。しかし、目の前にいるノアの瞳は混乱と怒りに満ちていた。
「どういうつもりですか、レナータ! 私は…」
「知っています。メンディサバル帝国にリリアナを止めに行くのでしょう?」
「えっ…」
「行かせるわけには行きません」
「な、何を言っているの? 戦争を止めないと…人が」
「はい。大勢の死者が出ます。今のところ、メンディサバル帝国軍約5万、アンブロス王国軍約3万の被害が出ています。この数は開戦一ヶ月にしては少ない方です。なぜならば、勝利の門と呼ばれる城塞で、アンブロス王国側が守りに徹しているからです。アンブロス王国軍は、メンディサバル帝国軍の物資が枯渇するのを待っているのですが、残念ながらメンディサバル帝国側の貯蔵量は数年維持できるほど余裕があります。
ここからは予想ですが。痺れを切らしたアンブロス王国は…。賢者マーシャルが作った魔法都市ヴェラゼンに聳える十一塔の長距離戦術級兵魔導器を使用するでしょう。それでメンディサバル帝国軍は、勝利の門に進軍している残り約9万が壊滅します。長距離戦術級兵魔導器の威力を過小評価したアンブロス王国も勝利の門の近くに着弾目標を設定したため、勝利の門は崩壊し、アンブロス王国軍にも約6万を超える甚大な被害が出るでしょう。また勝利の門を失ったアンブロス王国内に、メンディサバル帝国軍20万がなだれ込むでしょう」
「そ、そんなの…嫌…。お願い、レナータ。ここから出して…」
レナータ瞳が燃えるように赤みを増す。
「ノア。これでも被害は少ない方です。もし…ここでノアが出ていけば、後で理由は話しますが殺されるでしょう。そうすれば、もっと…国々が壊滅し、人類が滅亡する危機に陥るのです。次の一手は貴方にしか、止められないのです!!」
「何を言っているのか、わからないよ!!」
「ノアの行動が如何に無意味なのか、一つ一つ検証していきましょう。万一ノアがリリアナに会え、説得したとしても、長距離戦術級兵魔導器の着弾地点が、勝利の門から、帝国王都へ変わるだけです。ノアに、長距離戦術級兵魔導器を止められますか?」
「出来るよ!! ノアが、そんなの…破壊してやる!!」
「長距離戦術級兵魔導器を破壊すれば、メンディサバル帝国とアンブロス王国の戦争による被害者は減りますが、次の次で詰みます」
「なんなの? レナータ。未来が…見えるの?」
「少しだけ…見えます。一応…神なのですから…。しかし、運命は多くの者たちが、鍵となり刻一刻と進むべき新しい道が標されていて…全てを読み取ることは難しいのです」
「えっ…。レナータが神? レナータが異世界に連れて行ってくれたの?」
「異世界? あぁ…それは…もう一人の神。今は、この世界の器となった神が、ノアに干渉したのでしょう。異世界ですか…。ノアをこの争いに巻き込みたくなかったのでしょうね。何故、ノアは戻ってきたのですか?」
「……異世界に私の居場所がなかった。私の生きる世界じゃなかった」
「それでも…戻って来なければ、こんな辛い悲劇と悪意に満ちた…惨劇を目の当たりにすることはなかったはずです」
「だから! この世界を…救わないと!!」
「ノアが出ていけば…そうですね。ノアがボロボロにされた空飛ぶ船こと魔導戦艦のときと同じ結果になります。ノア。貴方より強力な力を持つ者が、今もこの世界に複数いるのです。お互い潰し合うのを待つのです。ノアが出ていけば、引っ張られるように強者が集まってしまうのですから!!」
「でも…」
「いい加減にして!! ノアがボロボロになって、何も、何も出来ない。そんな映像を見せられた私の気持ちも考えてよ!! ノア、ちょっと力を手に入れたからって、何でも出来るつもりにならないで!!」
レナータは、左手に世界の叡智の杖を、右手には巨大な死神が持つような鎌を持ち、ノアに告げた。
「他の誰かにボロボロにされるぐらいなら、私が…ノアを叩きのめします。嫌われても…ノアには、生きていて欲しいから…」




