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第六話 小うさぎの受難 side - 竹内

「うはあ、遅くなったあ……こんな時間まで数学の補習とか先生いくらなんでも鬼畜過ぎる……」


 前回のテストで赤点だった数学の補習がようやく終わった。お腹の虫をなだめつつ教室を出て廊下をダッシュ、階段を駆け下りようとしたところで上の階から下りてくる人がいることに気がついた。


「あれ……小田さん?」


 多分ここで誰かと顔を合わせるなんて思っていなかったのか小田さんは僕を見てギョッとした顔をする。そして様子で慌てて目元をごしごしと掌でこすると立ち止まった。


「た、竹内君、なんでこんな時間まで学校にいるの?」

「あ、僕は数学の補習受けてた。小田さんこそどうしてこんな時間まで残ってたの? もしかしてまた部活で何か作ってた?」


 名前をちゃんと覚えてもらえているのが嬉しくて、赤点をとったことを知られてしまったことなんてそっちのけで心が浮き立つ。そして彼女が料理研究会に所属していること、ちょっと前に文化祭に作るカレーを作ってたという話を思い出した。


「ううん、今日は部活はない日だから……」


 だけどその浮き立つ気分も小田さんの顔をちゃんと見るまでだった。なんだか目が赤いし、それに右側の髪が不自然にはねているような気が……?


「小田さん、その髪、どうしたの?」


 僕の言葉に小田さんはおかしなことになっている部分を片手で押さえた。


「なんでもないよ。私、天パだから寝癖がこの時間になってもなおらないだけ」

「そんなはずないじゃん、右側だけ短くなる寝ぐせなんて聞いたこと無いよ。それに目が赤いよ? 泣いてたの?」

「違うから。髪は本当に寝癖なの。目が赤いのはちょっとゴミが入ってちかちかするだけだから……」


 小田さんが僕の前を通り抜けようとするのを腕を掴んで立ち止まらせた。そして小田さんが下りてきたばかりの階段を見上げる。


「上で何かあった? まさか生活指導の安井先生に呼び出されて切られたんじゃないよね?」


 あの先生が小田さんのことをしょっちゅう校門のところで呼び止めていたのを新学期から何度も見かけていた。最近はそれも見なくなったけどあの先生はけっこう執念ぶかくて厳しいらしく、今までに先輩達がされてきたことをあれこれ聞かされていたからもしかしてと思ったのだ。


「先生はそんなことしないよ。うちのママ……お母さんが電話してちゃんと話してくれて私の髪は染めてないしパーマもかけてないって分かってもらったから。最近は校門で呼び止められることもなくなったし」

「そっか……」


 考えてみたら先生に呼び出されていたんだったら屋上じゃなくて職員室の方だよな。それはそれで一安心だ。ん? ちょっと待った。じゃあ、先生じゃなければ小田さんは誰と何のために屋上にいたんだ?


 もう一度、階段の方を見上げたけれど誰かが隠れている気配もない。ってことは小田さんよりも先に下に降りたってことだ。僕は誰ともすれ違っていないってことは補習が終わる前に降りてきた可能性があるってことだよな。でも一体誰が?


「……もしかして誰かに苛められてたとかいうんじゃないよね?」


 その可能性に気がついて質問をした。


「そんなことないよ」


 小田さんは首をブンブンと横に振る。


 うちのクラスは皆それなりに仲が良いし小田さんが誰かと喧嘩したなんて話は聞いたことがない。だけど女子って良く分からないところがあるから絶対に無いとは言い切れない。


 でもそれだったら小田さんの友達の三杉優奈が黙っちゃいないよな? じゃあ男子が? いやそれだったらますます三杉が黙ってなくてクラスが男子と女子に二分する大戦争になっていると思う。


 それに髪の毛を切るなんてどう考えても普通じゃない。っていうか小田さんがあきらかに泣いていた様子なのも普通じゃない。どう考えても何かあったに違いないんだ。


「竹内君、腕を離してくれる? もう帰らないと。今日は遅くなるって言ってないからあまり遅くなるとお母さんが心配するから」

「でもその様子はただごとじゃないよ。髪を切られるなんてさ、やっぱれそれって……」

「これは竹内君には関係ないことだから」


 小田さんは僕の腕を振り払うと階段を駆け下りていくので慌てて彼女を追いかけた。そんな僕の耳に三杉の声が入ってくる。


「美咲! サッカー部の男子から美咲が合唱……ちょっと、どうしたのそれ!!」


 相変わらずでかい声だよな三杉って、と思いつつ、階段を駆け下りて下駄箱の方へと急ぐと、小田さんの髪を手に顔を真っ赤にして激怒している三杉がいた。


 すっげー……。大魔神化している三杉を初めて見た、じゃなくて。


「なに見てんのよ!」


 そしてポカーンと二人を見ていた僕に気がついた三杉が物凄い顔でこっちを睨んでくる。


「え、いや、上で小田さんと鉢合わせして……」

「まさか、あんたがこれをしたんじゃないわよね?!」


 小田さんの頭を指さして僕に怒鳴ってくる。超怖い、殴られそうな雰囲気だから慌てて否定した。


「んなわけないじゃん!」


 三杉は僕を睨んだままスマホを取り出して誰かに電話をかける。そのまま立ち去ることも出来ずにその場に立ち尽くした。


 電話の向こうの誰かに怒鳴りながら三杉の目は僕に向けられたままだ。その顔は早くどっか行けって言ってるけど、同じクラスの小田さんがそんな目に遭ったのに帰れるわけないじゃないか。だって今まで何も言えずにいたけど僕は小田さんのことが……。


「美咲! 早瀬先輩に来てもらうように連絡したから。先輩が来るまであっちで待ってよう」

「え、なんで優菜が先輩と連絡とるの?」


 電話をかけ終わった見過ぎが小田さんに声をかける。早瀬先輩? その名前を聞いて僕は首を傾げ、小田さんは慌てた顔をした。


「先輩と、じゃなくて先輩のツレの先輩と! 私とその人との目的が一致したから共同戦線を張ってたの。そんなことは今はどうでも良いから、こっちで待ってよう」

「……私、家に帰る」


 引っ張っていこうとする三杉に逆らって小田さんがその場に残ろうと足を踏ん張っている。


「なに言ってんの!! こんなことされて黙ってていいの?!」

「帰る!!」


 めずらしく小田さんが強硬姿勢だ。そんな彼女に三杉もちょっと途方に暮れているって感じになった。


「あの……三杉、僕が小田さんを送っていこうか?」


 途端に睨まれた。


「なんで?!」

「なんでって……」


 まさかそこで「なんで」って言われるとは思わなかった。


「え、だってクラス同じだし、家の方向も似たようなもんだし……」

「……しかたない、不本意だけどあんたに任せるわ」


 しばらく考え込んだ後、三杉がそう言った。何その言い方。なんでしかたなくて不本意なんだよ、僕ってそんなに頼りないかな。そりゃ数学で赤点は取ったけどそれとこれとは別問題だと思うんだ。


「ただし送っていくだけだからね。それと送っていったらそのまま美咲が自宅の玄関に入るまで見届けること。それを見届けたら私に連絡を入れること。分かった? 変な事したらこの世界の果てまで追いかけて五寸刻みにして海に捨てちゃうからね!」

「わ、わかったよ」


 三杉、言うことがいちいち怖いよ、なんだよ世界の果てとか五寸刻みとか。僕が小田さんになにかするとでも思ってるのか? 僕は小田さんのことがずっと好……。


「あ、待って、小田さん!」


 小田さんがそのまま靴を履き替えて足早に外に出ていってしまったので、慌てて自分も靴を履きかえて彼女の後を追いかける。校門のところでやっと追い付くと小田さんの隣を歩き始めた。


 チラリと見下ろせば髪が不自然に短くなっている場所は一ヶ所だけではなかった。これってやっぱり誰かに切られたんだよなあ……。


「あ、あのさあ、小田さん」


 声をかけたけど小田さんは黙ってうつむいたまま足早に歩いていく。だからそのまま話し続けることにした。


「あのさ、知ってると思うけどうち、美容室してるんだ。もし良ければ家に帰る前に寄って揃えていく? ガタガタなままで外を歩くのイヤじゃない?」

「……早く帰りたいの」

「そっか」


 そりゃこのままさっさと家に帰りたいって気持ちの方が強いかな。美容室に行ったらどうしてこんなことに?ってうちの母親に質問されちゃうかもしれないもんな……。


「それに、うちのお母さんが切り揃えてくれると思うから」

「うん。だったら無理にとは言わない。どうせするなら自分のお母さんの方がいいもんね」


 小田さんは黙ったまま頷くとそのまま歩き続けた。


 そして自宅の門のところにたどりつくと小さな声で送ってくれてありがとうと言って家の中に駆け込んでしまった。ドアが開いたところでチラッとお母さんが立っているのが見えた。良かった、ちゃんと迎えてくれる人がいて。


「……」


 小田さんのお母さんと目が合ったのでペコリと頭を下げる。お母さんは声は出さなかったけどアリガトウと口パクで僕にお礼を言ってそのままドアを閉めた。


 しばらくそのまま立ち尽くしていたけど気を取り直して家に帰ることにする。


「ああ、三杉に連絡しておかないと」


 急いで三杉に小田さんが自宅に到着して家に入ったことを報告した。すると直ぐに「ご苦労」という返事が返ってくる。なんだよ、ご苦労って。俺、あいつの手下じゃないんだけどなあ……。


「……」


 なんだか三杉の使いっぱしりにされたような気分になって溜め息をつく。小田さんがあんな目に遭ったのに慰めることすらできなかった。これが三杉だったらきっと学校らここまでずっと慰めたり励ましたりしていたんだろうな。


 そんなことを考えたらなんだかちょっと自分が情けなくなってしまった。

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