第5話 過去への戒め
陽太が死んでから数日が経ち葬儀が滞りなく行われた。陽太の小学校の教師、仲の良かった友人達とその保護者、健八と連が参加し皆が涙を流し陽太を弔った。
俺の心に空いた大穴は未だに塞がらない。あの病院で以来、親とは一言も話していない。そもそも俺は今日まで自室に引き籠っていた。陽太の死んだ原因知った小学校の教諭、友人の保護者は誰一人として俺と目を合わせようとはしなかった。性格も良く友達も多かった陽太を俺自身の行いで殺してしまい、それを誰しもが許さなかった。
葬儀が終わり俺は誰に何も告げることなく家に帰った。玄関を開ければ陽太がいつもみたいに元気に出迎えてくれるんじゃないかと思いながら玄関を開く。しかし、やはりそこには誰もいない。家は静まり返り元気な陽太の声が聞こえなかった。リビングにもキッチンにも風呂、トイレ、親の部屋、陽太の部屋、どこからも陽太は聞こえない。俺は自室のベットに倒れた。何もするわけでなく只、陽太のことだけを考えていた。
しばらくして親が帰って来た。特に俺の所に来るわけでもなく、静かな時間がこの家全体に流れた。そんな時間が只々過ぎていき、いつの間にか夜更けになっていた。親ももうこの時間なら寝静まっただろう頃に俺は自室を出てキッチンに向かう。キッチン横のリビングに明日行われる告別式の時間とおにぎりが置いてあった。多分母親が作ったんだろう。おにぎりを食べ明日の時間を確認し風呂に入った。
いつもなら陽太と一緒に入っていた風呂を一人で入ると心成しか湯が冷たく感じとても寂しかった。寂しさに耐え切れず俺は風呂を上がった。俺は自室の隣にある〝陽太”と書かれた部屋に入る。陽太の小さなベットに座り身体だけを横に倒した。いつも見ていた陽太の寝顔を思い出し横に涙が少し流れる。しばらくすると俺はそのまま眠ってしまっていた。
次の日に行われた告別式の滞りなかった。火葬場に送り骨と成った陽太を見て陽太がまだ小さな子供であることを実感した。これから人生まだまだある小さき命を俺が奪ったということに罪悪感と絶望で溢れかえった。心の大きな穴がその気持ちで埋まっていく。心がおかしくなりそうで、今にも狂い壊れてしまいそうだった。
陽太を墓に埋葬し終わり親と小学校の教師陣と友人とその保護者は帰って行った。俺はその場に残り、只突っ立ていた。何時間と何分とその場に。次第に雨が降り出してきた。頬に雨の雫か何かが流れる。
「陽太、俺のこと恨んでるだろ。俺のせいでお前は……。……死んだんだからな……」
語りかけた声に陽太の返事など返ってくるわけはなかった。俺は静かに陽太の前から去った。雨の中、傘を持たぬまま家に帰り、玄関を入って父親と鉢合わせをしたが、俺は構わず陽太の使っていた部屋に入った。陽太の使っていた机や椅子、ランドセル、ベット全てに陽太を感じる。今日も陽太を少しでも感じたく陽太のベットで寝た。
『兄ちゃん……。兄ちゃん……。助け……て……』
何かとても見たくない悪夢を見たような気がした。目元が少し濡れていた。今日から学校に行くことになっていて昨日風呂に入らなかった分朝風呂に入る。家にはもう誰もいなかった。菓子パンを食べてから制服に着替えて学校に向かう。しかし、気が付くと足は陽太の通っていた小学校に向いていた。小学校の校門に立っていた陽太の葬式に来ていた教師が俺を見て睨んだ。
俺がここにいるのは子供にとって悪影響につながると思われているらしい。俺は自分の学校に向かった。学校では俺と陽太の話で持ち切りになっている。校庭、裏庭、校門、廊下どこにいても俺への視線と俺と陽太の話題が聞こえてきた。一年二組の教室はいつもより騒がしく、勿論聞こえてくるのは俺の名前と弟の名前ばかりだった。
俺が教室に入った瞬間に誰しもが静まり返った。平然と自分の席の椅子に座る俺を見てか誰かが小声で「殺人犯のクセに良く学校来れるよね」という。それから小声で話出す人が少しずつ増えてきた。その時クラスでも人気者でお調子者だがいつも俺達にビビってた奴が近づいてきた。
「なぁお前が弟を殺したって本当かよぉ。警察騙くらかして仲間五人を見捨てて逃げ延びたらしいじゃん」
学校では俺が殺したということになっていた。実際俺が殺したようなもので否定するきもなかった。俺はそいつの言葉に無視を続ける。健八と連がこの話題に対し否定をし続けていてくれたようだが誰もそれを信じようとはしなかったらしい。これが日頃の行いってやつかと思った。
「まぁ殺したくもなるよなぁ。たまに見かけるけど兄貴好きすぎていつもくっ付いてたもんな。鬱陶しいと思ってたんだろう、うざいって思ってたんだろう。まぁでも、大好きなお兄ちゃんに殺されたんだから本望だったと思うぜ」
俺の心に空いた穴から憤怒が巻き上がった。心の穴が空いた時から感情が表に出やすくなり、その怒りはそいつに向いた。全力でそいつの顔を殴り付ける。馬乗りに何度も殴り付けた。女子生徒の悲鳴と男子生徒の俺を止める為に荒げる声が一年二組周辺に響いた。俺を止めようとする男子生徒を払い除けそいつを殴り続ける。その時に俺を止めたのが健八と連だった。
俺は冷静さを取り戻し、倒れたそいつを見て一気に血の気が引いた。手に付いた血があの日を思い出させる。騒動に駆け付けて来た榊谷と教師陣は俺に話を訊こうとするが、俺は無視をして教室を出て行く。榊谷が俺を呼び止めようとするが今の俺は聞く耳を持たなかった。榊谷も俺の事情を知ってるのかそれ以上に止められることは無かった。
そのまま家に帰ると今朝仕事に向かった親が帰ってきていた。俺が午前中に帰って来たことには特に触れることもなく俺はいつものように自室に向かった。
「真人少し話があるんだ」
何日かぶりに父親から話かけられた。何やら話があるらしく俺をリビングに通す。母親もいて三人で話すのはすごい久々だった。
「実は俺と母さんは海外で仕事することになった。お前はここに残ってもらって構わない。学費、生活費、これからの大学代も今後振り込んでいく。お前はここで自由に暮らせばいい」
別に俺も付いて行くという選択肢もあったはずだったが選択権の余地を与えられなかった。親からしたら一番可愛い息子が死んだ原因な奴とは一緒に住みたくは無く、顔すらも合わせたくはないんだろう。証拠に母親はこの時一切俺のことは見なかった。俺から逃げて全てを忘れたいという気持ちが伝わってきた。俺は了承した。
次の日には必要最低限の荷物を持ち親は出て行った。どちらも悲しむことなく別れた。たまには帰ってくるとは言っていたがもう二度と合う事はないと思った。こうして俺の家族は誰もいなくなった。
あの件以来、学校には行っていない。成績上位者ということで停学で済んだが停学が終わっても行かなかった。健八と連とも会ったのはその日が最後だ。最低限出来ることは自分でやり極力家からは出ないようにしていた。
一年位が経って、ようやく俺の心の穴が塞がりかかった。それと同時期に未だに在学となっている高校に行くことにした。最初に職員室に寄って榊谷とその他教師陣に挨拶とこれまでの非礼を詫びた。榊谷は俺が学校に来たことに嬉し泣きをしていた。俺はもう不良なんて後悔する生き方を止め普通の学生となった。廊下を歩く俺を覚えている人は少なかった。二年二組が俺の教室、生徒は元一年二組の顔ぶれと変わらなかった。
健八と連もついでにあいつもいた。健八と連は俺に何事もなかった様に話掛けてきた。それから普通に学校生活を送っていた。高校卒業まで特になにもなく普通に学生をしていた。陽太のことを忘れることは無くそのまま大学まで上がった。健八と連も同じ大学に行ったが入ってから会う事は無く、俺は二人を避けていた。
心の穴はまだ塞がりかかった状態で、またいつ崩壊するかわからなかった。だから二人にはこれ以上迷惑を掛けたくなかった。陽太への罪の意識が消えないことには心の穴は塞がらないんだなと思っていた。
それから三年間誰とも過ごし事無く一人で生きていた。そんな大学三年の暑い夏の日に陽太と背格好が似ていて、あの時の陽太と同い年位の少年が地面に座り込んでいた。塞ぎかかった心の穴が動かされた。この少年なら俺の心の穴を塞いでくれるかもしれないと思ったが話掛けることは出来なかった。俺の身勝手な行為でまた辛いことが起きるそんな気がしたからだ。しかし、あの少年のことを思い出すたびに陽太の顔が浮かんでくる。この少年と話せばきっと何かが変わるのかも知れないと思い声を掛けた。
臆病だが勇敢に憧れるそんな少年を見て俺は心震わせた。今目の前にいるのは陽太なのかも知れないという、そんな幻覚に襲われていたような気がした。次第にその少年に心惹かれ、少年が倒れた時に家に連れ帰ることにした。体の痣を見て事情があることがわかり不幸というのなら俺が幸せにしてやりたかった。
この陽太に似た少年を幸せにすることで陽太への償いに繋がるのなら俺は何でもしてやるつもりでいた。誰の為ということではなく俺は自分の心の穴を塞ぐために少年を……。
翔太を誘拐した……。