第166話
夕食の席にて。
「ノアはレレ村の両親に会いに行かないのかい?」
うっ。嫌な話を…。スープを飲もうとした手が止まる。
「正直に言います。両親から愛情を注がれて育てられたとは思っていません。それに、ノアが自分の意志でレレ村を出たということになってますが…本当は違います。ノアを売った両親に感謝もしていません。さらに言えば、ノアはレレ村に立入禁止です。唯一感謝しているのは売られた先がマーシャルさんの店ということです。そして、ノアの親はマーシャルさんです!!」
マーシャルさんは、グビッとワインを飲む。
あっ!? ノ、ノアも…飲みたい…。でも…リリアナとの約束が…。
「そう言ってくれるのは…嬉しいけどね…。お腹を痛めて産んだ子ってのは…可愛いものさ」
えっ!? マーシャルさんって…子供いたの?
「なんだい? その顔は。もう…数百年前の話しさ。とっくに死んでしまってるよ。ただ…もしかしたら、今も何処かで、その子の…私の血を受け継ぐ子孫が元気に暮らしているのかもね」
マーシャルさんは、悲しそうに窓の外を見つめていた。
「不老長寿ってのは、権力者達の夢のひとつさ。だけど、実際は…家族や友人の死を看取って行くだけの悲しく辛い…そうだね。罪であり罰なんだよ」
ノアは夕食を食べ終えると、マーシャルさんに別れの挨拶を済ませ、夜の闇に紛れて商業都市サナーセルを後にした。
次の目的地は、キルスティ共和国だ。国の並びで言えば、西側から、バルバストル小国、メンディサバル帝国、アンブロス王国、ペラルタ王国、キルスティ共和国という順番になる。
実を言うとメンディサバル帝国の属国であるバルバストル小国からキルスティ共和国までの距離の方が、最大の国土を誇り縦長のアンブロス王国を縦断して商業都市サナーセルに行くよりも近いのである。
だが敢えて始まりの地であるアンブロス王国から、失踪した友たちの捜索を開始したのだ。
キルスティ共和国では、ヴォルフたちとの再会と、レナータの捜索が目的だ。
過去に商業都市サナーセルから、領都ヴェラーまで馬車で17日前後かかった記憶がある。そこから各国へ隣接するロンゴリア領地まで、馬車でどのぐらいかかるのだろうか?
馬の体調管理を含め、基本は距離に関係なく街から街へと馬車を走らせるのだが、一日で街と街を行き来出来るわけでもないので、上限を決めて走らせるのだ。道中も平坦に整備された街道ばかりではないため速度を落とす必用もあり、天候にも左右され、途中に食事休憩などもある。
確かにノアが、自由都市ルドワイヤンを出て、一ヶ月が経っていた。本来では二、三ヶ月かかる距離である。しかし、ノアの使用した移動手段では、もっと早く到着していたはずなのだ。理由は途中で上空から見て楽しそうな場所を観光していたからである。
つまりノアは馬車を使わないのだ。
「ノアって…友達思いじゃないのかも!?」
「ノアは薄情です」
そんなやり取りを猫亜人のアネッテと繰り返しながら、旅を続けていたのだ。
「大変ですけど、またお願いします!!」
黒飛竜のカスを呼び出すと、背中に乗り、ノアは大空へ飛び立った。