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第十八話 二人で初詣 side - 美咲

「美咲ちゃん、とっても似合ってるー。もしかして私が着た時よりも似合ってるかも」


 先輩のお母さんに着物を着付けてもらっている時に栞お姉さんがお部屋に入ってきた。先輩は用意が出来るまであっちに行ってなさいと追い出され中で、どうやらリビングでふてくされているらしい。


 ふてくされた先輩なんて想像つかないって言ったら、おばさんが息子は外面だけは良いからだまされちゃ駄目よ?だって。


「着物なんて七五三以来だから何だかわくわくします」

「そお? よかった」


 貸してもらった着物は七五三の写真で着ているような色鮮やかな振袖ではなくて、白地に赤と青のお花が全体に散ったレトロ調の袖の短いものだった。おばさん曰く普段着扱いの着物らしい。普段着とは言っても洋服みたいに簡単に着ることが出来ない私にとってはやっぱりよそ行きなんだけどね。


 初詣に誘われたから新年のご挨拶も兼ねて先輩のお宅にお邪魔したら着てみない?って言われて、着物なんて滅多に着る機会なんてないから喜んで頷いたんだけど、帯でぎゅうぎゅう締められて只今ちょっとどころかかなり後悔中……。


 そして着付けが終わると、お姉さんがせっかく着物を着たんだから似合うように髪を結ってあげるわねと言っていそいそと用意を始めた。早瀬先輩は当分の間ひとりで待たされそう……先輩、ごめんなさい。


「あの、良いんでしようか? こんなに時間かかっちゃって」


 心配になって時計を見ながらお姉さんに尋ねる。


「もしかして達央のことをしんぱいしてるの? なにも申し訳ないとか思う必要はないわよ。女の子は準備に時間がかかるんだから。それぐらい待てないような男なんて付き合う価値もないわよ」


 でもそれはこんなふうに最初から準備を始めてしまうのを待つ時間じゃないよね?


「この年頃ってお肌も綺麗よね、モチ肌っていうの? おばさん、羨ましいわぁ……」


 先輩のお母さんが横から私の顔を覗き込む。そ、そうかな? うちのお母さんから若いころからのケアは大事だからねって言われて、寝る前に赤ちゃんが使うような乳液を使っているだけなんだけど、それだけでも違うのかな?


「髪も柔らかいし枝毛もなさそうね。染めてる子とはこういうところがぜんぜん違うのねえ……」

 

 ほっぺをぷにぷにされたり髪の毛を観察されたりしながらやっとのことで準備完了。おばさんに歩くコツを教わってから先輩が待つ居間へと向かった。


「お待たせ達央! あんたのカノジョ、お返しするわよ」

「もー……一体どんだけ待たせたらすむんだよ。二人がかりで美咲ちゃんに何をしてたんだ?」


 ひえええ、珍しく先輩が怒ってるぅ!! 大きな溜め息をつきながらこちらに振り向いた。


「……」

「……」


 先輩は私のことを見たまま黙り込んでしまった。な、なんか変かな……何か言ってもらわないと私、困っちゃうんだけどな……。


「……これって姉ちゃんが着たことのある着物だよな?」

「そうよ」

「美咲ちゃんの方が断然似合ってる、げふっ!!」


 全部言い終わらないうちに栞お姉さんの蹴りが先輩の脇腹に炸裂した。は、激しいです、お姉さん!! 


「私もそう思ったけど、改めてあんたに言われると腹立つわ」

「自分で思ってるなら蹴るなよ!」

「あんたに言われると腹が立つだけよ」


 なんだか目の前で展開されている光景は、普段の先輩と初めて会った時のお姉さんの様子からしたら有り得ないようなもの。後からやって来たおばさんがそれを見て溜め息をついた。


「ね? 外面だけは良いって言ったのは正しいでしょ? しかも二人揃って」

「新しい世界を垣間見た気がします……」


 しばらく二人のやり取りを見ていたおばさんがパンパンと手を叩きながら制止する。さすがお母さん、あっという間に激しい応酬が止まったよ。


「いい加減にしなさい。いつまで美咲ちゃんに恥ずかしいところを見せてるの? 達央も文句言ってたんだから早く出掛けなさい。栞も友達と約束してたんじゃないの?」


 二人とも何気に気まずそうに肩をすくめるとそれぞれの支度に取りかかる。


 すごいね、母は強し。


 私は早瀬先輩と一足先に家を出た。ここから初詣に行く月読神社までは歩いて直ぐ。足袋は柄模様の厚めのものだから、鼻緒で擦れる心配はそんなに無いよって栞お姉さんは言っていたけど、それでも履き慣れない草履で大丈夫かな?って少し心配。


「もし足が痛くなったら遠慮なく言うんだよ? 直ぐに家に戻って着替えれば良いんだから」


 そう言った先輩はさっきとは打って変わっていつもの私が知ってる先輩だった。


 そして初詣に行く人が増えてくると他の人の視線がこちらに集まりがちになってきた。ちょっと怖くて、先輩のコートの裾を無意識に掴んでいたみたい。それに気がついた先輩がニッコリ笑って手を繋いでくれた。


「大丈夫だから。皆、美咲ちゃんが可愛くて見てるだけだよ、だから安心しな?」

「……はい」


 手袋越しでも先輩の体温が伝わってきて温かい。そう言えば柄物の厚手の足袋はあるけど、それ用の手袋ってあまり見かけないなあ。それを先輩に言ってみた。


「着物にあわせた手袋ねえ、確かにそれっぽいのをお店で探して買うぐらい……あ、ごめん、母さんから預かってたのにすっかり忘れてた」


 人の流れから少し離れた場所に移動すると、先輩は肩にかけていたバッグから紙袋を取り出し、その中から手袋を出した。


「ごめん、自分がしてたからすっかり忘れてた。母さんが着物に合うし可愛いから美咲ちゃんにって」


 あずき色のカシミアの手袋で、手首のところに白いファーがついている。


「わあ、可愛い!!」

「母さん、美咲ちゃんにべた惚れだよ。美咲ちゃんは僕のカノジョなのにね、ああ姉ちゃんもかな」


 困った人達だよと苦笑いする先輩。


「私って先輩のカノジョですか?」

「僕はそう思っていたけどイヤ?」

「……イヤじゃないです」


 私の答えに先輩は嬉しそうに微笑んだ。



「あ、美咲!!」



 本殿に続く参道を歩いていたところで声をかけられた。立ち止まって振り返ると優奈がニコニコにしながらこっちに走ってくるところだった。


「あ、先輩、明けましておめでとうございます!」

「おめでとう、三杉さん。皆で初詣?」

「はい。こっちに残っているクラスメートで集まってお詣りに来てるんです」


 先輩の問い掛けに優奈が頷く。


 最初の頃は先輩の信頼度はゼロだよゼロ!!と厳しかった優奈も、三年生の人達に処分が下されてから随分と態度を軟化させているようだった。だけど今でも時々また何かあったら絶対に容赦しないから!って物騒なことを言っていて、それは先輩にもはっきりと宣言している。


「美咲、可愛いね、その着物。初めてじゃないかな、そんな着物を着ているところ見るの」

「うん。これ、先輩のお姉さんが貸してくれたの。ほら、お母さんは日舞の先生でしょ? 着物を着せるのなんてあっという間だったよ」

「へえ!! もう先輩んち公認なんだ~~!!」

「え、どうなのかな……」


 先輩は私のことをカノジョだって言ってくれたし、先輩のお母さんとお姉さんに嫌われてはいないことは分かってるけど公認かどうかはまだ自信がないかな。そんなことを考えながら先輩の顔をチラッと見上げた。


「間違いなく公認だね。それどころか今度なにかあったら、僕は三杉さんに叱られる前にうちの母と姉に家を追い出されるかもれしない」

「それはいいこと聞きました。早瀬先輩って鈍感なところがあるから、美咲のことを守ってくれなければ追い出されるぐらいの脅しがあってちょうど良いですよ。先輩のお母さんとお姉さんに大賛成です。何かあったら私も追い出すの手伝いに行きますよ!」

「相変わらず容赦ないなあ、三杉さん」

「当然です。幼稚園の頃からの大事な親友である美咲のことを託すんですからね」


 優奈はちょっと偉そうな態度で頷いてみせるとニッカリと笑う。


「あ、私お邪魔でしたね。ここで私が二人の邪魔をしたら何にもならないからさっさと退散します。じゃあ美咲、また新学期にね。頑張れリア充~、また色々と話を聞かせてね、楽しみにしてるから!」

「う、うん」


 つんつんと肘で小突かれてちょっと恥ずかしかった。この様子からして休み明けにはきっと今日のことも含めて根掘り葉掘り質問されるに違いない。……休み明けまで我慢できるのかな優奈。


「じゃ、先輩、私の大事な親友をお任せしますから!」

「任されました」


 先輩もニッコリと微笑みながら頷く。そして優奈はクラスの子達が集まっている場所へと戻っていった。桜ちゃん達がニコニコしながら手を振ってきたので小さく手を振り返す。


「そんなに恥ずかしがることないのに」


 そんな私の様子を先輩は面白そうに見下ろした。


「え、でもやっぱり恥ずかしいですよ……」

「そうかな、僕はそんなことないけど」

「そりゃあ、あそこにいるのは先輩のクラスの人じゃないですし」

「あそこに僕の同級生が全員そろっていても恥ずかしくないけどな」


 私は先輩と一緒に初詣に来たところで皆と鉢合わせしちゃって、着物を借りたことを含めて別の日にすれば良かったかなってちょっとだけ後悔してるのにな。


「ところで初詣、どんなこをお願いするのか聞いても?」


 境内に向かう人の流れに乗って歩きながら先輩が質問をする。


「えっと先ずはキナコとアンコを含めて皆が健康で仲良く一年暮らせますようにってことと……今さらだけど先輩が志望校にちゃんと合格しますようにってこと、かな」

「僕のこともお願いごとに含めてくれるんだ、ありがとう」

「今さらですけどね」


 私が休んでいる間に来てくれていたせいで削られちゃってるだろう先輩の受験勉強の時間。


 先輩は大丈夫って言ってるけど高校受験経験者のお兄ちゃんもやっぱり心配していたし、初詣に来たら少しでも神様にお願いしておこうって決めていた。神様からしたらあとちょっとしか時間ないのに今さら困るよって言われちゃいそうだけどね。


「それでも嬉しいよ。美咲ちゃんがお願いしてくれたらそれだけで合格できそうな気がしてきた」

「あ、でもちゃんと勉強は続けてくださいね? これで不合格になったりしたら申し訳なさすぎるから」

「大丈夫大丈夫。それより美咲ちゃんの方は勉強のほう大丈夫なのかな? また教えに行った方が良くない? それこそ受験に備えてとか」

「私のことより先ずは先輩の受験ですよ。私の受験はまだまだ先なんだから」

「そっか。じゃあ僕が合格してから改めて美咲ちゃんちと相談しようね」


 なんだか先輩ってば家庭教師に来る気満々なんだけど。そりゃあお兄ちゃんもキナコも先輩が来るのを楽しみにしているけどさ。


「まずは先輩の高校受験合格ですから!」

「分かりました」


 本殿に辿り着くとお賽銭を箱に入れて鈴をガラガラと鳴らした。そして二人で並んで手を合わせる。あ、そう言えば先輩は何をお願いしたのかな。やっぱり家内安全と受験合格のことかな?


 手を合わせながらチラッと横目で先輩の顔を盗み見する。途端に目を閉じていた先輩が目を開けてこっちを見た。そしてニッコリと笑ったので慌てて視線を前に戻した。


「じゃあおみくじ引いていこうか?」

「変なの出なければ良いんだけどな……」

「大丈夫だよ。こういう時のおみくじは大抵いいことしか書いてないんだから」

「そうかなあ……」


 そんなことないと思うんだけどとな。だって凶が出てガックリしている芸能人さんとかテレビで見たことあるし。


「もし変なのが出たら交換してあげるから心配ないよ」

「それじゃあ引いたの意味がないじゃないですか……」


 そして社務所の前にあるおみくじを二人でひいた。


 どんな結果だったかって? それは内緒!!

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