第9話 警察の一日
昨日は久々に思考を巡らせ過ぎて疲れた。少し感情的に考えてしまった。感情的に考えすぎても冷静な判断が出来なくなるだけだ。しかし、どうにもこの事件を考えるとあの過去が気に掛かる。そう言えばあの被害者遺族はまだこの町に住んでるのだろうか。いや、今はそんなことはどうでもいいことか。この事件とあの事件は関係ないことなのだから。
朝食に簡単なベーコンエッグを作り食パンに乗せて食べる。朝は基本早く起きるようにしていて余裕を持って行動が出来た。朝食を食べてから朝風呂に入った。夏の季節は毎年朝風呂に入っている。
時刻は七時となった。警察官の制服に着替え出勤の準備をした。玄関を出てアパート駐車場に停めてある自家用車で勤務地の交番に向かう。三十分の道のりを運転し交番に着いた。公務開始時刻が八時からで三十分前に交番に来た。その理由は昨日、田所部長に事件のことを相談したときに早くに来て改めて話そうと言われたからだ。自家用車を駐車場に停めて交番へと入る。中にはしっかり警察官の制服を着た田所部長が眠そうに自分のデスクに座っていた。
「おはようございます。田所部長」
「おう、滝川」
「早速だが誰かが来る前に昨日の続きをしようか。昨日お前から訊いた話を簡単に俺なりにも整理したんだが、確かに柳場孝造は何かを隠しているようだ。俺達は柳場翔太を保護する方向で動こう。だが他の連中には話すな。柳場孝造の耳に入ったら本末転倒だからな」
「わかりました」
俺は今日から交番の勤務は他の警察官に任せて行方不明者の柳場翔太の捜索に邁進することにした。田所部長の許可も得て、公務開始の八時ちょうどに町内巡回と題して捜索を開始した。今の所、情報もどこにいるかの目星も立っていないが、出来ることはやらなければならない。テレビでニュースになっている以上柳場孝造の元に情報が来るのは時間の問題かも知れないからだ。いつもは原付スクーターでパトロールに出るのだが、今日は裏路地やスクーターでは入れない場所を捜索することになるから徒歩でパトロールに出た。
基本パトロールのルートから外れ裏路地や田舎の山道、廃屋などを捜索した。許可なく廃屋に入るのは許されないのだが、事が事なので中を捜索する。確証は低いがこの町に柳場翔太がいるかも知れない。抜かりなく町内を捜索する。一通り捜索が終わり、いつもは二時間で終わるパトロールが普段は行かない裏路地や廃屋の捜索を行うことで四時間近く掛かってしまった。だがこれで終わりにはしない。昼飯をコンビニで買って近くの公園で食べる。
気難しいじいさんが見たら「この税金泥棒が!」とか怒鳴られそうな場面だ。昼十二時を過ぎたということで田所部長に報告と連絡の電話をする。
「田所部長、町内の裏路地や廃屋等は全て捜索しましたがどこにもいませんでした」
『廃屋?お前無断に入ったな。まったく悪い奴だな、気を付けろよ』
「すいません、これから表通りの捜索と裏通りをもう一度捜索したいと思います」
『わかった。交番の公務は任せろ。お前あんまり無理するなよ』
「はい、わかりました。情報がもし入ったら連絡お願いします」
田所部長への報告、連絡を済ませ暫し休憩をする。夏休みの公園だけあって子供達が多く遊んでいるのを観ると、虐待されず普通の家族なら今頃行方不明少年は楽しく遊べていただろうに。そんなことを思いつつ腰を上げ捜索を再開しようとした。
折角、公園に来たので公園内の捜索をすることにした。この公園は広くて池や川が流れていて、近くには森林がある。たまに近所の子供が探検と言って入って行くことがあり、今は立ち入り禁止になっている。
俺が公園内を捜索していると少年少女達が何やら集まっていた。何か深刻そうな雰囲気の中、一人の少年が泣いていた。行方不明の柳場翔太の捜索をしなければならないのだが見てしまった以上放っておくことは出来ない。俺はその少年達の方に仕方なく足を向けた。
「どうしたお前ら」
「あ!滝川だ、丁度良かった」
この少年少女達には見覚えがあった。この公園でよく遊んでいる、この近くの小学校の高学年の連中だ。何回か公園でパトロールしている時だったり、交番にいる時だったりに俺に声を掛けてきて、ちょっかいを掛けえきたり探し物を手伝わされたりと何かと面倒を掛けてくる。そして毎回、俺のことを〝滝川”と呼び捨てをしてくる。
「なんだよ、お前たちかよ」
「滝川、助けてよ。こいつの犬がどっかに行っちゃったらしくて探すの手伝ってよ」
「手伝ってやんねぇこともないけど」
「流石、滝川だ」
「あ?呼び捨て?」
少し威圧的に言ってみた。少年少女は少し縮こまった感じに後退った。この位の歳の少年少女には少し威圧的に言うのが効果的なのがわかった。
「流石です、滝川さん」
「よし、それじゃあ仕方ない手伝ってやるか」
しかし犬の捜索か。犬の捜索と柳場翔太の捜索を同時に行えば効率は良いが、こいつらが問題だな。友情の為に一緒に犬の捜索を行うと思うのだがこの位の歳の子供はすぐに飽きて別のことをしたり遊びだしたりする。その辺が心配だ。
犬兼柳場翔太の捜索を開始する前に田所部長にもう一度報告しておくことにした。
「田所部長、何かあの少年少女の犬が逃げ出しちゃったようなんで柳場翔太の捜索を行いながら犬の捜索も同時に行います」
『わかった。何かあったらまた連絡しろ。こっちの情報が入れば連絡する』
報告を済ませ、待たせている少年少女の方に戻る。戻ると既にふざけている奴がいる。先行きが不安だ。そんな中、少年少女のリーダー的な少年がふざけている奴を落ち着かせた。このリーダーの少年も生意気ではあるがいつもリーダー的カリスマ性を発揮して少年少女をまとめてくれる。
「ありがとう、少年。まったくすぐにふざける。次ふざけたら俺はもう探さないからな。それで、犬の犬種と色は?後はこの公園での散歩ルートと首輪は付けてるのか?」
捜索には必要最低限な情報が必要だ。情報が無いと捜索のしようがない。通常行方不明者捜索と言うのは情報が有っての物だ。今回の柳場翔太の捜索が特殊なケースだ。
「えっと、犬の犬種はポメラニアンで色は白、散歩中に逃げてリードが付いてます。散歩ルートは特に決まってません。森林に連れてったことはないです」
「なるほど、ありがとう」
泣いてた少年が犬の情報を教えてくれた。ポメラニアンということならすぐに見つかるだろう。一匹でさまよってるポメラニアンなんて見たこともないからだ。しかもリードが付けっぱなしというのならそれも目立つ。公園内部には結構人がいる。聞き込みしていけばきっと見つかるはずだ。
「じゃあ、この公園を探しながら公園にいる人に聞き込みだ。何かあれば俺に伝えろ。以上解散」
少年少女は四方に散らばった。少年少女が聞き込み向かったのを見届け、俺も捜索を開始した。池の方を捜索して、次に公園内に流れる川を見て行った。俺は極力水系の所を重点的に探す。少年少女に水回りを捜索させると事故にも繋がる可能性があるからだ。
しばらく川を下って行ったところ公園内までの川端まで来てしまった。この先も川は続いているがこの先は公園外だ。もし流されてしまっていたら捜索は困難になるだろう。俺は一旦少年少女と落ち合うことにした。川から戻ると少年少女が集まっていた。
「どうした、何か手がかりあったか?」
「滝川さん、どこ行ってたんですか!聞いた話によると森林の方に向かったらしいです」
「おいおい、よりによって森林かよ。警察官でも入るのに許可が必要だぜ」
「そんな……。滝川さん」
少年少女が悲しい表情をしだした。森林は町が管理していて警察官でも勝手には入れないんだ。これ以上の捜索は出来ないのだが、この少年少女の顔を見るとどうにも弱い。仕方ない……。
「はぁ、じゃあ俺が行って来るから、お前らは待ってろよ」
今回は聞き分けが良く少年少女はその場で待っていた。俺は進入禁止の境界線の紐を潜り抜け中に入って行く。こんな事がバレたら本当に警察官人生が危うい。自分でも何やってるんだかと溜め息がこぼれる。そして広い森林内を捜索すること一時間位だろうか。草に隠れる白い物体が見えた。音と気配を出来るだけ消して近づいた。
白いポメラニアンにリードが付いている。飼い主の少年の情報と合ってるようだ。俺はその犬のリードを持ち森林内を出ようとしたが、自分がどこにいるのかわからなくなった。辺りを見渡すも草木が生えているだけ。どっちが前で後ろなのかわからなくなった。正直もう泣きそうだった。
だが俺が動揺している時にポメラニアンが俺の持つリードを引いた。道がわからないまま犬に連れられるがままに歩いていく。すると暗い森林の外かから明るい光が差し込んできた。森林を何とか抜けることが出来た。そのまま犬に連れられると少年少女の元に着いた。飼い主の少年が犬の駆け寄ってきた。
「よかったな。もう手放すんじゃねぇぞ」
「ありがとうございます。滝川さん」
犬の捜索も終わり再び今度は柳場翔太の捜索を開始しようと思ったが流石に疲れた。
「じゃあなお前等、気を付けて帰れよ」
「今日はありがとう滝川!」
「滝川さん、だって言ってるだろ。このガキども!」
少年少女は笑いながら走って行った。まったく生意気な子供だ。子供達が公園から出て行くのを見送り、俺は交番に帰った。時刻はもう夕暮れで結局今日は柳場翔太の情報を一切掴むことが出来なかった。今日の経過報告と犬捜索の報告をした。立ち入り禁止の森林に入ったことは伏せておいた。
報告を済ませると時刻も夜を越え田所部長に挨拶をして今日は帰った。アパートに着いてから俺は考えた。このままでいいのか、交番の勤務は任せられたがパトロール中にだって何か問題を抱えた人とは出会うわけで俺は警察官でそれを無視することは出来ない。
圧倒的に自由にできる時間が少ないんだ。
俺にもっと自由にできる時間があれば……。