第8話 警察の捜査
「東京都在住の柳場翔太君、十一歳の男の子が昨日より行方不明になっているとのことです。翔太君は昨日、朝方に家を出ましたが夕暮れになっても帰ってこず、翔太君周囲の関係者に連絡したところ誰も翔太君を見かけていないとのことで手がかりは未だ掴めていないようです。警察では東京都周辺の県内の捜索をすると発表しています」
手がかりは一切なし、手がかりなしに無造作に捜索しても見つからないだろうな。しかし、居場所の見当がついていないのに東京とその周辺の県に捜索範囲を絞るというのは馬鹿なのか。そんなの全国範囲で捜索しないと見つかる確率は零に近いだろう。もしかしたら誘拐とか、どこぞの森とかで野垂れ死んでいるかも知れない。
「おい、滝川!なにサボってんだ」
「痛て」
警察官の制服を着る五十代で黒い短めの髪をし髭を生やしたじいさんが俺の頭をクリップボードで叩いてきた。一日に三回はこのじいさんに頭を叩かれることがある。ここに来てからこのじいさんにはお世話になっていて反抗するということはしない。
「田所部長、痛いですよ。毎回叩くのは止めてください」
「なんだお前その髪。横、かりあげ過ぎだろ」
「これはツーブロックって言うんですよ」
この交番に来てからこの田所部長とずっと同じ交番にいて大抵のことは許してくれた。黒い髪なら髪型は特に自由にさせてくれる。でも田所部長は正義の塊みたいな人で検挙率が高く、町内の人には百パーセントと言える位の支持率を得ている。
「それより田所部長、この行方不明の事件ってこの交番に指示とか来ないんですか?」
「あ?これか……。知らないよ。なんだ、この事件に興味があるのか?」
「いや。そんなことはないんですけど……」
興味がないと言えば嘘になる。ここは田舎な交番で大きな事件と言っても特に高いわけでもないではない物が盗まれた位しかなかった。警察になったのも別に正義感とかじゃなくて安定した給与があって楽しめそうだからといった不純な動機だった。そんな気持ちで勤務を行っていたことで俺は過去に大きなミスを犯した。
悲惨な事件で……。
警察官になってこの交番に来た一年目の頃、この交番の近所の高校生の弟が男数人に拉致監禁されその高校生が助けに行ったが、抵抗むなしく弟を殺される事件。警察にその高校生の友人が通報をして現場近くにあった俺が所属する交番に連絡が入り、俺はすぐに向かったのだが現場がカーナビの範囲外の山にあり道に迷ってしまい一旦交番に戻り田所部長を迎えに行き再び現場に向かった。
しかし、事はもう手遅れになっていた。その時、俺は始めて後悔した。もっと真面目に町全体のマップを頭に入れておけばよかったと。殺された弟の兄貴には何も声を掛けることが出来なかった。田所部長はお前のせいじゃないと言ってくれたが俺はとても悔やんだ。
今回の事件も何となく似たところがあるような気がしている。
「おい今警視庁から連絡がきて、行方不明のことで総会があるらしい。東京都に隣接する県内の交番勤務の代表は今すぐに来いって。お前行ってこい」
俺が過去の事件を振り返っている時に連絡がきたようだ。なんで俺が行かなければならないと思ったのだが田所部長はきっと俺の気持ちを汲んでくれたのかも知れない。俺は行くことにした。だがここから警視庁までは距離がある。少し遅れるかもしれないという事を警視庁に伝えてもらった。
「それじゃあ行ってきます」
重い腰を上げパトカーは目立つので自分の自家用車で警視庁に向かった。只々のんびり運転するのが退屈で嫌いだ。たまに自家用車で運転してると違反する車を見たときにどうするべきなのか悩むことが多い。ほとんど場合は無視をする。ダラダラと運転すること数時間ようやく警視庁に着いた。東京都に隣接する県内の全部の交番勤務の代表が来ていてほぼ駐車場が一杯だった。何とか指定時間内に着くことが出来た。もう少し遅かったら車を停められないところだった。
久々に警視庁に来た。怖い顔の人が多く緊張する。俺は指定された階の会場に向かう。久しぶり過ぎるのと、あまり来たことがなかったので迷いそうになる。会場を何とか見つけ中に入る。多すぎる位の人が会場にみっしりと入っていた。席は前から詰めるシステムで一番後ろ以外はもう満杯に埋まっていた。しかも残り二つの席しか空いていなかった。人数分の席は用意してあると思うから俺は後ろから二番目に着いたことになるのか。
時間はもう指定の時刻になっていた。
「これで全員揃ったかね」
「すいません!遅れました」
時間ギリギリで最後の男が入ってきた。当然その男は最後の空き席の俺の隣に座る。かなり急いでいたんだろう。息が荒く汗だくだった。夏場で汗ばむのはわかるが少し汗臭い。俺より遅いなんてどこの交番に所属している奴なんだ?こいつは若く俺と同期か少し年下の奴だろう。
「それでは全員揃ったところで緊急総会を始める。今回集まってもらったのは昨日東京都で起きた行方不明の事件についてだ。それと今回は特殊事件としてこの方に指揮を執ってもらう」
歳は田所部長と同じ五十代位の紳士風な男が立ち上がった。何となくだが、確か警察官に成りたての頃に話したことがあるような気がするが誰だかは思い出せない。
「私が今回この事件で指揮を執らせてもらう、警視監の柳場孝造だ」
名前を訊いてもこれと言ってこの男とどこで話をしたことがあるのかは全然思い出せなかった。そもそも話をしたことは無いんじゃないかと思う。警察のトップでしかも警視監と話すこともその機会も無い。きっと気のせいだったんだろうと俺の中でそう落ち着いた。そういえば、柳場って……。
「今回、行方不明とされているのは警視監、柳場孝造さんのご子息というということで今回は特別に警視監殿直々に指揮を執って頂くこととなった」
警視監の息子か、なるほど。というか息子だからわざわざ総会開いて警視監の自ら指揮を執るってちょっとズルいんじゃないか?他の行方不明の事件じゃこんなに大掛かりな総会を開かないだろう。心配なのはわかるが警視監という立場を使うのはどうなんだと思う。
「今回はうちの息子が行方不明ということで、昨日の朝に遊びに出掛けてからの行方が分からなくなった。甘く育ててきたから少し心配でな、私用のように警察官を動かすのはどうかと思ったのだが申し訳ない。交番所属の皆には普段の交番勤務と併用して捜索をお願いしたい。どうか頼む」
「警視監殿が頭を下げる必要はありませんよ。皆協力してくれます」
総会の会場内が拍手に覆われた。確かに良い親父さんといった感じで協力したいと思える人だ。警視監という上位の立場なのに下位の交番勤務の警察官に頭を下げてまでお願いする光景なんて見たことない。それほど息子が心配なんだろう。皆その気持ちを汲みとったのだと思う。
それから、しばらく総会が続き、行方不明になった日の息子の朝の行動と会話やその日の服装と息子が良く行く場所などの情報の共有が行われた。
「それでは暫し休憩の時間とする二十分後には元の場所に戻ってくるように」
ようやく休憩に入った。実は始まって数時間経った時から腹痛に襲われていた。休憩に入った瞬間に腹痛を誰にも悟られないように余裕堂々とお手洗いに向かった。しかし、会場に一番近いお手洗いは既に長蛇の列になっていた。割と限界だった俺は帰って来れる範囲でお手洗いを探す。何とかお手洗いを見つけ個室に入った。五分位して出ようとした時だった。誰かが電話をしながら入ってきた。
「だから言ってるだろ心配するなって」
声は少し荒々しく低く渋い年代感ある声で、俺はその声の主に心当たりしかなかった。さっきまで総会で一番話していただろうその声。警視監の柳場孝造の声だ。こんなところで誰に電話しているのだろうか。電話は続き……。
「あいつが見つかり次第、俺が処分する。あ?大丈夫だ、あいつが警察に泣きつくことはない。俺が警視監だって知ってるからな。揉み消されること位理解はしてるだろ。だからお前は安心して被害者側を演じてればいいんだ。あぁそれじゃあ……。クソ!翔太の奴、逃げ出しやがって」
そう言い残して柳場孝造は出て行った。相手は誰だかはわからなかったし、柳場孝造からの一方的な声しか聞こえなかったから、話はよく分からなかった。だが断片的に気になることはあった。
「やべ、時間ギリギリだ」
時計を見たら後五分で休憩が終わる時間になっていた。俺はお手洗いから出る。急いだ甲斐あり何とか間に合った。戻ると柳場孝造の姿もしっかりそこにあった。俺は一番後ろの元の席に座り柳場孝造を凝視しつつさっきの電話の内容を考察する。
言い残していった言葉から柳場孝造が言っていた、あいつと言うのは行方不明の少年の柳場翔太で間違いないだろう。その柳場翔太は何かが切っ掛けに柳場孝造から逃げ出した。この時点でもう柳場孝造が述べていたその日の状況と話が食い違がう。遊びに出掛けたのではなく家出をしたということになる。
「それで実際の捜索手順なんだが……」
そして家でする切っ掛けになったものは柳場孝造にとっては不利になるもので警視監という上位の立場を使ってでも揉み消さなければならない位に重大なこと。極めつけは始めに言っていた処分するという言葉。柳場翔太を処分する意ならもう考えることはない。この柳場孝造という男は良い父親でも息子を心配しているでもない。只の外道だ。
事情と言ったことは知らないが自分の息子を殺そうと考えている奴が良い奴なわけがない。
「それでは皆さん尽力尽くして捜索を願う。何か情報が掴め次第、逐一報告してくれ以上。解散」
考察に夢中過ぎて総会の話や捜査手順の話を一切聞いてなかった。俺は隣に座っていた同年代位の男に話を訊くことにした。
「あの捜査どんな風に行われるんですか?」
「さっきの話聞いてなかったんですか?捜索は東京を中心に行い、その周囲の県は交番の勤務をしつつ捜索。他県に行った可能性は低く、東京を中心に捜索するのが良いらしいですよ」
「ありがとうございます」
東京を集中的に捜索か。でも柳場孝造は柳場翔太が自分から逃げたということをわかっているはずだ。だったらもう東京にいないと思うと思ったのだが。一番確率が高いのは子供のお小遣いでも行けそうな東京に隣接している県だと思うが、何故、柳場孝造は東京を中心とした捜索にしたのかわからない。だとしても俺の考えが間違っている可能性もある。どっちにしろ柳場孝造に見つかる前にこっちが保護しなといけない。取り返しのつかないことになる前に。
どこにいるのかわからない以上この件は俺一人では手に余る。協力者を探すのが良いのだが証拠もない。しかも相手は警視監だ。バレたら警察官人生、もしくは裏の組織との繋がりがあれば殺されるなんてこともある。こんな悪条件に協力するような連中はいないな。だが取り敢えず交番に戻ったら田所部長には報告しておく。
自家用車で警視庁を出た。この事件について考えれば考える程、あの過去の事件が頭を過る。特に今回の事件とあの過去の事件に何にも繋がりがあるわけでもない。だがどうしても思い出してしまう。こんなことは初めてだった。こんなにも鮮明に思い出すことはなかった。しばらくその情景が頭から消えないまま運転をし交番に戻った。
「おう、戻ってきたのか。今日はそのまま帰ってくれて構わなかったんだがな。ん?どうしたそんな暗い顔して」
「その実は……」
俺は田所部長に柳場孝造の電話内容をそのまま伝え、その内容と総会で話してた柳場孝造のその日の柳場翔太の動きとの食い違いを説明した。そしてここまでの事を踏まえて自分の考えを田所部長に伝えた。田所部長は少し嫌な顔をした後に考え込むように腕を組み難しい顔した。
「なるほど、しかしそれだけでは何とも言えんな。この話を誰かにしたか?」
「いえ……。まだ部長にしか」
「わかった。取り敢えずこの話は俺等だけに留めておこう。今日一日考えてみる。お前はもう帰って休め。また明日話そう」
「はい、それじゃあお疲れ様です」
田所部長に情報を共有することで少し気持ちが軽くなった。俺は交番から三十分の場所にある二階建てのアパートに帰った。アパートの二階に上がり最奥の角部屋に入った。狭くもなく広くもない一人暮らしには丁度いい広さだ。いつもは自炊しているが今日はもう疲れた。風呂に入ってゆっくりした。
数分経ち風呂から上がる。部屋着に着替えベットに倒れた。
どこにいるかもわからない柳場翔太を探すのは正直不可能に等しい。田所部長に話したからと言ってどうこうなる話ではないのかもしれない。でも無理だからといって諦めることは出来ない。俺が諦めたら柳場翔太はその父親、柳場孝造に殺されてしまう。そんなのはもう嫌なんだ。あの時みたいに間に合わなかったみたいなことも……。今回こそは助けてみせる。
それがあの過去の事件の償いにも繋がるような気がしていた……。