第2話
『ムーンレイク使い魔店』という手作りの看板を掲げたレンガ造りの小さな店舗が、これからノアの働く場所になるのだ。ぎゅっと握りこぶしをつるぺたな胸の前で作る。
「今、小さい店とか失礼なこと考えなかったかい?」
背後から声をかけられ背筋に嫌な汗をかく。もしや…この方は!?
「か、考えてないよ?。あ、あの…マーシャルさん? 今日から…」
「ノアだね。昨日の夕方に到着予定だったのに待てど暮らせど来ないから心配して、朝一番に乗り場に行ってみれば、既に到着して誰も居なかったんだよ」
遅れたのノアが原因なんだけど…。
「本当はまだ準備中なんだけどね」と言いながら準備中というオープンプレートをひっくり返し営業中にすると、ドアの鍵を開けて店内に入っていったマーシャルさんの後を追いかける。
薄暗い店内に使い魔となる魔物がいるのかと思っていたが、僅かに魔物の獣臭がするだけでカウンター以外に何もなかった。
「しかし、何て格好なんだい?」
「こ、これは…」
事情を説明するとマーシャルさんはヤレヤレという表情だ。
「全く馬鹿な子だね。それは本当に死んでいてもおかしくないよ。代わりの服は用意するから…午前はそれで我慢してくおくれ」
「うん…」
「それと、来て早々悪いんだけど、働けるかい?」
「うん。出来る」
「よかった。まずは、カーテンと窓を開けて空気の入れ替えと店内の掃除からだよ。意外かと思うかも知れないけどね。魔物は綺麗好きでデリケートな生き物なんだよ」
魔物と言えば、腐敗した餌も何のその。荒れた土地に病原菌が付着した腐りかけた草木の上に寝転がっているとばかり考えていたのだ。銀溶液もジメジメした場所にいたし。
「うん」
元気よく返事をする。カーテンを開け、窓の鍵を…鍵に手が届かない!? 周囲を探すとカウンターの奥に椅子があった。椅子を踏み台にして鍵を開ける。
それを見ていたマーシャルさんは「魔物が悪戯しないように鍵の位置が高いのさ」と笑いながら教えてくれた。
「えっと、掃除道具は、このロッカーの中?」
「そうだよ。良い心がけだね。今のように初めて触る物などには注意しておくれ」
「うん」
掃除関連は街の孤児院のボランティアとして毎日やっていた。カウンターしかない部屋の掃除は、特に難しいこともなく、あっという間に終わってしまった。
「よし、ノア。こっちにおいで」
店舗の裏口から出ると大きな庭があり、正面には屋敷、右手には畑や林、そして左手には大きな建物があった。
「ここは魔物の厩舎と言ったところかね」
「うわっ…。大きい」
「そうだね…常時、この中には大体40匹の魔物がいるからね」
ここもレンガ造りだが鉄などで外壁を補強し、ドアも鉄製の強固な二重式になっていた。
「まずは、一つ目のドアを開けて中に入る。そして一つ目のドアを閉めた後に二つ目のドアを開ける。これはね。建物内で魔物が檻から逃げていた場合の対策で、街に魔物を放たないように考えられた仕組みだよ。死ぬのは、この店の従業員だけで十分ってことさ」
ゴクリと唾を飲み込む。銀溶液で死にかけたのだ。あのときの魔物の脅威を再び思い出してゾッとした。
建物の中に入ると、魔物たちは大人しく檻の中で寝ていたことに、ほっと胸を撫で下ろす。
「と言っても。使い魔を使役させる方法は二種類。従属の契約で縛るか、成体になる前に刷り込みするかだ。この店ではね。主に刷り込み用の魔物しか置いていないから、危険は少ないのだけれど、相手は小さくても魔物だよ。十二分に注意するんだよ」
「う、うん!」
確かに檻に入れられた魔物たちは、子犬や子猫のサイズの魔物が多い。中には魔物大百科に描かれていた夢にまで見た魔物もいる!! 実物も想像通り可愛く、抱きしめて撫でたい衝動に駆られた。
「何度も言うが、この店で扱っている魔物は、成体になる前の刷り込み可能な魔物ばかりだ。ノアが必用以上に接すると、ノアを親だの主人だのと勘違いしてしまうから、勝手に撫でたりしちゃ駄目だよ?」
「えっ!? な、撫でちゃ駄目なの!?」
「魔物に殺されかけたのに、まだ触りたいのかい? 良いね。気に入った」
「さ、触っても良いの?」
「何で、そうなる? 絶対に触っちゃ駄目だからね」
ノアの夢見たモフモフライフの野望が早くも崩れ去った。