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第四話 手掛かり

 花咲優花が姿を消した翌日、篠森悠香は町の図書館を訪れていた。

 起きてすぐ、つい先ほどまでは昨日と同じルートで優花を探してみたが、結局どこにも彼女の姿はなく、藁にも縋る思いで、せめて何か手がかりが掴めればと、図書館で調べ物をすることにしたのだ。

 優花が姿を消した前日は日曜日。つまり本日は火曜日であり、本来であれば制服を着て学校に行っているはずの時間。とはいえ、私服で訪れてしまえば、それを咎めるような人間はおらず、そもそも、図書館の中には職員以外の姿はなかった。

 悠香はまず、タイトルに神隠しと書いてある本を図書館内のコンピュータで調べ、所蔵されている場所を持参していたメモ帳に記した。その後、所蔵されている書架に向かい、その本を探す。そうして数冊の本を手にし、他には誰もいない図書館の中で、パラパラと本をめくっていく。

 肝心の本はといえば、いかにもな都市伝説だったり、実際にあったらしい出来事を記したものであったり様々だった。

 都市伝説のものは、結局失踪した人間は戻ってきていなかったり、戻ってきていても記憶がなかったり、そもそも作り話であると明言されていたりで、全くと言って参考にはならない。

 かといって実話であるらしいものが参考になるかといえば、そうでもない。

 神隠しに遭い、元の場所に戻ったという人間の話がいくつかあったが、結局のところ、彼らは神隠しに遭っている間の記憶を残してはいなかった。つまり、実話であるのは彼らが失踪して戻ってきたという事実だけで、あとはその本を書いた人間の想像でしかない。

「……何が神隠しだ」

 一通り目を通し終えた後、虚無感に支配されながら思わず呟いた。

 よほど集中していたのか、外はもう暗くなっており、気付けば閉館まであまり時間もない。

 何冊か借りていこうか悩み、しかしおそらく意味はないと判断し、返却用の棚に大量の本を戻す。その本の多さと、なんの参考にもならなかった事実に、深いため息をついた。

 図書館を出てすぐに、優花の家に電話をかける。もしかしたら戻ってきているかもしれないと、淡い期待を抱いて。

 しかし、電話に出た母親の声は相変わらず憔悴しきっていて、その声だけですべてを察してしまう。

『明日、もう一度警察に相談してみるつもりわ……。悠香ちゃん、ありがとうね……』

「いえ、……おばさん、あまり無理しないでくださいね」

 そんな会話を最後に交わして、電話を切った。スマートフォンの画面に表示された時間を見る。もうすぐ、優花と別れてから丸二日が経とうとしていた。

「……何で、どこにもいないの……」

 家へと向かって歩きながら、優花のことだけを考える。

 一体どこに行ってしまったのか。誘拐でもされてしまったのだろうか。無事に生きているのだろうか。どこか、見知らぬ場所で、寂しい思いをしているのではないか。

 そもそも、果たして、生きているのか。

 生きているに違いない。そう心の底から信じたいが、もしかしたら、という思考に支配されてしまう。

 そして、一度考えてしまっては、もう悪い方にしか考えられない。いくら良い方向に考えようと思っても、そもそも、姿を消したという事実が、悪いことでしかない。

 歩きながら、悠香の両目からはぽろぽろと涙が溢れていた。周囲に誰もいないのをいいことに、涙を拭うこともせず、悠香は泣いていた。

「アタシから、優花まで奪わないで……っ」

 悪い思考に支配され、思わず口を出た言葉。それを言った途端、余計涙が溢れだして止まらなくなり、悠香は歩くのを止めた。まるで、自分だけが世界に取り残されてしまったかのような絶望感に苛まれる。

 優花ではなく、自分がいなくなればよかったのに。

「花咲優花に会いたいか?」

 不意に背後から聞こえた声に、驚いて振り返る。泣いていたため定かではないが、先ほどまでは誰もいなかったはず。しかし、そこには一人の青年が立っていた。

 透き通った銀色の長い髪を一つに束ね、澄んだ紫色の目を持つ、この世のものとは思えぬほどに整った顔をした青年。

「……いま、なんて……?」

 彼がいつの間にそこに居たのか。一体誰なのか。しかしそんなことよりも、彼の発言が気になって仕方がなかった。

「もう一度問おう。花咲優花に会いたいか?」

 心地の良い低音が響く。彼はただ真顔で、先ほどと同じ言葉を紡いだ。

 なぜ優花の名を知っているのか。優花は一体どこにいるのか。そもそも、彼は一体何者なのか。何を知っているというのか。

 浮かぶ疑問は多々あれど、その全てが、彼が欲しているものではないということを、悠香は理解していた。

 彼が望む言葉も、悠香が答えるべき言葉も、同じ。

「優花に会わせて」

 涙はいつの間にか止まっていて、悠香の薄茶色の瞳が、真っすぐに青年を見つめる。青年はその様子に、満足したように薄っすらと笑みを浮かべた。

「ならば、少しばかり私の手伝いをしてもらおう」

「優花に会えるなら、なんだってしてやるわ」

 嘘だったらただじゃおかない。そんな気迫で、悠香は目の前の男をじっと見る。青年はやはり満足したように一つ頷き、「ならば、まずは花咲優花の現状について教えておかねばならないな」と告げる。

「それから、お前がこれからどこに行き、何をするのかも、な」

 横目で見やり、悠香に告げる。

 悠香は分かった、と頷き、彼を自宅に案内するように歩き始めた。

 もしかしたら何かの罠かもしれない。そんな思考を微塵も抱かなかったわけではないが、現状、彼だけが、優花に繋がる唯一の手掛かりだった。それを手放すことなど、悠香にはできなかった。

「お前は随分と、花咲優花が大事なのだな」

 悠香の家へと向かう道すがら、青年が唐突に、感心したような面白がっているような口調で言った。

 その言葉に振り返り、「もちろん」と返す。

「たった一人の親友だもの」

「ほう……? その親友のためにどこまでできるか、見ものだな」

 含みを持った言葉を無視して、悠香は再び前を向く。

 優花が今どこに居て、彼は一体何者で、自分に何をさせようとしているのか。そんなことはどうだってよかった。悠香はただ、一刻も早く優花に会いたかったし、優花の両親の元へ彼女を連れ戻してやりたかった。

 その為に、これから自分が何をし、優花が何をしなければならないのか。それは、まだ彼女らの知るところではなかった。

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