第103話
「この…力強くて優しい鼓動…テッレルヴォとドーグラスが…命に変えて、作ってくれた心臓なのね。ノアのちっぽけな生命のために…あなた達の命を…ありがとう…」
ノアは乳房のない左胸に手を当て、心臓の鼓動を確かめる。言葉をかけると、鼓動が少しだけ変化して、恩返しは生きることだよと…返事をしてくれたみたいに思えた。
「ヒガシヤマさんは、何者なんですか? 使い魔と話せるなんて狡いです!」
「ははっ。そうだね…。でも、ノアを助けた僕には、先にノアの事を知る権利があると思うんだけど…。そんなに暗い顔しないでくれ、きっと言えない事情が沢山あるんだろうけど…。あぁ…。わかった! わかった! 僕の事を話すよ。まずは、僕がどのような人間で、ノアの信用たる人物だと…証明…証明しないとね」
上半身を起こしていたノアをベッドに寝かせてくれた。ベッドの上には、使い魔たちが寄り添うようにして寝ている。ノアは全員に「ありがとう」と感謝しながら優しく撫でる。
ヒガシヤマさんは、椅子をベッドの脇に持って来て座る。
「えっと…僕は、異世界から、この世界に転生してきた者だ」
「異世界? 転生? いきなり…わからないのですが…」
「ははっ…。えっとね。この世界とは別の世界から…」
「キルスティ共和国の人じゃないってことですか? アンブロス王国? ペラルタ王国?」
「いや国とか大陸とかじゃない。本当に、この世界とは時間も空間も何もかも違う世界だ。僕は、その世界で死んでしまってね。その世界の神様に、この世界へ送り込まれたのさ。信じられないよね?」
ノアはコクリと頷く。
「嘘を見破るスキルや、過去を調べられるスキルを持っています。人間の尊厳を否定するようなスキルです。やっぱり…命を助けてもらった人に使うようなスキルじゃないですね。ごめんなさい」
「いいよ。僕はね。大した人間じゃない。卑屈で頑固で弱虫で…。見れば幻滅どころじゃなくて、二度と口も聞きたくないと言われてしまいそうだけど…。ノアについて知ろうとしてるんだ。僕も全てを見せるさ」
ヒガシヤマさんは手を差し出した。ノアもベッドから右手を出して、ヒガシヤマさんの手に触れる。
ヒガシヤマさんの記憶は…。見たこともない巨大な建物、地上を高速で移動する箱型の乗り物、小さな魔導具で会話したり、不思議な服装で、美味しそうな料理の数々…。溢れんばかりの人間。
笑顔の人もいるし、幸せそうな人も沢山いる…だけど、同じ数だけ、死んでいるような、奴隷のような顔をしていた。
みんなが同じ方向へ、みんなが同じように、何か不気味な…精神支配系の魔法にかけられているような…。
そして、ヒガシヤマさん…本人の記録。ちょっとしたすれ違いから友達と喧嘩して、人間不信になり、出口のない…孤独で悲しい子供時代を過ごして…大人になっても解決できずに…最後は、母親に刺されて…死んでしまった…。
ヒガシヤマさんの言った通り、神様と出会い…精霊王の力を授かっていた。精霊王だから、白浮霊のフェールケティルと会話が出来たのか…。
「泣かないで。ノアがどれほど過去を見えれるか知らないけど、僕の過去を見てさ、神様が僕を選んだ理由…ノアにはわかるかい? 僕にはまったくわからないんだ」
「ごめんなさい。わからないです。今後は…ノアの番ですね…」
ノアはあまり関係のない幼少の頃から、長い時間をかけて、ゆっくりと丁寧に思い出せる限り、ヒガシヤマさんにノアの全てを伝えた。
「勇者スキルか…。確かに凄い力だね。それを手に入れなければ…か。だけど、その力で…ノアが助けられた人や使い魔がいたことも立派な事実で…過去は変えられないんだ。過去は…」
最後は、ヒガシヤマさんは、自分に言いきかせるように言い放つと、笑顔に戻り「ノア、僕の世界の料理を食べてみたくないかい?」と楽しそうに言ってきた。




