第22話 訪問者3
取り敢えず話ことにした。
田所さんはともかくこの滝川というツーブロックな髪の警察官は俺の過去を知らないはず?だ。もしかしたら何処かで遭ったことがあるというのはあの事件の時かも知れない。だが違うかも知れない。なら最初っから話した方が得策だ。話がスムーズに動く。
「それじゃあ話します。最初っから経緯を五年前から……」
五年前の悲劇の過去を一から全てノンストップで翔太に話したのと同じ話をした。弟である陽太が俺に憧れ臆病なりにも力を持った強い人間だったこと。そんな陽太を俺の生き方が招いた最悪な事態に巻き込まれ俺の目の前で殺されたこと。それからは心の穴が塞がらないまま一人で最近まで過ごしていた。親は俺から逃げて行き、友人は自らで疎遠にしていき縁を切った。
「こないだの訪問で真人君のご両親が出て行ったのは訊いていたが友人は大切にした方がいい。相談出来る友人がいるだけで人生も変わっていただろう。一人で抱え込むことも無かっただろ」
もし俺に友人が残っていて翔太のことを相談してどうする?一緒に翔太を匿うなんてこと出来るだろうか。無理だろ。俺には特殊な事情がある。例え俺のその特殊事情を知ってる健八と連に話をしても家で匿おうなんて考えにはなっていない。
話を遮った田所さんの話を無視しそのまま話を続けた。
陽太を失った俺は自ら孤独を選び一人穴を塞ぐことを考え続けた。そんな人生が続いて今年の夏初期、俺の運命を変える出会いをした。一人自販機の横に座る暗い顔をした、陽太に背格好と雰囲気の似た少年と。その少年を見た時に心の穴が揺らぎ塞がれそうな感覚になっていった。最初はそんな訳はない。陽太がこんなところにいる訳がないと無視をした。再びその少年を見た時も何度もその少年が陽太と重なって見えた。
心の揺らぎを感じた時には少年の前に座り話しかけていた。話す時の怯え方が陽太に似て見え、どんどんとその少年から陽太を感じるようになっていった。少年の顔を見た時に頬に痣があるの知り何か問題を抱えたこの少年を陽太と思い込むことで陽太への罪滅ぼしをしようとした。
少年、翔太が父親、家族から虐待を受けていることを知り家族の愛を知らない翔太に俺の弟になって貰い陽太を感じ、罪滅ぼしに利用した。
「もういい!真人君、君の精神は異常だよ。そんなの君のエゴでしかない。君のエゴで翔太君を縛り付け精神的に監禁してる。そんな君に翔太君の問題を解決することなんて出来ない」
「そんなことわかってるんです!翔太にもこれと同じ話をして翔太はそれでも一緒に居たいと言ってくれたんだ。それからは陽太を感じる為じゃない。翔太をも大事に同様に一番大切にしたいと思ったんだ。だから、俺を逮捕して翔太を警察のトップである父親に連れ戻そうとするなら事を起こしてでも止める」
真意からの迫真な俺の言葉に警察官の二人は言葉を失っているように見えた。あんなに俺を睨むように凝視していた滝川という警察官は何か落ち込んでいるかのように目線を下に落とし首を曲げ下を向いた。
「話は以上です。これで今日は帰って貰えますよね。帰らないと言うのなら……」
「滝川、今日は帰ろう。真人君をこれ以上刺激しない方がいい。それに君も話せる気持ちじゃないんだろう。真人君、俺達が来たことで別に警察の集団がこの家に攻めて来ることはない。安心していい。それに君の為にも今はこの家の留まっていた方がいいと思うよ。それじゃあ邪魔したね。翔太君をお大事に」
二人の警察官は本当に帰って行った。出て行った玄関の鍵を閉めリビングの掃き出し窓のカーテンを閉め外からの情報を完全に遮断した。カーテンを閉め切ったところで全身のこわばってた力が一気に抜け膝から崩れる。汗が流れるように出てきて頭が少しクラついた。脱力感に苛まれた。
田所さんが帰り際に『警察の集団が攻めて来ることはない』と言っていたことを完全に信じる訳じゃないがそんな感じがして、警戒心を解いた。崩れた膝から再び立ち上がり、ふらつきながらもソファで眠っている翔太の方に近づく。翔太は未だ意識は不明だ。あれからも翔太に異常はなく、いや確かに急に倒れ未だ目を覚まさない状況は異常であるが、その只眠っているように見える翔太を異常な事態とは思えなかった。呼吸もいつも寝ている時の小さな寝息と同じ、翔太の胸に手を置いて心臓の鼓動を感じとるも安定している。
いつ起きるのかわからない。翔太が起きるまでは俺は起きていようと思う。翔太がこうなった原因があの警察官の二人である事は確かなことだ。だから、もし目覚めた時にそれがフラッシュバックでもした時に翔太がパニックに陥る可能性だってある。そんな時に俺がすぐに落ち着かせ宥める必要がある。だから俺は翔太そばで目覚めるのを待つ。全身に力が入らない脱力感の中翔太が起きるまで待つのは正直辛かったが翔太が目覚めた時に感じる不安を考えたら俺の辛さなんて微々たるものだ。
重く脱力な身体を無理やり動かしコーヒーを淹れる。コーヒーを淹れ終わりリビングにある椅子をソファの横に置きそこに座って翔太が起きるのを待つ。何時間も何時間も翔太が起きるのを待つ。
そのうち自分に意識はあるのか、わからない時がたまにある。その時はいつの間にか時計の針が進んでいた。コーヒーの効果も無くなり買いだめしてある某爪のエナジードリンクを冷蔵庫から取り出して飲む。翔太は一体いつ起きるのか。
「このまま起きないなんてことはないよな……。翔太……」
もしこのまま起きなかったら病院に連れて行くしかないと思うんだが、でも俺が連れて行くことは出来ない。いや連れて行ける人自体存在はしない。翔太の父親はそもそもの論外だ。病院に連れて行けないのだから俺が出来る限りのことするしかない。翔太の状態の確認はこまめに行う。心拍音、体温、呼吸の大小をしっかりチェックする。
相変わらず翔太の体調面では異常はない。このまま体調の異常は見られなければいいのだが。
そのまましばらく翔太の体調の管理を行いながら翔太が起きるのを待っていた。気が付くと閉めたカーテンから光が指し込んできた。翔太は起きないまま朝を迎えてしまった。只眠っているだけなら朝になった今起きるかも知れない。
翔太がいつ起きてもいいように翔太の隣で朝食の菓子パンを食べながら待つ。
それでも一時間位経った八時過ぎ……。
翔太はまだ目覚めなかった。




