勇者に選ばれた少年
「女神の神託が下ったそうです。数日の間に王都から使者が来ます。レオンを勇者として王都に迎え入れると書かれていました」
「ちょっと待ってよ神官様!全く意味がわからないよ!」
王国の西にある小さな村、その村の小さな教会の中で、少年の出した声が村中に響き渡った。
ココ村は50人程の小さな村である。村人全員が家族のようなものでお互い助け合って日々生きている。
僕は赤ん坊の頃、教会の入り口にレオンと書かれた紙と一緒に捨てられていたのを、神官様に拾われた。
基本的な文字や算術を教わりながらも、若い男の労力は貴重なので、狩りについて行ったり罠を作ったりしながら生活していた。
10歳の誕生日、村の人達から家をプレゼントされた。仕事の合間を縫って皆で作ってくれていたのだ。
その時、自分はやっとココ村の村人に、家族になれたのだと涙したのだった。
それから5年経ち、日課の罠の点検をしようと森に入る直前、神官様に呼ばれたのである。
そして冒頭の言葉だ。
「私も状況がよくわからないのです。今朝、伝令兵が手紙を届け、レオンを勇者として迎え入れる、詳しい事は数日中に向かう使者が説明する…と書いてありました」
「今どうこうって事じゃないんだろ?勇者か何か知らないけど、今は罠にかかってる肉を確認する方が大事なんだけど?」
神官様は複雑な顔をしながらも諭すように語りかけます。
「この手紙には王家の印が押してありました。これは王命という事です。使者は説明しに来るのであって、説得しに来るわけではないのです」
「だから何だって言うんだよ!?はっきりしてくれよ!」
「レオン、貴方は数日中に村から離れ生活する事になります。荷物の整理、そして心の整理をしておいてください」
「わけわかんねぇよ!そんなに僕を村から追い出したいのか?僕が頑張らないと村の食事が野菜だらけになるんだぞ!?絶対に嫌だからな!!」
「ちょっと!レオン!待ちなさい!」
僕は訳のわからない事を言う神官様を置いて、教会を飛び出し全力疾走で森に入って行った。
森の中を入ってから近くの泉へ移動した。
思いきり叫んで全力で走ったので喉がカラカラだったのだ。
「レオン?」
「あぁ…サラか…」
水を飲んでいると、村長の孫娘、同い年のサラに話かけられた。
「どうしたの?レオンの声、村中に響いてたよ?」
サラは心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。
顔が赤くなるのを気づかれないように、水で顔を乱暴に洗って立ち上がった。
「なんか神官様に意味わからない事いわれてさ!女神の神託が下って、僕は村を出なきゃいけないらしい…………でも大丈夫だ!!僕はこの村が大好きだし、どんな奴が王都から来てもここから離れる気はないからな!」
「そうなんだ……」
サラはそれだけ呟くと黙ってしまった。
お互い何も話さない。聞こえるのは風の音と泉の音だけ。僕はサラがどんな表情をしているのか見る事が出来なかった。
暫くして、サラは深く深呼吸した。
「ねえ…明後日は夕飯一緒に食べない?私が作りに行くからさ!」
「おう!サラの手料理は久しぶりだな!」
「レオンの好きなシチュー作るから」
「ならでっかい獲物を狩ってこないとな!」
さっきの空気など無かったかの様な会話を続けた。
「じゃ私はそろそろ村に戻らないと!明後日忘れないでね!」
「わかってる、楽しみにしとくよ」
村の方へサラは歩いて行く。
「本当はサラと離れたくないんだ………」
その呟きが聞こえたのかわからないが、サラが振り返って笑顔で手をふってくれた。
僕はなんとか手を振り返したが、見えなくなった瞬間、泉の中へ飛び込んだ。