第16話 遂に得た手がかり
今日は俺が当直の日だった。いつのならアパートに帰り夕飯を食べたり、風呂に入ったりしてる。そん位の時間だった。交番常備の電話が鳴りだしそれを手に取り耳に当てる。電話の話によると近所の公園で数人の男達が一人の男性を襲っているという百十番が入ったらしい。この前に行った広い公園ではなく団地の近くにある児童公園のようなところだ。この交番から少し距離があるが、しかしここが一番近い交番だった。
交番の鍵を閉め、交番の隣に停めてある警察の原付にまたがり、ヘルメットを被る。原付で行けば少しだけだが早く着く。パトカーで行かない理由は特に無いが、しいて言うなら小回りが利く原付の方が何かと便利だからだ。自転車は時間が掛かるし疲れるからあまり使う事は無い。
エンジンを掛け、アクセルを捻り、数人の男達が一人の男を襲っているという現場まで急行する。時たまあるこうした当直の日全体に比べ今日は夜間の外に居る人が多い気がした。面倒なことが起こらないことを祈るしかない。只でさえ面倒な当直なのにさらに事件が起きようものならもっと面倒なことだ。しかもこれから行くのは頭狂った奴らの一人に対する暴力行為を止めに行くんだ。止めに入って逆に暴行を受ける可能性もある。そう考えると次第に溜め息が増える。そしてあくびの回数が増える。
気分が下がっていくなかその公園近くまでやってきた。原付の音とヘルメットの音で特に集団リンチが行われているような声は聞こえない。しかし、次第に公園に近づくに連れその声が聞こえてくる。ヘルメットを被りゆっくりだが原付を走らせているのに聞こえてくるその声は実際はかなりの大きな声なのだろう。こんな団地近くの公園でそんな大きな声を出してればそりゃあ通報もされる。
俺は原付を公園外側のフェンス横に停め、中の様子を窺う。俺一人では危険と判断すれば応援を呼ばなければならない。情報通り三人の男が一人の男性を囲み暴行を行っている。一応警察官を続けていて人を見分ける能力は上達し、多分だが暴行を行っている三人の男達は未成年だ。顔が明らか若いのと今更三人で一人をリンチとか今どきの成年者はそんな事もしないだろう。今どきリンチとかカツアゲするのは馬鹿なガキか、気の狂った奴だけだ。それにしても馬鹿デカい声だな。馬鹿なガキの気が狂った奴が一番危険だな。
状況把握を済ませ、いよいよ公園に足を踏み入れ馬鹿なガキの暴行を止めに入る。面倒に暴れない事を祈りながら公園を進んで行く。
「おいお前等なにやってんだ!公園で男数人が喧嘩してるって通報が入った。お前等全員動くなよ」
「チッ、逃げるぞ」
「おい待て、お前等!」
公園に突入し声を掛けると、暴行を行っていた三人は俺が入った出入口とは真反対にある出入口から走って逃げて行った。追い掛けることはせずに暴行をされていた男の人の状況を確認する。必要なら救急車を呼ぶが、大丈夫そうなら交番に連れて行き事情を訊かなければならない。あの逃げて行った三人を逮捕するためにだ。取り敢えず暴行を受けた男の方に近づき声を掛ける。
「おいお前大丈夫か?」
かなりの暴行を受けていたと思うが意外にもこの男の人は座り込むことなくふらつきながらも立っていた。暴行を受けていた男に声を掛けふらついている身体を支える。俺との身長差はそこまでなく体重も然程変わらない位な感じだった。だが意外と筋肉質でさっきの連中なんか簡単に倒せそうなもんだった。そして目線は顔に移していった。その顔には確かな見覚えがあった。
「ん、お前は確か……」
俺がその見覚えのある青年に続けて話掛けようとした瞬間だった。その青年は俺の身体を強く押し退け暴行をしていた連中が逃げたのと同じ、俺が入ってきた出入口とは真逆の出入口の方に走って行った。押し退けられ尻もちをつき久々に頭に来た。助けてやった警察官に対してその態度は何だと文句を言おうとし逃げ出していく男の方に目を向ける。すると逃げ出した青年はおもむろに公園内にある茂みに手を伸ばしそのまま走る。青年の手の先には少し小さな手が握られていた。その先に茂みから現れたのは帽子を被った子供だった。
その時にまさかと思った。背格好や帽子の後ろから少し漏れる少しの茶色い髪の色合いがあの行方不明になっている柳場翔太少年に特徴が似ていた。そんなことはあるのかと最初は思い困惑したのだが、もし違ったとしてももしかしたらという事もある。こんなことは初めてだった。日々町を見回りながら少年を探し少し茶色い髪の子供や身長が近い子供は何度も見かけたが、その少年は何度も写真で見て覚えた髪色で身長が情報の通りに一致する。もはやあの少年じゃなかった怖い位に確信に近い何かをその時感じとった。そしてそれを感じとった時には走り出していた。
「おい、ちょっと待て」
その青年に俺の声が届くことなく走り去る。それを追いかけるように俺も走る。青年は少年を連れていることもありあまり早く走れていない。これなら追いつくと思い一気に走る速度を上げる。しかし青年は表通りから裏通りへと移動しながら逃げていく。裏通りに逃げて表通りに出て又裏通りに逃げるの繰り返しで次第に距離を離されてしまう。最後に見たのは裏通りにに入ったとこまでだった。俺が入った時には姿が無く逃げられてしまった。
「クソッ、どこに行ったんだ。ここに入るのは見えたのに」
だが情報は手に入った。柳場翔太本人という確証はないがこの町にそれらしい少年がいるかもしれないという事がわかっただけでも大きい。
それにあの青年はもしかしたら〝あの人”かも知れない。それなら居場所がわかる。それなら俺はどうして追いかけたのだろうか……。しまった無駄な労力だった。顔を見た時からわかっていたことだったが気持ちが先乗りしてしまって急いでしまった。取り敢えず見失ってしまったのは仕方ない。俺は一先ず交番に戻ることにした。しかし、この時俺は一つ忘れていることに気が付いた。公務用の原付を公園に置きっぱなしにしてきてしまった。結構公園から離れどちらかと言うともう交番の方が近いような気もするが仕方なく公園まで原付を取りに戻った。
交番に戻る頃には次の日へと日付けが変更された時間だった。まだまだ当直の時間であり、この町に有った過去の事件の資料を探した。俺が最も印象に残り悔しかったあの事件の被害者である、桐島陽太当時十一歳のその兄である桐島真人当時十六歳。その男に確かに間違いない。この町にある実家の住所も資料に載っている。今行くべきか、嫌この時間だしさっきのこともあるまだ家に帰っていないこともあるし、家に帰っていたとしても警戒して出てこない可能性もある。今日は諦めざるを得ない。
明日、俺は休暇の日だが交番に行って田所さんに相談した方がいいのかも知れないな。しかしあの青年が関与しているとは思わなかった。まだ確定ではないがあの家族にはあの位の歳の子はいるとは考え難い。親もあんな事がかったのにこれ以上はもう子供を作ろうとは思わないだろうし、家系図がどうかは知らないが親戚の子供ということもないだろう。しかもこんな時間に外に居ることがそもそもあり得ない。それに親戚の子供なら逃げるのもおかしいな。何かやましいことが無ければ普通は逃げたりしないし、簡単に証明できるはずだ。
とにかくこれ以上考えても仕方がない。残りの当直の時間はスマホでゲームでもしてるか……。