勇者の決意
2階に上がるまで誰も一言も喋らなかった。
会議室の前に着く直前、最初に言葉を発したのはフォルテニクスだった。
「イザークよ、お主はここで待っていてくれるかのぅ、誰も近づけてはならんぞ」
「わかりました」
僕としては神官様もいて欲しかったのだが、聞かせられない内容なのだろう。
「今から起こる事は、勇者に選ばれたレオン以外に見せてはならんと言う命令なのじゃ、しかし、漏れ出る声がたまたま聞こえるのは仕方ない事じゃろうのぅ。ホッホッホッ」
フォルテニクスは笑いながら、いつの間にか騎士が開けていた会議室の扉をくぐった。ふと振り返ると神官様と目が合い、優しい笑みで頷かれたので、ちょっとだけ肩の力が抜けその勢いで会議室に入っていった。
僕は2人の向かい側に座り言葉を待った。
「まずはちゃんと自己紹介をしようかの、さっきの態度で誰かはわかっておるようじゃが、儂はアルクメリア教会最高神官のフォルテニクスじゃ」
「そして俺が東の辺境で防衛軍隊長をしているウォルフォードだ。よろしくな!」
「さて、どこから話したものかのぅ………」
それから聞いた話は信じられないような事ばかりだった。女神の神託から始まり、帝国の崩壊、ゴブリンの復活、自分が勇者に選ばれ聖剣を扱える存在だという事、そして話の終盤にウォルフォードが持ってきていた袋をほどき始めた。
「レオンよ、これから見るモノは決して口外してはならぬ。見た瞬間に声を出すのも耐えよ。心して見るように」
フォルテニクスの合図でウォルフォードは袋から白い布に包まれた塊を引っ張り出しそして布を取った。
(これは!?!?)
そこに現れたのは緑の怪物の死体だった。ここでこれを見せると言う事はこいつがさっきから言っているゴブリンということか?
僕は吐き気を必死に我慢しながら思考を続ける。
こいつが何万と王国に雪崩れ込んでくる?こんな怪物と戦わないといけないのか?こんな怪物と戦えというのか!?
「僕は………勇者として……ゴブリンと戦えと言うことですか?」
僕は不安になる気持ちを抑えてそう質問した。
「うぬ。戦いたいと思うのならば戦うとよい」
「え?戦わなくてもいいんですか?」
「神託では希望の存在となるとだけ言われておる、聖剣を使って戦えとは言われておらんのじゃ。聖剣を掲げて行列の先頭になり東の辺境に行くだけでも充分人々の希望にはなれるのじゃ。ともかく聖剣の存在と自分の使命を確認する為にも、一度儂らと王都の方へ来てもらえるかの?」
僕は答えられずに俯いてしまう。そんな僕にウォルフォードさんがゴブリンの死体に布を巻きながら言った。
「なんか難しく考えてるようだが、世界がどうとか、国がどうとかはとりあえず置いといて、このまま何もしないと王都がゴブリンの手によって崩壊するかもしれない、その次はこの村に雪崩れ込んでくるぞ?」
僕はその言葉にハッと息を呑んだ。そうだ!その通りだ!世界とか国とか人々の希望とか規模が大きすぎて見えてなかったけど、ココ村だって安全じゃないんだ!そう理解したらもう答えは決まっている。目の中に熱い炎が宿った気がした。
「わかりました!何が出来るかわかりませんが王都に行こうと思います!」
2人はホッと息を吐き、ウォルフォードさんが僕の頭をクシャクシャっと撫で回した。
「明日の朝には出発しようと思う、急ぎ足ですまないが旅の準備をしといておくれ」
「俺たちは今夜は教会にいるから何かあったら言ってくれ」
そうして僕は処理しきれない情報でフラフラになりながら自宅へ向かった。