第11話 恐れるべき事態
昨日は特に翔太の為に何もせず、家の掃除と昔のアルバムを見て只々悲しい現実を知ってしまっただけで終わった。今日は翔太と一緒に何かをしたいと思う。まずは昨日、翔太に毎日朝食を作って欲しいというお願いをしてあり、只作って貰うのは申し訳ないのでこうして朝弱いのに頑張って起きる。翔太はもう起きているのだろうかと翔太の部屋を訪れた。ベットには未だ、寝ている時に出来た茶色い髪の寝癖髪をした翔太が気持ち良さそうに眠っていた。流石に早過ぎたかと思い、一度隣の自室に戻ろうとする。しかしその時、先までは気持ち良さそうに眠っていた翔太の魘される声が聞こえてきた。
魘され、とても苦しそうにしている翔太に俺は近寄り、俺には聴きとれないような声で翔太は何かを言っている。汗が凄く何か嫌な感じがしたので強制的に翔太を起こすことにした。
「翔太、翔太大丈夫か!起きろ翔太、翔太」
「はっ、あ、あれ?なんだろう……。何かとても嫌な夢を見た気がする……」
悪夢から目覚めた翔太の目から次々と涙が溢れ出してきた。どれほどの悪夢を見ていたのか、どんな悪夢だったのかはわからないが、翔太の次々と流れる涙と震えがトラウマ級の悪夢であることを物語っていた。俺は翔太の寝ているベットに腰掛け泣いている翔太の頭にすっと手を掛け、胸へと引き寄せる。
「大丈夫だ翔太、大丈夫、大丈夫だ」
「……ありがとう。兄ちゃん……」
それほど長くない数分という時間、翔太を俺の胸で落ち着かせる。翔太の震えは治まり、落ち着きを取り戻した。翔太がどんな悪夢を見ていたのか気にはなっていたが、翔太に思い出させるわけにもいかず諦める。
「じゃあ翔太も起きたことだし、朝飯作ろうぜ。俺の手伝うから」
「うん」
俺と翔太は二人、翔太の部屋を出て脱衣所にある洗面台へと向かい、冷水で寝起きの顔を洗った。タオルが一枚しかなく先に翔太に使わせてあげる。顔を洗ってスッキリした俺と翔太はリビング横に隣接するリビングで朝食を作る。
料理は翔太が主体に行い、俺は冷蔵庫から食材を取り出したり、皿を出したりするだけだ。後は翔太を温かい目で見つめていた。翔太が包丁を使うのが少し心配になるが、結構器用な包丁捌きで関心している。翔太と同じ位の歳の子供でこの位に包丁が扱える子はいないんじゃないかと思う位だ。俺なんかより全然上手い。なんだかんだ見守っているだけ今日の朝食セットが完成してしまった。
「うん、美味しいよ」
「やった、嬉しい!」
朝食を済まし俺が片付けと洗い物を行った。翔太は翔太でキッチンで昨日俺がやったようにコーヒーを淹れていた。有難く翔太が淹れてくれたコーヒーを飲んだ。少し苦く感じたが美味しく飲んだ。コーヒーカップも片付けいつもの様にテレビの前で翔太のニュースの確認をする。最近は本当に翔太関連のニュースも減り明日とかにはもうニュースの報道は無くなっていそうだ。
俺はテレビの入力を切り替えゲームの電源を入れた。翔太に二つある内の一個のコントローラーを渡し、もう一つを俺が操作をし、ハードとテレビが一台しかなくても出来る某大人気な乱闘ゲームをする。最近の翔太は某狩りゲーより某乱闘ゲーの方がハマっているようで俺のスマホでよく某乱闘ゲーの実況動画を見ている。そのせいでか、俺との乱闘ゲーの勝率は翔太の方が多い。何を置いても翔太の方が優等で悔しくも思う。
気づいた時には外は暗くなっていた。お昼は合間合間で食べたお菓子でお腹一杯になり、止まることなく某乱闘ゲーを飽きることなく永遠に続けていた。
夜七時になった頃ゲームを止め俺は夕飯を作りにキッチンに行く。簡単に得意料理の親子丼を作り翔太と一緒に食べた。食べ終えた後は急ぐように風呂に入った。何故急いでいるのかと言うとこの後に予定していたある事を行う為だ。
「翔太、風呂から出たら夜道の散歩に出掛けるぞ」
「夜道の散歩?」
「おう、昼間に比べて人も少ないからな。警察官の夜間のパトロールもあるかもだけど比較的鉢合わせする確率も少ないからな。出掛けるなら夜が良いと思ったんだけど、どうかな?」
「僕は兄ちゃんと一緒に出掛けられるなら何時でも良いよ」
「よし、じゃあ決まりな」
俺と翔太は風呂から出て外出用の服に着替える。翔太は相変わらずパーカーが必須ではあるし、帽子の着用が余儀なくされるが、翔太はもうこの服装に馴れているようだった。俺だけ涼しそうな格好をしているのも申し訳なく思い薄手のパーカーをタンスから出してきた。
「兄ちゃんまでパーカー着なくてもいいんだよ」
「いや、夏場でも風呂上りだから外は冷え込むと思って……。何笑ってんだよぉ」
「ううん、何でもないよ」
翔太に勘ぐられないように適当に嘘をついたが翔太は嬉しそうに微笑む。多分勘ぐられてしまったんだと思う。取り敢えずそんなことは気にせずに玄関を開けて外に出る。意外と本当にパーカーを着てきて良かったと身に染みた。夏場でも夜で風呂上りは少し冷え込んだ。体に少しの寒さを感じながら普段は行かない方向に足を運ばせていく。
仕事に疲れたサラリーマンや夜遊びする未成年、成年者がやはり多くはないが少なからずいる。暗がりで翔太の顔は見づらくなってはいるが横切る時に緊張はする。しばらく歩くこと三十分位が経ち川沿いの河川敷を歩いていると前から八十歳を超えているだろう爺さんが歩いてきた。この爺さんには見覚えがある。俺の家の真裏の道に隣接している所にある家の爺さんだった。昔に陽太と一緒に話したことがあり、間違いないと思う。そんなことよりも、もう時刻は九時を過ぎている。こんな時間に歩いているのはおかしい。翔太がいる今あまり関わり会いたくはなかったが、放っておくことは出来ない。
「こんにちは、こんな時間にどうしたんですか?」
「おっと、もうそんな時間ですかい。散歩してたら時間が過ぎていたわい。それでは帰るとしますか」
これで爺さんも家に帰えるだろうと思っていたが、様子がおかしい。こんな時間で早く帰らなければならいのに爺さんは家とは逆方向に歩いて行く。少し心配に思いついて行ったが別れ道に差し掛かると右往左往して判断に鈍りがあった。もしかすると今老人の迷子を目の当たりにしているのかもと思い仕方なく家まで案内をした。一回俺の家に寄り翔太を家に置いていく。一緒に連れて行って爺さんの家族に見られるわけには行かないからだ。
裏手にある道に出て爺さんの家の方向に歩いて行き、爺さんの家近くへと来た。すると家の前には白と黒の車体に赤いランプが光っている車が一台停まっていた。警察官とは出会いたくなかったが、この爺さんを家の前に置いて誰が気づくのを待ってもらう訳にもいかない。
俺は渋々インターホンを押した。
「はい、どちら様でしょうか……」
「自分、桐島真人と言います。えっとこの家のお爺様を保護したので連れてきました」
それからの反応が返ってこない。しばらく玄関で待っていると、この家が揺れるような勢いで中で走りながら玄関を開けてきた。開けたのは俺より二歳位年上な女性だった。確か、昔に何回か会ったことがありこの爺さんの娘だったような気がする。
「お父さん、どこ行ってたの?勝手に出歩かないでって言ってるでしょ」
「おう、すまんすまん」
「えっと、この度はありがとうございました。確か桐島さんって何度か会ったことありましたよね?」
「えぇ、まぁ何度か」
俺のことをこの人は覚えていた。覚えられている以上、あんまり顔を合わせたくはなかった。この町ではもう俺と言う存在を空気として見てくれた方が今後翔太と暮らしやすい。この場から一刻も早く退散したかったが、ここで最も最悪な緊急事態が舞い込んでくる。
家の中から警察官が出て来た。
「お父さんが見つかって良かった。久しぶりだね、真人君」
「え、あ……。お久しぶりです田所さん」
家から出て来た警察官は昔、陽太の事件の時にお世話になった田所という警察官だった。正直会いたくはなかった。昔のことを思い出したくないというのもあるが、一番は田所さんは俺の家から最も近い交番に勤務していて馴染み深い人だから関わること自体をしたくなかった。
「お父さんどうしたの?」
「いや、昔が懐かしくてね。真人君と陽太君に久しぶりに出会えて嬉しいんだよ」
現場にかなり重たい空気が流れた。爺さんから俺と陽太に会ったという言葉が出て皆困惑しているようだった。陽太は死に、会ったという最も不適格な言葉をこの爺さんは発したのだ。俺含め田所さんと娘さんもそのことに顔を暗めた。だが俺は翔太のことを陽太と勘違いして安堵した。もし、見知らぬ子と歩いていたとかと言われたら田所さんならもしかしたら翔太のことを勘ぐるだろうと思う。
「ちょっとお父さん!ごめんなさいね、真人君、お父さん、去年位から認知症気味で」
「いえ、大丈夫です。では俺はこの辺で失礼します」
俺はこの状況を利用してこの場を後にしようとする。何とか場を離れ家の方向に向かうことが出来た。今日あったことはもしかしたらものすごく今後の翔太との生活に不利に働くかもしれない。多くの人と関わり過ぎた。もう何年も近所の人とは関わらずに生きてきてもう誰も俺を認識しないと思っていたが、まさか覚えられているとは思っていなかった。
そして一番予想外だったのは昔世話になった田所さんと会ったことだ。陽太の事件以来避けるようにしていたのだが、こんな時に会ってしまうとは思いもよらない。あの人は長年同じ交番にいて町の住人に信頼も得ていて色々なところから情報が入ってくる。もしかしたら俺を覚えている誰かに俺と翔太が歩いている所を見られ田所さんの耳に入るようなことがあれば最悪だ。善意で行ったことがここまで不利な状況を招くとは思ってもいなかった。
家に着き翔太にここまでに起きた最悪な不利状況を説明しようとしたのだが、リビングのソファで翔太は眠っていた。時刻は夜十一時時を過ぎていて当たり前と言えば当たり前だ。起こすのも悪いと思い上に布団を掛けてやり、俺も近くに布団を敷く。そこで横になりながら、もう日課にもなっている今日の反省と穴はなかったかを考える。善意でももう誰かと関わるのは止めようと思った。誰かの不幸より翔太を一番に考えるほうがいい。
──誰かを守るには時に非情になることも厭わない




