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少年の幸福  作者: 結ヰ織
【第1章】 
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第4話 過去の事件

 「よ、陽太か……」

 「……。そうだよー、お兄ちゃん」


 俺はその声に絶句する。声の主は陽太ではなく、聞き覚えのない男の声だった。周りからは数人の喋る声と笑い声が聞こえてくる。陽太の声は一切聞こえてこない。考えたくない光景が頭に浮かぶ。携帯を持つ手がさっきよりも震えが酷くなる。


 「お前は誰だ……?なんで陽太の携帯を持っている?」

 「後二十分で町外れの山にある工場跡地の倉庫に来い。話はそれからだ」

 「遅れると君の大事な弟君が大変なことになるから急ぎなね」


 こちらの質問に複数人に電話を代わり話してきた。再びに問いただす前に電話は強引に切られた。果てしない絶望感に落とされる。今すぐにでも動かさなければならない足が動かない。〝どこ居ても助けてやる”と俺は陽太と約束した。だがどうしても足が……。


 『兄ちゃん……。助けて……』


 どこからかは不明の声が流れてきたようば気がした。今にも泣きそうな陽太の声が聞こえる。幻聴であることはわかっている。だがその幻聴に心が憤怒する。今にも陽太が泣きそうな時に俺は何を考えているんだと。足は本能的に動き、町中を探し周って疲れてるはずなのに足が軽く動く。普段は停まらなければならない赤信号を陽太を助けたいという本能が停まることを許さない。


 電話を取り出し健八と連にも場所を伝えておく。二人は範囲を広げ隣町、その隣まで捜索をしてくれて工場跡地に来るのはきっと遅くなるだろう。後十分で行かなければならない。待ってる余裕は無かった。山の足元の悪い道をスピードを緩めることなく走る。走る先に古びた工場が見えてきた。どうやら時間内には着いたようだ。


 停まることなく走った影響で息が荒くなるが整えてる時間はない。その工場の入り口から中に入る。中は何故か光が灯っていた。この工場は使われなくなって何年も経つ。電気が流れてくるはずがなかった。不思議と電気で明るく灯った入り口から倉庫に続く廊下を歩いていく。建物内は老朽化が進み崩れている所もある。後は異様な臭いがする。臭いを嗅ぎ続けると頭がふらつく。


 奥に進んだところで複数人が話す声が聞こえてきた。この場所が倉庫のようだ。倉庫の錆びたドアをスライドさせた。中は広い空いた空間になっていて機械の部品や窓の割れた硝子が散乱している。


 「時間ギリギリだな」


 最初に電話に出た時に訊いた男の声だ。その声の聞こえた奥中央に目を向ける。俺の目に飛び込んできたのは大人であろう五人が柱に縄で括り付けられ、口を鉄製の口枷を填められた陽太の周囲の椅子に座っている光景だった。小学生の陽太にここまでするのかと心底怒りと殺意が込み上げる。陽太は俺を見て涙を流す。


 「テメェ等、小学生相手に少しやり過ぎなんじゃねぇか」

 「ハハハ、お前がそれを言うのかよ。お前四日前に中坊五人をボコったよなぁ。あれ俺達の弟なんだ。君もそうとうやったよね?弟の頬凄く腫れちゃってね。今学校に行けてないわけよ」

 

 五人の中でリーダーの金髪の男が前に出て来た。こいつが陽太を殴った中学生の兄のようだ。他の連中は椅子に座って見てるだけで動かない。こいつ一人なら倒せそうだが陽太の周囲にいる残り四人が陽太に何をするかわからない。


 「先に陽太を殴ったのはお前の弟だ。落ち度はそっちにあるはずだ」

 「どっちが先手とか関係ないんだよね。全ては結果だから、重度の負傷を負わせた方が悪いでしょ普通。だからさぁ土下座して謝ってくれる?」

 「テメェふざけるな!陽太も殴られてんだ。結果とか関係ない」

 「別に良いんだよ、謝らなくても。その代わりに弟君には俺達全員の弟が受けた分の賠償として面白い動画を取らせてもらうから」


 陽太の周囲にいる二人の男が立ち上がり一人の黒髪の男はスマホを横に構えもう一人の茶髪の男はポケットからナイフを取り出した。陽太の首筋をナイフ側面で流す。陽太は今は声を出せないが助けを求めてるのがわかる。そしてリーダーの男が再びに声を上げる


 「さぁこれからこの桐島陽太君を殺しまーす」

 「待て、土下座するから止めてくれ……」

 「君ならそう言うと思ったよ。さぁ土下座始めてくれ」


 二人の男達はナイフとスマホをポケットに戻し舌打ちをして再び椅子に座る。あいつらは躊躇いなく陽太を殺そうとする。もう逆らうのは止めよう。俺は自らのプライドを捨て地に膝を付け手を付ける。陽太を救う為に俺は頭を下げる。


 「今回この件は俺が全て悪いです。すいませんでした」


 俺は唇を嚙みしめ屈辱に耐える。これで陽太が帰ってくるのならどんなことにだって耐えてやる。たとえこいつら全員から殴られようとも陽太を守れるなら。


 「良いね、話が早くて助かるよ、まぁここからが本番なんだけど」


 リーダーの男は陽太の元に行き他四人の男達が土下座している俺の方に寄ってきた。土下座してる俺の身体を起き上がらせ男二人左右で俺の腕を押さえ、足を足に引っかける。もう一人は俺の後ろに回り首に腕を回す。最後の一人はナイフを再び出して俺に向ける。完全に動きを封じられた。貧弱そうに見えて凄い力で押さえられる。


 「一体何をするんだ……」

 「何って、君の弟君に俺達がやられた分の仕返しをしなくちゃ。痛み分け両成敗的な感じだよ。こうなったのは君のせいなんだから、自分の行いを後悔するんだねぇ」


 毎回職員室で榊谷が言っていることを思い出した。〝このままでは必ず後悔するぞ”俺の生き方がこの状況を生んだ。俺が喧嘩なんてしない、もっと普通な兄ちゃんだったら陽太はこんな目には合わなかったのか。俺は自分自身の行いに後悔した。

 

 リーダーの男はポケットの自分のナイフを出しナイフの側面で今度は陽太の頬に流す。陽太は再びに声の出ない声を出す。俺は必死に抵抗するがまったく動けなかった。もっと俺に力があればと再び後悔した。


 「そんなに抵抗しても無駄だよ。そんなことより今から始まるショーをもっと近くで見たくない?」


 俺を押えている左右の男達は足の引っかきを外し歩かせる。足が解放されて強引に動こうとしたところ、後ろで俺の首に腕を巻いている男が腕を引く。俺の首が絞まり呼吸が出来なくなる。苦しい、意識が落ちそうになる。寸前のところで腕が緩んだ。俺は一瞬の恐怖に抵抗できなくなった。そのまま歩かされるままに歩き陽太までの距離一メートルというところまで連れてこられ再び先同様に押さえらえる。


 リーダーの男は陽太の口に填められている口枷を外す。


 「兄ちゃん……」

 「絶対に助けてやるからな陽太」

 「うん、待ってる」


 ようやく陽太の声が訊けた。それだけで力が湧く。全力で抵抗すると押さえている連中も疲れて来たのか少し動けるようになってきた。この距離なら抜け出せさえすれば一瞬であのナイフを押さえることが出来る。もう少し、もう少しで陽太を……。


 何かが刺さる音が微かに聴こえた。


 男は陽太の縄を解き、そのまま陽太は俺の身体横に擦れて前のめりに倒れた。赤黒い血が俺の靴に流れてくる。一気に工場全体が鉄分を含む赤黒い血の臭いで一杯になった。明らかなこの状況が理解できなかった。目の前で陽太が血を流して倒れているのを見ても理解できない。


 「アハハ、死んじゃったよ。まぁ五人分の仕返しって言ったら死ぬ意外ないか。でも感謝して欲しいよなぁ、一撃で殺してあげたんだから」


 俺の思考と理性は消えた。もう本能のまま俺を押えてる奴らとナイフを俺に向けてる奴、そして陽太を刺したリーダーの男を殺さずにはいられなかった。今の本能で動く俺にはさっきまでびくともしなかった押さえが簡単に破れる。首に巻かれた男の腕に噛み付き外させる。押さえが消えたところでナイフを向ける男を一殴りしてから他の連中を殴り倒す。


 最後にも残った、陽太を刺した男を蹴り倒し倒れたところをさらに蹴る。何度も何度も蹴る。そいつが落としたナイフを俺は拾い何も考えず振り上げ力一杯に振り落とす。だが腕は降りてこなかった。その瞬間に本能が消え思考と理性が戻った。駆け付けた警察官にナイフを持った手を押えられていた。


 この状況がやっと理解できたのか、頬を涙が流れてきた。その涙は止むことなく出続ける。心に大きな穴が空いたように、悲しいという気持ちが暴走する。俺は見ず知らずのこの警察官の胸で泣いた。警察官は励ましのことばを掛けてくれていたようだったが俺にはまったく聞こえて無かった。


 しばらくして涙は止まったが心の大穴は空いたままだった。男達は全員生きていて警察に全員連行された。警察は健八と連が呼んでくれた。俺は陽太の元に駆け付ける。すでに陽太は動かなかった。俺は陽太の頬手で触れる。柔らかかった陽太の頬が少し硬くなったのを感じた。再びに涙がこぼれる。


 「ごめん、ごめんな陽太……。お前を守るって誓ったのに。守ることが出来なかった。無力な兄ちゃんでごめんな」


 陽太は救急隊員に運ばれて行った。まだ、生きているのならと祈った。膝から崩れた俺に警察のおじさんが寄ってきた。どうやら俺に出来事の話を訊きたいようだった。俺は事の発端から現状まで全て話した。話した後陽太の運ばれた病院まで送ってもらった。医者の話だと出血量と刺された位置が悪くさっきの段階ですでに事切れていたらしい。俺は再び膝から崩れた。駆け付けて来た親は医者に死因を訊いた後、涙を流しながら父親が「お前のせいで」と言いながら何度も俺を殴った。馬乗りになって殴り続ける。


 抵抗なく殴られ続ける。


 俺の心の大穴は広がり続けた……。 

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