第182話 マチュー編
ジュディッタの大好きな小さな都市バルテが、火の海に変わる三時間前。
ヴァルプルギスの夜会のメンバーは出入りが激しい事でも有名だ。実際に脱退する事は無く、大抵死亡して新しいメンバーを迎えるのだが。
キルスティ共和国の最大戦力である空飛ぶ船こと魔導戦艦を離陸させた小太りの紳士マチューは、ヴァルプルギスの夜会の新たなるメンバーである。前任者がどのような末路を辿ったのかは知らないが、マチューは伝説のメンバーに選ばれ歓喜していた。
その初ミッションは、魔導戦艦の奪取および都市バルテの空爆である。
役人一筋のマチューにとって、権力の圧力に負けて規律を破る事は何度もあったが、自ら規律どころか法を破ったことはない。
「それどころか、何万人という死者が…俺が…殺す!!」
世の中は狂っている。ならば、俺が狂っていても仕方がない。それを証明するかのように、マチューの背後には、ニコニコと笑顔で座っている聖女サトゥルニナ・レーヴェンヒェルムがいた。
聖女が罪もない人々を殺すのか? 何のために?
所詮マチューはその程度の男なのだ。
「聖女様、何故、バルテなのでしょうか?」
「マチュー。ヴァルプルギスの夜会のメンバーなのですよ。私のことはサトゥルニナと呼んでください」
「で、では、サトゥルニナと呼ばせて頂きます」
「ふふっ。まだ固いですね。これから都市一つを火の海に変えるのです。マチュー、貴方は、人間から、どのような悪魔に生まれ変わるのでしょうね」
「…悪魔ですか…」
「はい。知りたいことは自分で調べないと…ヴァルプルギスの夜会には狡猾な者ばかりです。迂闊に信用してはいけませんよ。本来であれば、教えたりはしないのですが、都市バルテの空爆には2つの意味があります。我が古代教会に反する愚かなる真神タムリン教会の発祥地の消滅と、勇者スキルを奪い取る古代の禁忌魔術を発動させるために必用な魂の確保です」
「聖女が人を殺すのですか?」
「殺すのは、私ではありませんよ。マチュー、貴方ですよ」
「しかし…」
「そうですね。自責の念に苛まれるならば、聖女である私に責任を押し付けても問題ありません。それに、古代教会に不敬を働く、異端者達は人間ではありません。これは神の判断であり絶対的な答えです。異端者達を浄化できるという素晴らしい役目を与えられ、何故、怯えるのですか? 先程のように歓喜し、神に感謝するべきです」
小太りの紳士マチューは、滲み出る汗をハンカチで拭く。
「そうだ。俺は生まれ変わるのだ! 悪魔にでも何でもなってやるさ!! サトゥルニナよ、先程、俺が何も調べていないと言ったが、それは間違いだ。俺の情報筋によると、真神タムリン教会の聖女ジュディッタは、都市バルテに向かっていて、夕方には到着する予定という話しだ」
「ほう…。偽聖女も浄化できるのであれば、これ程喜ばしいことはありません」
夕刻になれば、都市バルテでも他の街と変わらず、働く者たちは家路につく。街の酒場では、男たちが酒を煽り、女たちが歌い踊る。
そんな街の上空に、魔導戦艦が、音もなく忍び寄る。
マチューの部下たちは、本当に大量殺戮をやってしまうのかと、恐る恐る司令官であるマチューと、聖女様の様子をうかがう。
「これは神により与えられた使命である!! 偽りの神タムリンを崇拝する邪教徒共を浄化するのだ!! 絨毯爆撃用意!! カウント、10、9、8…」
この日、狂った紳士と聖女により、小さな都市バルテは壊滅した。




