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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

敗戦兵の悩み

作者: 末吉

とある漫画のあらすじを参考にしました。

 十年前。

 大国として名を馳せたある国は、ある小国が異世界から呼んだ人間の手により戦争に負けた。

 負けないと信じて疑わなかった自国の敗戦に国民は絶望したが、それ以上に兵士は――その場にいられなかった兵士は信じられなかった。

 あるものはそのまま国へ戻り、あるものは精神的ショックにより自害。

 暗殺を企てるために姿を消した者もいたが、どちらにもつけない人間もいた。


 自国を守ることに誇りを持っていたが、いざ国が負けたと言われその誇りが薄れていった者たちだ。


 彼らは皆示し合わせたわけではないが静かにその国の装備をその場に捨て、ふらふらとどこかへ消えた。


 その大国は敗戦後数か月後に国としての体制が崩壊してなくなり、その戦争に勝利した国にいた『英雄』は大国が崩壊して二週間後に死亡した。これは大国の残存兵がやったという。




 そんな歴史が言い伝えと本の中でしか語られない十年後。

 敗戦兵として生き残った一人――マクスウェルは頭を抱えていた。


「どうしたよ?」


 店に入ってからずっとこの調子なので、店主はたまらず声をかける。

 マクスウェル――金髪を短めに切り揃えている目つきの鋭い男――は顔を上げて店主を見て「はぁ」と声を漏らして俯く。


「二日酔いなら帰れ」

「違うんだよ店主」

「金ないなら入ってくるな」

「それも違う」

「じゃぁなんだ『血染の孤王』」

「それだ」

「どれだ」


 分かっているのかいないのか分からない店主の態度に、マクスウェルは「血染の孤王って二つ名だよ」と答えてため息をつく。


「良いじゃねぇか。冒険者始めて苦節十年。討伐系依頼をほぼ一人でこなし単独狩猟記録は全冒険者の中でぶっちぎりの一位。ギルドからは報奨金たんまりもらい、他の同業者たちからはその名で恐れられ、尊敬されている証なんだから」

「物騒すぎるだろ。もうちょっとこう、穏やかなのなかったのか?」

「さてね。そもそも言い出したのはSランクパーティ『エンドレスウィザード』だからな。なんだっけか。とある大規模依頼の中、一人で六分の一倒して返り血塗れの中表情一つ変えないで堂々と拠点に戻ってきた姿を見てとかだった気がするんだが」

「……あん時か~~~~」


 彼はテーブルに突っ伏す。それを見た店主は「しかし、なんだって結構前につけられた二つ名を気にしているんだよ?」と尋ねる。

 マクスウェルは顔を伏せたまま「その二つ名のせいで有名になっちまったからだよ」と答えた。


「それのどこがダメなんだ?」

「ひっそりと暮らしたいんだよ。うんざりだ」


 そういうと彼は「いつもの」と注文したので、店主はロックグラスに氷と白い液体を入れて「ほらよ」と目の前に置く。


「おう」

「とはいっても、無理だろ。パーティ推奨の依頼をソロで達成。大規模討伐の戦果が個人で圧倒的。討伐依頼だけで冒険者を最上位まで上げたなんて前代未聞やったら有名になる」

「……まぁそうか」

「辞めたらいいだろ」

「そうはいかねぇんだよ。この状態で辞めたらもっと騒ぎになる」

「……確かに」

「それに――」


 マクスウェルはグラスに視線を落とす。


 ――死を意識できるこれじゃねぇと、俺は生きられねぇ。


 敗戦兵でのうのうと生きているが、守るべき物のない今はともかく空しい。討伐系ばかりを選んだのは、自分を殺してくれる可能性が高いのと、命の削り合いに慣れているから。

 過去は過去だが、その過去は未だに自分の中に残っている。冒険者としての第二の人生を歩んでいる中で、見知った奴らと会ったが、半分は自分と同じような感じだった。


 国は消えた。敵も消えた。国に仕えていた兵としてそのどちらにもかかわることのなかった自分が、こうして冒険者として有名になっている現状が、彼には耐えられなかった。

 グラスに入っている飲み物を一気に飲んでから再びため息をつくと、「辛気くせぇよ」と言われたので「気落ちするだろうがこの現状に」と返す。


「とはいってもだな、腕は確かなんだ。冒険者と言えば何より実力だろ? それがきちんと評価されているんだから喜べよ」

「その評価で周りがざわつくのが嫌なんだ」

「いっそのこと、女でも作れよ」

「ハァ!?」


 脈絡もなく言われた言葉に思わず声を荒げる。だが店主は涼しい顔して続けた。


「お前がなんでそんなに静かに生きたいのか知らんが、嫁が出来れば考え方の一つや二つすんなり変わるぞ? それに冒険者を辞めても特に騒がれない」

「生まれてこの方女の相手したことねぇ」

「ハァ!?」


 今度は店主が驚きの声を上げる。マクスウェルは左手でコップを回しながら「マジだよ。風俗にも入ったことねぇ」と他人事のように呟く。


「ひょっとして、男色か?」

「あ? 性欲がねぇんだよ、今も。それに、相手作ったら静かに生きれねぇだろ結局」

「……病院にでも行ったらどうだ?」

「大怪我したらな……はぁ。こうなったら『預言者』に頼んでみっかな」

「何を?」

「静かに生きる方法。じゃぁな」


 そういうと彼は立ち上がって懐から硬貨を一枚テーブルに置く。

 それを見た店主は「また多すぎる」とため息をつく。


「そう言うなって。愚痴を聞かせた分も含めてだと考えろよ」

「ハァ…………またな」

「じゃぁな」


 互いに意図の違う挨拶を交わす。その意味をそれぞれ感じ取りながらも訂正するようなことをせずに、彼は店を出て行った。



「本気でどうしたものか」


 人通りの多い中、彼は人の流れに逆らうように歩く。

 今は昼。人々は買い物や仕事のために右往左往している。役人が見回りをしているし、この国に仕えている人たちもちらほらいる。

 が、冒険者である彼にそんなことは関係ない。渡り歩いている事が殆どなので国の習慣に左右されない。


 考えながら歩いていると痛い目を見るのが通例だが、彼は人ごみだというのに軽やかに歩く。当たり屋紛いなチンピラがぶつかろうとするとスッと体を避け、スリの常習者がお金を取ろうとしたら反射的に腕を折ったり。

 もはや達人と評されても差し支えがない彼だが、本人としては静かに生きるにはどうしたらいいのかを考えているだけ。


 あーでもないこーでもないと考えながら自然とギルドへ入った彼は、視線を一身に浴びているのを気にせずにカウンターに向かい「『預言者』に依頼出してくれないか?」と受付をしている職員に切り出した。


 周囲がざわつく。


「どういったものでしょうか?」

「純粋に占ってほしいってだけ。内容は、今から紙に書くからそれを渡して。結果が出たらその内容を書き起こして俺にくれ」

「分かりました……報酬はご用意されてますか?」

「金貨百枚あれば足りるだろ?」

「あんた、私がそんな金にがめつく見えるわけ?」

「ん?」


 振り返ったところ白いフードで全身を隠しているといっても過言でもない人間がいた。話題に入ったところからすると『預言者』なのだろう。

 マクスウェルはなんてタイミングだと思いながら「相場が分からんから適当だ」とあっけからんと答える。


 その答えに『預言者』はため息をついてから「依頼は受けるわ。報酬は金貨十枚ぐらいでいいわよ」と言い、職員に「空いてる部屋貸してもらえるかしら」と訊いた。


「ええ、大丈夫です。案内しましょう」

「ありがと」

「悪いな」




 部屋で二人きりになったマクスウェルと『預言者』。


「で、何を占ってほしいわけ?」

「ここから平穏に生きれる道」

「あるわけないでしょそんな道」

「いや占ってから言えよ」


 即答されたので思わず言い返したところ、「それもそうね」とため息をついてから水晶玉を取り出して目を瞑る。


 マクスウェルは力の本流の様なものを感じるが、『預言者』が何をしているのかは分からない。ただ、どのような結果が出て来るのかに興味を持っていた。


 数分位微動だにしなかったので観察していたところ、『預言者』が目を見開いた。


「どうだったんだ?」


 結果が気になり尋ねたところ、『預言者』からこう返ってきた。


「女に囲まれてたわ」






「……………は?」





 女に囲まれていた。


 それが、平穏に生きる方法に対する『預言者』が見た結果らしい。

 が、マクスウェルの脳がその理解を拒んだ。


「は、ははは。何言ってるんだよお前」

「何って、あんたの質問に対する『預言』よ。しょ、正直私も予想外だけど」

「もう一度言ってくれ」

「女に囲まれていた」

「…………なんなんだよそりゃ」


 思わず肩を落とす。風の噂で必ず的中すると言われているから頼んでみたのだが、予想以上に酷くて。


「お前これ、百発百中だなんて嘘だろ。信用がた落ちなんだが俺の中で」

「私だって信じられないわよ! 今まで『預言』を授かって来て初めてよこんなこと!!」

「大体どこぞの王族が側室作りまくって今にも王位争奪戦の様相を見せている国があるってのに、同じ身になるだぁ? どう考えても平穏とは真逆だろうがよ」

「うっさい! あたしに言わないでよ!!」


 互いに文句を言ってからため息をついて肩を落とす。特に『預言者』の方は今まで一度も授かったことのないものだったからか手で顔を覆っていた。


 先に元に戻したのはマクスウェルの方だった。


「……まぁいいや。ほれ」


 そう言ってテーブルに金貨を十枚置く。その後に立ち上がり「またな」と言って部屋を出ようとしていた。


「ちょっと!」

「どんな結果だろうと依頼は達成したんだから正当な報酬だ。内容は口外すんなよ。忘れろ」

「……」


 二の句が継げなくなった『預言者』を尻目に彼は部屋を出てから首を回し、「やっぱり自分で何とかするか……」と呟いてギルドの受付へ戻った。



「依頼は終わりましたか?」

「ああ。報酬は払った。確認したいなら本人にでも聞いてくれ」


 職員とそんなやり取りを交わしてから誰も座っていない席に座り、彼は地図を取り出して眺め始める。


「良いアドバイスでももらえたのかい?」

「……あ? 仕事しろよギルマス」

「ちゃんと仕事してるさ。今はちょっとした休憩」

「あっそ」


 地図を眺めながら投げやり気味に答えるマクスウェル。その姿を対面で眺めている人物――ギルマスと呼ばれている――は、笑顔で続けた。


「いや君が他人に依頼を出すなんて珍しいからさ。しかも、『預言者』に」

「一人で考えてもどうしようもないから頼っただけだ。誰だってそうする」

「君って本当にソロ思考だよね……まぁそんな君に指名依頼持ってきたんだけど」


 休憩って自分で言ってなかったかと思いながらも、話を聞くことにする。


「なんだよ」

「全部で三つあるんだ。一つは恒例の大規模討伐。今回は定例的な場所だね。もう一つがギルドが経営している学校の講師。もちろん実技担当。で、最後がリヴァイアサンの討伐」

「おいおいギルドは死刑宣告までやるようになったのかよ」

「失礼な。君が重体になった代わりに半殺しにされたリヴァイアサンじゃないし、場所が違う」

「あ? 他で生息できるのか?」

「さぁ? 話が大きくなっている可能性があるから討伐、と言っても調査の部分が大きいかな」

「つまり護衛ってわけか」


 納得するように呟いたので、ギルマスは「いや、それ以外の仕事はどうなのさ」と我に返ったように質問する。

 地図を眺めながら返ってきた返事は、「いやだ」と簡潔な拒否だった。


「大規模討伐なんていつものこと、俺が行かなくても良いだろ。いつも参加してる奴らで何とか出来る」

「いや、今回はどうやら魔域に進攻するみたいだよ」

「大きく出たな。いつも通り間引いてりゃ仕事なんて途切れねぇだろうに」

「興味なさそうだね」

「ねぇな。講師も」

「君は良い指導者になると思うんだけど。ほら、昔何があったか知らないけどパーティを見ていた時期があっただろ? 彼ら、今じゃ国からの信頼も厚い上位パーティとして名を馳せているだから」

「なんだってそんな古い話を持ち出したのか知らねぇが、そんなの『武器庫』や『参謀』にでも任せろよ。あいつらの方がまともに話せるんじゃないか?」


 自虐するようになのだが、どこかさばさばとした口調で言い切る彼。地図から目を離しもしない。

 ギルマスは両肘をテーブルにつけて顎を乗せ、「相変わらず他人と関わろうとしないね、君は。入ってきた時から直ってないんだろう?」と不満げに呟く。


「別にいいだろ。俺は俺の目的のために冒険者になった。最終目標を達成するのに他人が必要ないってだけだ」

「はぁ~。二つ名持ちの最上位ランカーはみんなどこか癖があるけど、君のはもうあれだね。欠点だね」

「その程度ならかわいいもんだろっと。そろそろ行くか」

「で、依頼は?」


 立ち上がったマクスウェルはギルマスの言葉にどうしたものかと考える。

 彼が立ち上がったのはこれ以上時間を取られるのが嫌だったからだ。で、依頼に関しては全部断りたかったが、ギルマスが「受けてくれるよね?」という期待した目をしながら見上げてきたから思わず。


 ……そろそろ静かに暮らしてぇ。素直にそう思った彼だったが、今後自分に降りかかる災難の少なさを考慮して「調査に行ってやるよ。リヴァイアサンの」と口にした。


「お、本当かい?」

「ああ。それと、あんたには言っておくが、この依頼やったらしばらく顔みせないからな」

「え!? な、なんだって!?」


 さらりと言われた言葉に驚くギルマス。もちろん周囲もざわめく。

 それに動じないマクスウェルは「のんびりしようかと思ってな。まだ冒険者辞めるわけじゃねぇからそこは安心してくれ」と続けてから席に座る。


「で、依頼の詳細とかさっさと聞いておきたいんだが」

「え、いや、ちょっと待ってよ。流石にあの発言がいきなりすぎたから少し気持ちを落ち着かせたいんだ」

「……まぁいいけど」


 それから数分経ってからギルマスは依頼内容を語る。


「今回は『学者』がメインだから、君は護衛だね」

「よく暇だったな」

「この依頼を他所で聴いて即決したらしい。生物の秘密にまた近づけるとかで」

「……そういや、俺になんで指名来たんだ? 他の奴らでも良かったんじゃ」

「『学者』直々の指名さ。君の武勇伝はどこに行っても聞くからだと思うけど」

「ふ~ん。それじゃぁ報酬は『学者』が払うのか」

「そこは依頼した村だね。『学者』と折半でもいいんじゃない?」

「で、その『学者』はどこにいるんだ? もう依頼された場所か?」

「ん? この国にいるよ? 連絡したら来ると思うけど」

「……まぁ、それだけわかりゃいいか」


 そう言って再び立ち上がった彼は「『学者』に連絡してくれよ。出発の日が決まったら教えてくれってな」と言いながら入口へ歩き出す。


「あ、待ってくれ!」

「ん?」

「しばらく休むって、本当かい?」

「冗談で言わねぇよ」


 ただそれだけ言って彼はギルドを出た。

 座ったまま見送ったギルマスは、盛大にため息をついた。


「あ~また優秀な人が消える~。よりにもよって忙しくなりそうなこの時期に~」

感想とかあればどうぞ。

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