第12話 必要な為の嘘
次の日、俺が起きた時には既に翔太は眠っていたソファから何処かに行っていた。洗面台から水を流す音が微かに聴こえてくる。翔太も今起きたばかりなんだろう。昨日話せなかった、翔太を家に置いてからの話をするべきか迷う。本当は話した方がいいのかも知れないけど、翔太に知り合いの警察官に会ったことや、助けた爺さんが翔太のことを陽太と誤解し、陽太に会ったと警察と爺さんの娘の前で発したことを話してしまうと翔太は心配してしまう。翔太には大きな不安や心配事を極力させたくない。不安や心配事なく普通に幸せに過ごしてもらいたいと思い、翔太には話さないことにした。
「あれ、兄ちゃん起きたの?昨日は大丈夫だった?」
「おはよう、あぁ昨日はそのまま家に送っただけで特に何もなかったよ」
「そっか、それなら良かった」
翔太は疑うことなく信じてくれた。翔太に普通程度に幸せに生きてもらうには、当人の翔太に少しの嘘をつくのも仕方ないことだ。俺は翔太に嘘を言い寝起きの顔を洗いに洗面台に向かう。顔を洗い手元を手繰り、有ったタオルで顔拭きながら昨日のことを思い出す。
昨日会った爺さんの娘さんに俺のことを覚えられていたのは想定外だった。しかし、どうだろう、町でもし出会った時に声を掛けられるだろうか。昨日の反応から見ても陽太の一件で向こうから関わってくることはないんじゃないかと思う。問題は警察官の田所さんだ。あの人はどう来るかはわからないし、そもそも警察官で、少しの情報で翔太がここにいると簡単にバレてしまいそうだ。
「兄ちゃん、いつまで顔洗ってんの?朝食作ったよ」
「ん?あぁすまん。中々スッキリしなくて……。ようやく目覚めたところだ」
「冷めちゃうから早く来てね」
「おう、すぐ行くよ」
翔太が様子見に来なかったらずっと洗面台で自分の顔と睨めっこしながら思考を巡らせてしまうところだった。俺は使っていたタオルを洗濯機に投げ入れリビングに向かう。今日も美味しい朝食がテーブルに並んでいた。いつもの様に食べ終えて俺が食器を洗う。コーヒーを飲んで翔太のニュースが出ているかの確認を新聞とテレビで確認する。これが朝の基本のルーティーンになっていた。
テレビのニュースと新聞を見る限り翔太のことに触れている記事、番組はもうなかった。それどころか、大きな誘拐事件が起きると他の誘拐事件も取り上げられるようなニュースもなく、平和なニュースが多々流れていた。待ちに待ったこの時を俺はしみじみと感じた。親が警察のトップで捜索が打ち切りになることはない。別に捜索自体が終わったわけではないのに俺は物凄く安堵している。
安心した俺はさっきまで考えていた、警察官の田所さんのことを忘れてしまっていた。特に考えることはなく、翔太と一緒に俺の部屋のパソコンで某乱闘ゲーの実況を見て研究をしていた。たかがゲームだと思うかも知れないが翔太と俺はお互い無言に実況に見入っている。俺のお腹が減った頃に丁度翔太の方からお腹が鳴る音が聴こえてくる。
「ふふ、翔太は動画見てていいよ。カップラーメン持ってくるから塩で良いか?」
「うん……。ありがとう兄ちゃん」
「いつも翔太が先に腹鳴るようなぁ」
「そ、そんなことないよ」
翔太をからかい気味に言うと恥ずかしいのか顔を赤らめ否定した。俺は部屋を出てキッチンに行きケトルに水を容れ沸かす。棚の中から塩のカップラーメンを二つ取り出し、お湯が沸騰するまでの数分を待ち、カップラーメンにお湯を注ぐ。お湯の入ったカップラーメン二つ持ち、翔太の待つ俺の部屋に持っていく。
「お待たせ、後一分持ってろ」
「うん」
──一分後──
「よしそろそろ良いだろう。うんやっぱり塩は安定で美味そうだ。な、翔太」
「そうだね……。……ん?」
「どうした?」
「割りばしないよ」
「あ、忘れてた。少し待ってて今持ってくるから」
俺はもう一度部屋を出て持ってくるのを忘れた箸をキッチンの棚に取りに行く。コンビニ、スーパーで貰い集めた割りばしを二膳取り部屋に戻ろうとしたその時……。
家にチャイムの音が鳴り響いた。今日人が来る予定は勿論なく、近所とは関わっていない今近隣の住人ということはあり得ない。もしかして昨日助けた爺さんの家族がお礼に来たのか?いや、昨日爺さんが陽太の話をしたことでここには来づらくなっていると思う。一体誰が来たというのだろう。
「ごめん下さい。どなたかいらっしゃいませんか?」
この渋めいた声の主はすぐに名乗られずともわかった。今この家では一番本当に会いたくない存在の警察官。その中でもこの近隣の交番に勤務している大の付くほどベテランの田所さんの声だ。昨日今日でどうして来たのかはわからない。出るべきなのだろうか、居留守をするべきなのか玄関に身を出さないようにリビングに隠れるようにして考える。
しかし、考える余地を与えないと言わんばかりにチャイムが鳴り響き声を掛けられる。これ以上は近隣の住人に迷惑と俺への不信感に繋がりかねない。
俺は決死の覚悟をした。




