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少年の幸福  作者: 結ヰ織
【第1章】 
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第1話 少年との出会い

 俺の家に普段聴くことが無い重い衝撃音が一発鳴り響いた。

 その瞬間に腹部から流れてくる物の存在に気付く。身体の気力が無くなり、そっと膝から崩れ落ちる。

 部屋には鉄分を含む赤黒い液の臭いが漂っていた。目もはっきりと見えなくなっていき、意識が消えようとしている時一人の茶色い髪をした少年が膝から崩れた体をそっと抱き寄せた。暖かくて心地よい感覚だった。その少年は何度も俺に呼びかけ涙を流していた。意識がどんなに消えそうでも目がはっきりと見えなくなっても、この少年に悲しいという感情を持たせたくはないと思っている。この少年にはどんな容でも幸せに生きてもらいたかった。


 そう俺はただその少年の幸せを願っていた。



_______________



 夏の日差しが厚く照らしている八月の初日

 七月最終日に学期末のテストと提出課題が終わり大学は長期の二カ月間の休みに入った。


 時刻は昼一時

 八月の昼間に炎天直下の中、風が吹かない暑い日に出掛けるのは地獄だ。だが、今日買い物に行かないと今晩の夕飯を作る材料がない。重い腰を上げ洗面台で一応身だしなみを整える。黒く伸びきった髪をヘアワックスで整えて俺以外誰も住んでいない実家を出た。あまりの暑さで引き戸式の玄関を出た時には、もう帰りたいという気持ちになっていた。だが暑さに耐え歩み出る。夏の日差しを地毛である黒い髪がその光と熱を吸収して熱い。


 近所のスーパーは約一キロ先にあり、その他には小さい本屋とコンビニがある位だ。しかも家の近くではなく一キロ近辺にある。そう俺は世間では田舎と言われるであろう場所に住んでいる。別に二十歳にもなって家族の今は居ない実家を出ようとも思ったがどうしてもそれは出来なかった。俺の中でその行為が彼奴(あいつ)から逃げたことになるからだ。


 あまりの暑さにか気分が悪くなってきた。スーパーに向かっている途中に一台の自動販売機があることを思い出しそこまでなんとか歩く。ようやく自動販売機に着いたがとても飲み物を買えるような状況じゃなかった。自動販売機の横に夏の暑さでは考えられない異質な姿の少年が座り込んでいた。


 暑い日の光を吸収したコンクリートの道に背丈の低い小学生の少年が座り込んでいた。その少年はこの夏場に長袖の生地の厚い白のプルオーバーパーカーを着て茶色の髪を覆うようにフードを被っていた。道行く誰もがその異質な少年のことを気にはしているが、皆その少年に声を掛けはしなかった。そんな異質な少年に誰も声を掛けたりはしないだろう。何かの事件に巻き込まれるかもしれない。誰しも自分が一番大事なんだ。


 俺は飲み物を諦めてその自動販売機を後にする。胸に何か詰まったような感覚のままスーパーまで再び足を動かした。重かった足がさらに重く感じる。やっとの思いでスーパーに着いた。この暑い中、買い物を済ませた買い物袋を持って帰ると思うと少し考えてしまう。スーパーの中に入るとエアコンの効いた涼しい店内が汗をかいた身体に心地いい。


 約三日分の食材と数個のカップラーメンを買い物カゴに容れる。他に少し菓子類と足りない生活用品をカゴに容れ三十分位店内を物色してレジを通す。値段を気にしつつカゴに容れたので予算額で収まった。二つの袋に買ったものを入れてスーパーを出る。外はさっきよりも気温が暑くなっていた。


 帰宅途中、あの異質な少年が座っていた自動販売機の近くまで来た。逆側に少年は座っているから、こっちからは未だにいるのか、もう何処かに行ったのかはわからなかった。でも流石にこの暑さで、あれから時間も経過している。もうきっと何処かに行ったか、もしくは誰かが声を掛けて交番とかに連れて行ったと思っていた。だが、その少年はまだそこにいた。


 俺は少年の前に立ち止まってしまった。ここで声も掛けずに再びに歩き出すのは良心が痛む。何よりここでこの少年を無視したらこの先に後悔するような気がした。後悔はもうしたくなかった。俺は少年の高さに合わせしゃがんで様子見程度に声を掛けた。


 「ねぇ、君どうかした?大丈夫?」


 反応は無く、しばらく沈黙の時間が続く。


 反応を待っていると少年は立ち上がりその場から離れようとした。誰しも踏み込んでもらいたくない領域がある。踏み込んで欲しくないということなら俺もこれ以上は踏み込まないつもりだった。しかし、少年の歩く後ろ姿を見ているとどうしてもダブって見えてしまう。()()()()()()の姿と……。


 俺は少年を追いかけてその腕を掴んだ。


 「ちょっと待って」

 「離してください」


 初めてその声を聴いた。震えた臆病な声だった。少年は俺の顔をじっと見ていた。俺も少年の顔を見つめたがその顔は臆病で暗い顔していた。しかしここで掴んだ手を離すわけにはいかなかった。少年の頬には殴られたような痣があったからだ。この少年は何かの事件に巻き込まれているのか、少なくとも何か事情があるように思った。


 「その頬の痣大丈夫か?」

 「お兄さんには関係ない事です。それにお兄さんにはどうしようもないことだから」


 少年の顔は意外にも臆病だが力強さがあった。だが段々と暗い表情に戻っていった。この少年は彼奴(あいつ)に似てる。臆病なのに勇敢になろうとするような奴だった。


 少年は俺の腕を振りほどきそそくさと歩いて行った。


 その振りほどく力は強かった。遠くへと歩いていく少年を俺は只目で追っていった。これ以上追いかけていくのはどうなのだろうかと悩む。少年が放っておいて欲しいというのならそれが一番で、確かにあの少年には気になることが多くあったし彼奴と重なる部分があった。しかし、あの子の気持ちを尊重すると大きなお世話なのかもしれない。少年をこのまま目で見送っていくことにした。しかし少年の足はしだいに重くなっていき、ついには歩みを止めていた。どうしたのかと近づくと急に少年は前のめりに倒れた。


 「お、おい大丈夫か!」


 急ぎ少年のもとに行き声を掛けたが反応がない。どうしようか救急車を呼ぶべきだろうか。でもこの少年には何かの事情があるようだ。この少年の為にも救急車を呼ぶのは賢明な判断ではない。幸い今は近くに人はいない。ここから俺の自宅まではそこそこあるが仕方ない。家に連れて休ませることにした。二つの買い物袋と何となく懐かしさを感じる少年をおぶり帰った。


 少年をおんぶして家に帰るのは一苦労だった。何度も落ちそうになりその度上げるのが大変だった。やっとの思いで田舎町に存在する小さな一軒家に辿り着いた。買い物袋と少年をおぶっていることで両手が塞がれ玄関の鍵を開けるのに苦労した。だが鍵をポケットに入れといたのはよかった。足で引き戸のドアを器用にスライドさせて取り敢えず入ってすぐ左にあるリビングの引き戸を開けてソファに少年を寝かせた。


 医療とか保健の知識は乏しく倒れた原因はわからないが、応急として汗のかいた顔を濡れた冷たいタオルで拭き、暑苦しいプルオーバーパーカーを脱がした。


 その時思いもよらない少年の姿を目にした。


 「なんだよ、これ……」

 

 シャツ一枚で透ける体の至る所に酷い痣が複数あった。そして必死に抵抗しようとしたのだろう、両手首に手錠を外そうとして切れたような真新しい痕が残っていた。酷いなんてものじゃない。なんとも惨いその情景に声が出ない。見るに堪えられなくなり大きめな薄いタオルケットを上に掛けた。こんな少年に誰がこんなことをしたのかはわからないが、この姿に心から怒りと憎悪が増した。


 やっと少年の顔から苦しそうな顔は消え静かに眠っている。少年が眠っている内にこの少年が置かれている現状について考えてみることにした。体の痣は転んだにしてはおかしい所についていて、誰かに暴行を受けたのは間違いない。それなら学校でのイジメとかか。でも見たところ小学生だろう。小学生のイジメにしては少年の痣が酷過ぎる。小学生のイジメでここまでの痣はつかないだろう。なら大人から暴力をほぼ毎日受けてる状況と言えば多分親からの虐待だろう。推測の段階だが一番筋が通っている。


 考えていた時少年は目を覚ました。少年はすっと起き上がりソファに座った。少年はまだ寝ぼけているのかこの少年にとっては知らない部屋であることにまだ気づいていない。俺の存在にもまだ気づいていないのか、ゆっくりとソファにただ座っている。俺は少年の方に歩み寄り怯えさせないように慎重に行動を起こした。


 「良かった、目覚めたようだね」


 パーカーを脱がされていることにも俺の一声にも意外に少年は怯えることなく俺のことを見つつリビングの内部を見渡している。


 「僕はどうしてここに居るんでしょうか?」


 倒れた時の記憶は無いようだった。前のめりに倒れた時の衝撃で記憶が混濁しているのだろうか。俺はここまでの経由を少年に話した。


 「ご迷惑をおかけしました、本当にありがとうございました」


 意外と礼儀正しい子で初めて自動販売機の横で会った臆病そうな少年とは別人のように感じた。本当にこの少年はさっきの少年なのだろうかと思うほどだ。


 「俺は桐島真人(きりしままこと)だよろしくな」

 「僕は柳場翔太(やなぎばしょうた)です。こちらこそよろしくお願いします」


 話し方も出会った時のように臆病に震えた声ではなく洗練された礼儀の正しい言葉使いでハッキリとした声だった。互いに挨拶を済ましたところすっかり辺りも暗くなり、時刻は十九時を過ぎていた。時間も時間だからこの少年の親に連絡するべきだろうか?だが親からの虐待説もある以上危険なのではないどろうか。考えた挙句、少年に鎌をかけることにした。


 「なぁもう十九時を回ってることだし親御さんも心配してるだろうから電話したいんだけど番号教え……」

 「止めてください!それだけはお願いです。両親(あの人達に)には僕の居場所を知られたくないんです。お願いします。お願いします」


 少年の表情はこの時だけ自動販売機横で出会った臆病な少年の顔に戻っていた。だが親からの虐待説は正しかったようだ。少年はとても震えている。少し可哀そうなことをした。嫌な記憶を思い出させてしまったようだ。


 「わかったよ、連絡はしない。でも事情は全て話してもらうよ。その体の痣のこともすべてね」


 虐待されていたことに間違いはないがこの少年から直接に訊かない事にはことの真相は明らかにはならない。


 少年は震えた声で話してくれた。小学に上がったあたりから毎日理不尽に虐待を受けて来たこと。暴力は目立つ顔は控え服で隠れる体に集中して行われる。それは主に父親からが特に酷く警察のトップの人らしく、誰かに相談しようものなら持っている銃で殺すと脅されていたらしい。昨日小学校が終わり今日から夏休みとなった日に呼び出され両手に手錠を填められ家に監禁されそうになり、なんとか手錠を破って命からがらその父親の財布から金を盗り隣の県でもあるここまで電車で逃げてきたという。


 少年の辛そうな顔に話してるのと、少年の体の複数の痣がそれを物語っていた。 こんな少年が毎日耐えかねる暴力と行為を受けてきたことを考えると胸が痛む。そしてその親に対して殺意にも変わりそうな怒りを覚えた。()()()()()()()にも重なる部分もあって無性に腹立たしかった。


 このまま外に追い出すわけにも勿論親に連絡することも警察に届けることも出来ない。俺はどうするのが一番良いのかを考えた。


 「今お互いに夏休みならしばらくは俺のこの家に住めばいいよ」

 「いいんですか!是非ともお願いします。とっても嬉しいです」


 少年は再び礼儀正しいハッキリとした声の少年に戻っていた。とてもこの少年には違和感を感じるが今はそんなことを考えてもしょうがない。これから、しばらくとは言ったが特に期限やいつその虐待問題が解決するのかわからない。それまで俺はこの少年を家に置き世間体ではどういう事情があれ、誘拐犯となる。


 この重さをまだ理解出来ていなかった。


 夕食の時間帯をとっくに過ぎていたこともあり今日はカップラーメンで済ませることにした。食べながら少年のことや今後のこと色々と話した。今後は俺と少年は兄弟設定で生活することとなった。兄弟というのはあまり気持ちのいいものではなかった。

 

 俺は少年を翔太と呼び翔太は俺を兄ちゃんと呼ぶ。兄ちゃんと呼ばれるとどうしても弟とダブって見えてしまう。できれば止めてもらいたかったが翔太に頼んで変えてもらうもなんとなく申し訳なかった。翔太を風呂に入れている内に背格好が同じの弟の服を押し入れから取り出した。


 翔太に半袖のTシャツを渡し弟が使っていた寝室に案内しここで寝てもらう。


 「隣は俺の部屋だから何かあったら呼ぶんだぞ翔太」

 「うん、兄ちゃんおやすみ」


 俺はそっと引き戸を閉めて隣の自分部屋に入りベットに横になる。どんな事情であれ久しぶり家に誰かいるのが何となく嬉しかった。


 俺はそのまま風呂に入り忘れていることを忘れそのまま寝てしまった。


 『兄ちゃん……。兄ちゃん……。助け……て……』

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