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少年の幸福  作者: 結ヰ織
【第1章】 
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第2話 幸せの定義

 八月八日木曜日

 翔太と出会ってから一緒に生活してから丁度一週間が経った。


 翔太の顔に出来た目立つ頬の痣はすっかり綺麗に消えていた。しかし体の痣は未だに消えていない。長期にわたり受けた虐待の痣はそう簡単には消えない。早く虐待を思いだす要因のモノが消えてほしいと切実に思う。頬の目立つ痣が消えたことにより危険ではあるが一緒に出掛けるなどして外に出してあげないとこの小さい家では退屈で幸せな生活とは言えない。


 しかし実際の問題は深刻でテレビではとっくに名前だけではなく顔も出てしまっている。このまま一緒に出掛けても他人の空似で通すのは難しいだろう。とにかく変装は必須な条件として、他にも印象が変わるように出来ることをしようと思う。


 「翔太ちょっと来てくれ」

 

 翔太はさっきまで食べていた朝食の皿をリビングと直結しているキッチンで洗い物をしていた。家の家事は二人で分担して行うと翔太との生活一日目で決めていた。そんな翔太が洗い物の手を止めて俺の方に来てくれた。


 「なに?兄ちゃん」

 「これから翔太と一緒に出掛ける為にもテレビで出てる写真の印象と変える必要がある。出来る限りのことをしたんだがそれに対して何かあるか?」


 自分の印象を変えるというのは簡単に聞こえるが実際は大変な事だ。大げさに言えば今までの自分を否定して新しい自分になるということだ。例えば自分の好みに髪を伸ばしていたが印象を変える為に好みでもない、短めにするといった自分が嫌なことをするということもある。その為に翔太の意見を聞くことが重要だった。


 「兄ちゃんと一緒に出掛けられるな、僕は何でもするよ」

 

 そう言ってくれるような気は少ししていた。この一週間生活してみたが一回も文句だったり意見を言ったことは無かった。もう少し自分を出してもらいたかったが、実際まだ一週間しか経っていない。遠慮する気持ちがまだ少しあるのかもしれない。時期に慣れていければいいのかもしれないな。


 「わかった、それじゃあ手始めにその伸びきった茶色の髪を切ってもいいか?」

 「うん、大丈夫。兄ちゃんが切ってくれるの?」

 「あぁ任せとけ」


 一番、翔太には被害が少なそうな伸びきった髪を切ることにした。しかし、このまま床屋や美容院に行って切ってもらうわけにはいかない。仕方なく俺が切るのだが昔は貧乏で俺が弟の髪を切っていて自信はあった。


 変にならないように慎重に切っていく。最後に切ったのは()()()だったから緊張する。写真では伸びきった髪をしていて首下まであった後ろ髪は首筋より少し上目に切り前髪も眉上まで切った。後はそれに合わせて左右を整えた。切ってなかった時期が長かったが意外としっかり出来た。


 雰囲気はかなり変わった感じだった。茶髪の髪を黒く染めるところまで考えていたがそこまで大がかりなことはしたくなかった。翔太は鏡に映る自分の姿を見て少し照れていた。


 「後はこれに帽子でも被っていけば大丈夫だろう」

 

 白いキャップを翔太の頭に被せた。結構写真の印象とは変わって見えた。帽子を被せれば結構人違って見えることがわかる。顔を隠す為に少し深く被ってもらう必要があった。

 

 「この帽子は?」

 「あぁ俺が翔太と同い年位の時使っていた帽子だ。綺麗に使ってたからそんなに汚くないから安心しろ。やっぱり新しいのがいいか?」

 「いえ、これが良いです」


 よっぽどこれが気に入ったのか嬉しそうに帽子を眺めていた。何の変哲もない帽子なのに何がそんなにいいのだろうか。でもまぁ気に入ってくれたならそれでいい。これで近所程度なら歩いても大丈夫だろう田舎ということもあって人も少ない。大丈夫だとは思うが少し心配でもある。地元で俺を知っている人からすれば知らない子供と一緒にいるのを見て変に思う人もいるかもしれないが()()()からあまり近所付き合いはしなくなり、地元をそんなにぶらつかなくなった。多分昔から知ってる人でも俺の存在に気付かないと思う。


 「じゃあ買い物でも行くか」

 「うん」


 取り敢えず試してみないことには何もわからない。見つかりそうなら走って逃げればいいと思っていた。翔太には帽子とマスクを付けさせ服は俺と弟の服を貸し、夏なのにパーカーというのは相変わらず仕方ないことだが出来るだけ薄い白のパーカーを着せた。これで大丈夫かなと緊張しながら玄関に足を動かす。緊張に心臓の鼓動を早くしながら玄関の引き戸をスライドさせ外に出る。


 玄関を出た瞬間に俺も翔太も同時に伸びをした。思ったが俺も外に出るのは一週間ぶりだった。週に一、二回の買い物で一週間分の食材を買っている。丁度先週、翔太と出会ったのが買い物に行った日だったから材料はあった。それで外に出ることがなかった。久しぶりの外の空気はとても気持ちよく良い天気だった。


 怪しくならないようにいつも通りにしていたいのだがどうしても周囲を警戒してしまう。朝方ということもありいつものスーパーに向かう為の翔太と出会った時の道に人が少ない。しかし、前から平日午前十時だというのに近隣の高校の高校生が歩いてくる。


 「翔太俺の後ろにゆっくり下がれ」

 「う、うんわかった」

 「はぁ……」


 時間がゆっくり過ぎていく感覚に陥る。その高校生とゆっくり対面して行きすれ違う。俺も翔太のきっと気が気でなかったと思う平常心を保ちながら普通の顔ですれ違った。何となくその高校生が俺と翔太の方を見たような気がした。通り過ぎて数秒後にそっと振り向く。その高校生はとくに何もなく過ぎて行った。取り敢えずは大丈夫だっただろうか。


 「兄ちゃん大丈夫だったかな?」

 「わかんない、でも早くこの道から離れた方がいいかもな」

 「うん」


 心配そうに俺を見る翔太の手を握り少し急ぎ足でスーパーへと向かう。その時に何人かの人とすれ違ったがそのまま素通りしていった。バレていないことを祈るしかない。なんとかいつも利用しているスーパーに着いた。ここからが最も注意しなければならない。スーパーの店内は逃げ場も無いし人が密集している。朝方でまだそんなに人はいないと思うが油断が出来ない。


 今日も一週間分の食材と日用雑貨をカゴに容れる。店内を物色するのは正直したくなかったが翔太に何か買ってあげたかった。


 「翔太、何か買うか?」

 「いいの?」

 「あぁ、折角来たんだから好きな物買ってやるよ」

 「やった!じゃあ毎日暑いからアイスがいい」

 「わかった、じゃあ一個だけ選んで」


 この夏場にアイスというのは妥当だ。俺もアイスが食べたくなり商品を物色する。一番好きなイチゴのかき氷を選ぶか二番目に好きなバニラのソフトクリームを選ぶか悩む。翔太も悩んでいるようだった。


 「俺はやっぱりイチゴのかき氷かな。翔太決まったか?」

 「僕はソフトクリームにする」


 お互い買いたい物をカゴに容れ、いつもの様に少しの店内物色をせずに一番の鬼門であるレジに行く。翔太を一人で先に店の外に出すのも危険だと思い一緒にレジに行く。帽子を少し深く被らせマスクまで付けている。逆に怪しいとも言えるがバレなきゃいい。

 

 レジの順番が回ってきた。翔太を出来るだけ隠れるように俺の後ろ下がらせる。だが五十代位のパートのおばさんが翔太の方をチラ見し俺の方に顔を向けた。まさかバレたのかと緊張の時間が数秒と過ぎた時おばさんが口を開く。


 「その子もしかしてだけど……。……夏風邪かい?」

 「え、あぁそうなんですよ。夏休みに入ったばかりなのに風邪引いちゃって……」

 「夏風邪は治りにくいんだからお兄さんがしっかり面倒見るんだよ」

 「ご親切にありがとうございます」


 そのまま平常心を保ちながら少しの会話をして会計を済ませ店を出る。正直内心はとても焦っていた。話掛けられ翔太の方を見られたときは、早くも終わりが来ることを確信していた。だが上手く誤解をしてくれて助かった。


 しかし、この瞬間に一気な緊張と焦りで自分が誘拐犯であることを再確認する。内心どこかで翔太の事情を説明すれば捕まらないんじゃないかと思っていた。しかし世の中はそんなに単純な世界ではない。しかも翔太の父親は警察の偉い人と訊いている。自分に不利なものをもみ消す位のことは容易いだろう。


 自分が誘拐犯だと再確認してしまった俺はもう平常心ではいられなかった。周りを歩いている人、すれ違った高校生、レジのおばさん、その全ての人が俺と翔太を凝視していたかのような感覚と錯覚に陥り急激に外にいるのが怖くなった。


 「兄ちゃん震えてるよ、どうしたの?大丈夫?」

 「ハァ……、悪い……翔太、走るぞ」

 「え?」


 翔太の疑問形の相づちに気づかないまま、俺は翔太の幼い子供の手ではなく手首を強く握り強引に走らせる。家までの約一キロを休みなく走った。その時通り過ぎた何人かは錯覚ではなく本当に凝視していただろうが、そんなことは今の俺には関係なかった。只早く家に帰りたかった。


 家にはいつもの半分程度の時間で着いた。俺は掴んでいた翔太の手首を離す。無理をさせてしまったのか翔太は玄関前で座り込んだ。もう少しだと俺は翔太に手を差し伸べる。それに応え翔太も手を伸ばそうとした。しかし途中で、まるで力が抜けたような感じに手を落とした。

 

 「ごめんな、翔太。無理させたな。でももう少しだ頑張れ」

 

 しかし翔太は動こうとしなかった。どうしたのかと思い落ちてった翔太の手の方に目を向ける。すると薄手の白いパーカー袖の俺が握っていた個所が少し赤く染まっていた。まさかと思い翔太の袖を捲ると手首にできていた手錠で切れた傷が開いていた。俺は翔太の手首を握った方の手を開くとそこには微少の血が付いていた。俺が手首を強く握ってしまったことで傷が開いてしまった。翔太の手首の血と手に付いた血を見て頭が真っ白になる。


 「兄ちゃん大丈夫だよ」

 『兄ちゃん痛いよ……。どうして助けてくれないの……』

 「ねぇ兄ちゃんってば」

 『兄ちゃんどうして……』


 翔太の声が耳に入ってくることは無かった。かわりに彼奴の桐島陽太(きりしまようた)の悲痛な声が聞こえていた。その声と共に翔太の姿があの事件で血を流し死んだ陽太と重なる。どうしようもない吐き気が俺を襲う。しばらく陽太の姿は消えなかった。再びに翔太の姿と戻った時に俺は気づいてしまった。翔太を誘拐した真意の理由に……。


 翔太を誘拐したことに一切の正義心なんてなかった。ただ俺が殺した弟の桐島陽太への罪滅ぼしとして境遇は違えど臆病だが勇敢に憧れるところや背格好が似ている翔太を利用しようとしていただけだった。


 「悪い翔太先に入ってるぞ……。玄関は別に鍵しめなくてもいい」


 俺は玄関を開け中に入り買ったものを玄関に置き去りそそくさと自分の部屋に入った。そのままベットに横になって自分の最低さに気づく。翔太を玄関に置き去りにしたことに少しの申し訳なさはあったが後悔はなかった。玄関で扉が閉まる音と隣の翔太が使っている元々陽太の部屋だったドアが開き閉めする音が聴こえ安堵した。この状況で安堵できる自分にすごく腹がった。


 互いに三時間くらいは自分の部屋に籠っていた。合わせる顔なんて一切なかったが俺は謝らなければならなかった。手首の傷のことはもちろん、翔太を利用しようとしていたことを……。

 許してもらえるわけなんてない。俺の勝手な都合で翔太の人生を利用しようとしたんだ。俺は隣の部屋の戸をノックした。


 「翔太……。その話があるんだ入ってもいいか?」


 返答がなかった。やっぱり今は俺に会いたくないということなのだろうか。でも今謝らないと駄目な気がしてならない。俺は返答無きまま引き戸を開けた。しかしそこには翔太の姿はなかった。さっきまで着ていた俺の弟の貸した服が置いてあり、出会った時に着ていた翔太の白いパーカーが無くなっていた。


 俺は嫌な予感を察知し急ぎ家中を探したがどこにもいなかった。しかし今にも形の崩れそうなおにぎりと一枚の手紙がリビングのいつも一緒にご飯を食べていたテーブルの上に置いてあった。手紙を手に取り黙読する。


 『兄ちゃんへ、僕のことを兄弟として受け入れてくれて嬉しかったです。兄ちゃんと出会ってからまだそこまで日は経っていないけど僕は兄ちゃんのことがとっても大好きになりました。でもそんな兄ちゃんが僕のことで悩んでいるのがとても耐えられないんです。短い間でしたが兄ちゃんと一緒に居られて楽しかったです。最後にまだお昼食べてなかったですね。おにぎり作りました。見た目はよくないけど食べてください。さようなら』

 

 俺は膝から崩れ落ち虚無な時が過ぎる。虚無な時の中また彼奴が姿を現し口を開く。


 『このままで良いの?兄ちゃんにとってあの子はその程度の子だったの?あの子このままじゃまた最悪で悲痛な日々に戻っちゃうよ』


 うるさい!お前に何がわかるんだよ。もう死んじまったお前に。俺はあの日からお前への罪悪感で一杯だったんだ。それを翔太を利用して解消しようとしていただけなんだよ。そんな考えで翔太が幸せになれるはずがない。


 『あの子にとって何が今一番幸せなのか考えなよ。ただ普通に暮らせてそこに兄ちゃんが居てくれればそれが一番幸せなんだよ。理由なんて関係ない』


 翔太にとっての幸せは俺と普通に過ごすこと?確かにそうだな。俺も翔太が居たことで楽しい日々が無かった訳じゃない。数年間誰も居ない家で一人で過ごしていた俺にとっては幸せなひと時だったのかもしれない。


 翔太が出て行って後悔がうまれた。後悔はもうしないって決めていたのに。


 また弟を失いたくない。気づいた時にはおにぎり片手に玄関を飛び出していった。行方に心当たりがあったわけではない。しかし俺は一直線にある場所に走った。夏の雨が降り出したが構わず走り抜けた。着いたのは河川敷の橋の下だ。陽太は何かあるとこの場所に隠れていることが多かった。


 思った通りそこには体育座りでうずくまっている茶髪の少年がいた。少年のほうに足を進めその音に少年は伏せた顔を上げた。


 「翔太、良かった」

 「兄ちゃんどうして……」


 俺は翔太を優しく抱きしめる

 

 「すまない、俺は最低な人間だ」

 「兄ちゃんは最低なんかじゃない。僕を受け入れてくれたんだ。誰もが素通りしていったあの時兄ちゃんだけが僕に声を掛けてくれたんだ。それだけで兄ちゃんは最低な人間なんかじゃない」


 俺と翔太はお互いに気持ちが落ち着くまで優しく抱き合った。落ち着くまではそこまで時間は掛からなかった。


 「なぁ翔太。俺に弟がいたことは知ってたよな」

 「うん、確か陽太さんだったよね」

 「そうだ、俺は陽太同様、翔太のことも大事な本当の弟だと思っているし今後も一緒に過ごしたいと思ってる。けど今からする話を聞いたら多分俺のことを許せないと思うし嫌いになるかもしれない。でももし許してくれるなら俺の元に戻ってきてくれ」


 翔太は頷いた。


 俺は決死の覚悟で過去の贖罪の話をした。


 陽太という弟とその悲劇の話を……。

翔太との生活一日目


 翔太の顔に痣があり外に出してやることは出来ない。暇そうにしている翔太を見て何かすることはないかと考えるが特に思いつかない。そんな時、翔太が近づいてきた。

 「トランプしよう。トランプ」

 二人でトランプかと思いながらトランプをシャッフルする。全くどこで見つけてきたのか。最初に真剣衰弱、からのババ抜き、ジジ抜き、戦争、二人で出来なさそうなこともやった。色々とやる内にすっかり夜になった。トランプでも一日持つもんだな。夕飯は野菜炒めと味噌汁

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