第6話 少年の心
俺の過去の話を翔太に打ち明けた。
五年前まで後悔な生き方をしていたこと。陽太という翔太に似た弟の存在と、その陽太が死んだ原因が俺の身勝手な生き方が生んだ出来事であること。翔太に対する思いは実際、陽太という翔太にとっては関係ない者に対する思いだったということ。翔太のことを思ったり、親切心とか正義感といったことで翔太を誘拐したわけではないこと。
翔太は只俯いて俺の話聞いていた。翔太はきっと今複雑な感情で俺の話を訊いていると思う。一週間とちょっとの間、家族として迎えてくれた人が自身のことを思っておらず、無関係な本当の弟という存在への思いで、只利用されていただけなんて。結果的には助けて貰ったことになるが、それは自分に対する思いではなかった。翔太は今複雑に何を思うのだろうか……。
俺の元にもう翔太はきっと帰ってこない。だがそれが翔太には一番良い選択なのかも知れない。俺の元にいたって翔太が幸せになれるとは限らない。俺は翔太に戻ってきてもらいたいという気持ちがある。でもそれは陽太に対する思いで翔太に対する思い出はない。俺なんかより、もっと翔太のことを思ってくれる人は多くいる。その人と家族になった方が翔太の為にもいいだろう。
「ごめんな……。……翔太」
俺はそっと立ち上がり翔太の元から去ろうとした。一歩と進んだところ翔太が俺を着ているプルオーバーパーカーの裾を掴んだ。
「待って……」
裾を掴むか細い手から翔太の顔に目を向けていくと、翔太は少し目を潤ませていた。その時の翔太の声は出会った時と同じ震えた臆病めいた声だった。その一言から少しの沈黙が流れ翔太は再びに口を開いた。
「僕、兄ちゃんに何か事情があるのはわかってた」
「えっ……」
「初めて会った日に教えて貰ったんだ」
翔太がこの時何を言っているのか意味がわからなかった。初めて会ったあの日に俺に事情があることを誰かに教えて貰ったという。俺は勿論話ていないし、翔太が俺以外の人とは話ているはずはない。一体どういうことなのだろうか。
「誰に教えて貰たんだ?」
「……翔太だよ……。兄ちゃん二重人格って知ってる?一年前に四日間暗い部屋に閉じ込められたことがあって、ご飯も貰えなかった。二日目位で僕は限界を迎えた。三日目、四日目の記憶はなく気が付いた時には目の前に温かい食事が用意されてた。父親が「今日のお前は良かったぞ」って言ってきてその時は何を言っているのかわからなかった。でも何回かそんなことがあって、そのうち感じるようになったんだ。もう一人の翔太を」
翔太は震えた声で話してくれた。自分が二重人格だということを。確かに過度なストレスや精神的な痛みで本当の精神を切り離して別の精神が表に出てくるということがあるらしい。そういえば確かに何回か不可解に思ったことがあった。初めて会った時は臆病だけど勇敢に憧れる翔太、家に来てから一週間とちょっと一緒に過ごした時は明るくしっかりとした翔太だった。印象は確かに違った。
でも二重人格ということはわかったが、それがどうして俺に事情があることを知ることが出来たのかがわからない。
「翔太が二重人格だというのは俺も思うところあった。でも俺の事情がそのもう一人の翔太が翔太に教えたというのはどういうことなんだ?」
「もう一人の僕は人の感情が過度にわかるんだよ。兄ちゃんと話した時に兄ちゃんから悲しいという感情が伝わってきた。それを僕に共有してくれて、そのままもう一人の僕に兄ちゃんの様子を見てて貰っていたんだ」
正直翔太が言っていることのすべてが理解出来たわけじゃなった。でも翔太がこんな非現実的なことを言う子ではないと思ている。だから翔太が話すことを俺はすべて受けれた。
「じゃあ今の翔太が本物というわけか……。でもどうして本当の翔太が出て来たんだ?」
「今の僕自身が兄ちゃんのことを本当の意味で信用出来たからかな。初めに会った時は、両親みたいに暴力を振るって来るかもしれないと思って少し不安だった。けど兄ちゃんの話を訊いて兄ちゃんにも悲しい体験があることがわかって、だから両親みたいに酷いことはしないって思ったんだよ」
「そっか……。俺のことを信用してくれたんだな。嬉しいよ」
「兄ちゃんがどういう思いで僕のことを家族として迎えてくれたかは関係ないよ。僕は兄ちゃんの家族になりたんだ。本当の家族に」
そう言ってくれることが俺は素直に嬉しかった。翔太が俺の元に本当の家族として戻ってきてくれる。それが本当に嬉しかったんだ。もう俺は翔太を手放さない。例えどんな逆境の前に立たされてもそれを乗り越える思いでいた。
「ありがとう翔太……。俺、お前の兄ちゃんとしてこれから頑張るから、よろしくな翔太」
「うん、兄ちゃん」
俺は座っている翔太に手を伸ばす。翔太はそれを掴み立ち上がる。暖かい翔太の手の温もりを感じ目が潤む。兄ちゃんとして翔太の目でもう涙を流したくはなく何とかして引っ込める。翔太は少し涙していた。俺は優しく翔太に微笑みかける。そうしたら翔太も笑顔になってくれた。俺と翔太は手を繋いだまま雨が止むのをそのまま待っていた。
「そういえば、そのもう一人の翔太とは今どうしてるんだ?」
「わからないんだ。僕が出てくる時に消えちゃったのかも知れないし、僕の中で眠っているのかも知れない。対話が出来ないんだ」
「そっか……」
「もしかして兄ちゃん。あっちの僕が良かった?」
「いや、俺は本心の翔太が一番好きだ。あの子も翔太の一部なのかも知れないけど、最初の翔太自身と過ごす方が温かく感じるんだ」
「僕も兄ちゃんといるととても温かいんだ。一緒だね」
お互い二人の温かさを感じていた。
「でもね兄ちゃんの陽太さんへの思いが少しでも僕の方に向いてくれたいいな」
「うん」
この時点で陽太に対するだけだった思いが翔太の思いに変わりつつあった。これからが本当の意味での家族になり翔太が真意で幸せになれることを俺は思う。
翔太との生活三日目
翔太の顔の痣は少し薄くなってきたがまだ外には出せない。テレビは相変わらずどこのチャンネルでもニュースになっている。翔太はニュースになれたのか反応しなくなった。俺は子供の頃に完成させることが出来なかったパズルを取り出す。
「翔太今日はパズルしようか」
昼飯を挿みながら翔太と一緒にパズルをする。五百ピースあるパズルで時間を潰すには丁度良かった。結局その日には完成できなかった。
夕飯は海鮮丼を作った。




