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第四話 狙われた小うさぎ side - 山崎

 季節はもうそろそろ冬だと言うのに俺、山崎信也の隣にいる早瀬達央の周囲には春色の空気が漂っている。


 その原因はあいつの視線の先にいる小動物系の女の子。確か新学期早々に校門で生活指導の安井先生に呼び止められていた子だ。名前は確か一年生の小田美咲ちゃん。


 あれから少し伸びたらしい茶色いくるくるした巻き毛は肩の下まであって、それを二つにわけて可愛いリボンでそれぞれをまとめている。なるほど、早瀬はああいう子が好みだったのか、そりゃ日本人形みたいな杉野になびかないはずだよなと一人で納得した。


「お前、あからさまに彼女に迫るなよ? そんなことしたら卒倒しちゃうんじゃないのか?」

「なんのことだよ」


 俺の言葉に早瀬は素知らぬふりを通すつもりらしい。俺をごまかせると思ってるのか? お前とは幼稚園入園前からの付き合いなんだぞ?


「なんのことだよって俺に言うのか? だったら答えてやろう、お前がいま見ていた一年生の女の子のことだよ」

「なんのことかさっぱり分からないな」


 そして相変わらずのニコニコ顔のポーカーフェイス。だけどその視線の動きはごまかせない。未だって俺と喋りながらあの子のことをしっかり見ているじゃないか。


「そんなにあからさまに彼女のことを見ておいてそういうこと言うのか? ふーん、お前ってそういうヤツだったのかー……」


 あの子はほんと小動物系だからちょっと驚かせたら倒れそうというか脱兎のごとく逃げ出しそうな雰囲気だ。いやいや、逃げ出す前にその場で気絶してしまうかもしれない。


 うん、決めた、彼女のあだ名は小うさぎちゃんだ。ふわふわした可愛い小さなうさぎちゃんって感じだもんな。もしかしてそんな彼女の雰囲気があいつの保護欲を掻き立てたんだろうか? 


「後輩には優しくしろよ? ムッツリ君」

「ムッツリってなんだよ。それと僕はお前ほど騒々しくがっつかないから大丈夫」

「やっぱり見てたんじゃないか、素直じゃないな。それとお前のその目つきが既にいやらしい。下手したらセクハラだって」

「お前には言われたくないよな。山崎は態度がセクハラがセクハラじゃないか」


 また失礼なことを言いやがって。


「余計なお世話だ。少なくとも俺はオープンに特定の人間にしかその態度を向けてない。それと騒々しいは余計だっつーの」


 まあ確かにがっつく早瀬なんてのは想像できないな。どちらかと言うとニコニコしながら真綿で首を……ってなんか違うか。


「それはそうと、だったらお前、杉野のことはどうするんだよ」

「そこでどうして杉野の名前が出てくるんだ?」

「どうしてって、あいつとお前が付き合ってるって話があるだろ?」

「どうもこうも。僕は彼女と付き合っているつもりはまったくないんだから関係ないだろ。それは本人にも言ってある」


 言ってあるからといって相手がその言葉に同意しているかどうかは別問題なわけであって。しかも「付き合ってるつもりはない」ってなんだよ、その曖昧な言い方は。そういう時ははっきりと「お前とは付き合っていない」って言うべきなんじゃ?


 現に早瀬があの小うさぎちゃんに声をかけはじめたあたりから杉野の様子が少し変わったような気がする。もちろんそんな杉野の変化に気づいているのは俺だけみたいなんだけど、こういうことは改めてはっきりきっぱり大々的に宣言しておいた方が良いと思うんだ。

 

「口約束とは言え、親が嫁にとかなんとか言ってたんだろ? あいつ、変に真面目なところがあるから本気でその気になってるんじゃないのか?」


 心配のしすぎかもしれないと思いつつさらにもう一押ししてみる。


「だからその点もちゃんと話した」

「なんて?」

「僕は杉野と付き合うつもりも結婚する気もないって」


 早瀬はそれで問題はすべて解決だろ?という顔をした。いや、あれはどう見たって早瀬の言葉に納得もしてないし同意もしてないだろって俺は思うんだけどな。 


「だいたい親同士の取り決めだなんていつの時代だよ。いま西暦何年? 何世紀?」

「そりゃまあそうなんだけどな。でもお前んち日舞の教室してるだろ? 日舞っていえば古典的な存在じゃないか。ってことは習ってるやつにはそういう古典的な考えを持ってるやつが多いかもだろ。そこに杉野が含まれていてもおかしくないんじゃ?」


 実際、歌舞伎とか相撲とか古い習慣ってけっこう残ってるっていうじゃないか。


「少なくともうちはそんなことないぞ。母親は日舞の他に最近の音楽に合わせてエアロビしてるんだから」

「いや、問題なのはそこじゃない気が。てかお前の母さん、まだ懲りずにやってるのか? 前に着物と足袋のままやってすっ転んばかりじゃないか」


 何ヶ月前だったかこいつの母親が教室で捻挫して病院に通う羽目になったと聞いた。日本舞踊を待っていてどうやったらそこまで酷い捻挫を?って首を傾げてたもんだが理由は簡単。浴衣と足袋のまま曲に合わせてエアロビしていて滑ってその場で素っ転んだらしい。


「さすがに着物でするのはやめたらしい。今は大人しくジャージと滑り止めのついた靴下履いてやってるよ」

「懲りてないだろ、それ……」

「まあ恐らく」


 ああ、話が横道に逸れてしまったが。


 同級生の杉野晴香は日本舞踊の師範である早瀬のお袋さんの教室に通う生徒だった。今は日舞よりも歌の方に才能を開花させて活動しているがあちらにもまだ通っていたはず。


 そんな彼女を早瀬のお袋さんが気に入って息子の嫁にと口にしたのは確か小学校高学年の頃だったように思う。ただ早瀬の方はまったくその気がなく自分の嫁は自分で探すというスタンスだったし、それ以後は具体的などうのこうのって話も出ることもなかったので立ち消え状態。二人はご近所の幼馴染みの域から出ることもなく今までやってきた。


 だが杉野の方はと言えば、単なる世間話の延長線のような話とは言えいまだに早瀬の親に認められた許嫁いいなずけだと信じ込んでいる節があり、ことあるごとに早瀬にそれを言っては拒否られるということを現在進行形で繰り返している。


 早瀬も優しいから人前ではハッキリと言わないんだよな。そのへんのこいつの性格を杉野はうまく利用しているように思える。だから周囲も誤解して二人が付き合っているとかいう話になるんだよ。


 もしかして杉野はこのまま既成事実を積み上げてなし崩しを狙ってるかもしれないじゃないか。その辺の女の計算高さをちっとも分かっていないのが早瀬の早瀬たる所以とも言えるんだが。


「だけど周りはそんな風に思ってないぞ。お前と杉野が付き合っていると信じてるヤツが多い」

「お前は信じてないんだろ? それとうちのクラスの連中も」

「そりゃ今のクラスは俺を含めて幼稚園の頃からお前のことを知ってるヤツが多いからな」

「だったらそれで十分じゃないか」

「だ~か~ら~~!!」


 あまりの察しの悪さに天を仰いだ。神様、何とかしてやってください、この恋愛とーへんぼくの早瀬君を!!


「そんな状態なのに小うさぎちゃんにお前が近づいたら、どうなると思ってるんだよ」


 お前がぼこられるのはそんなに気にしないけど、あんな小さな小うさざちゃんが杉野の取り巻きに集中砲火浴びたらどうなるかぐらい分かってるだろう。きっと泣かされちゃうぞ。


 そうまくし立てても早瀬が気になったのは別のところだった。


「小うさぎちゃん?」

「小田さんのことだよ! 小動物で可愛いのっていったらやっぱウサギだろ? って気になるのはそこかよ!!」


 思わず突っ込みを入れる。


 しかも俺がそんなあだ名をつけたのが気に入らないって顔をしているんだから処置なしだ。心配するのが馬鹿らしくなってきた。


 ……いやいや、だからこいつがぼこられるのはいいんだって。俺が心配なのは小うさぎちゃんの方なんだから。


「……とにかく。僕が小田さんに話しかけていく分には問題ないんじゃ? 彼女からは一切話しかけてこないんだし」

「だからそういう問題じゃないだろ」

「だが少なくとも小田さんが僕にちょっかいを出してきているわけじゃない」

「だから、そういう理屈が通るようなら世の中はもっと平和なんだって話だろ?」


 秀才なのに恋は人を馬鹿にするらしい。俺みたいに普段から馬鹿一歩手前な人間はそれでいいけど、仮にも学年トップの早瀬が杉野の本性に気がついていないとは、世の中うまくできてるよな。ってか世の中の摂理に感心してる場合じゃない。


「とにかくよくないだろ」

「そうか?」

「そうかじゃなくてだなあ……」


 障害がなくなったとしても小ウサギちゃん、こいつの性格に苦労するかもしれないな。


 そんな早瀬は俺の心配をよそに花壇の横にあるベンチに座って友達と楽しそうにお喋りしている小うさぎちゃんをちらりちらりと盗み見中だ。こんなだらしなくにやけている早瀬を見ていたら心配するのも馬鹿らしくなってきた。


 小うさぎちゃんが逞しい子だったら俺だって放っておくんだけどな。そう思いつつ小うさぎちゃんと早瀬を交互に眺める。すると小ウサギちゃんの横に座っていた女の子が何かを感じたらしく校舎の方へと目をやったので、俺もなんだろうとつられてそちらへと目を向けた。


「こ、こえぇ……」


 校舎三階の窓辺に立つ杉野の姿。


 いつも周囲には柔らかい笑みを振り撒きうちの中学だけではなく近隣からも歌姫とまで言われているのに、今日の彼女はまるで別人だ。


 あんな目で見詰められたら凍死するかも俺。見ちゃいけないものを見てしまった気分だ。そして視線の先には当然のことながら小うさぎちゃんこと小田さんがいる。


 小田さん、やばいよ、一目散に逃げろぉぉぉぉと叫びそうになった。


 ただ、その時の俺も口で言うほど危機感を持っていたわけではなかったんだな。所詮はお子様中学生頭の俺、なんだかんだと早瀬に言いつつも、本当の女子の怖さなんていうのを分かっていなかったんだ。

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