第十七話 こっそり失恋した模様 side - 竹内
長期欠席していた小田さんが学校に出てくるようになったのは学期末のテスト間際。
ずっと休んでいたからテストの方は大丈夫なのかと心配していたけど、「勉強の方は皆でノートを届けていたので問題は無いよ、ありがとう」って言っていた。
それは良かったと安堵しつつ、自宅で勉強している間は先輩が教えにきてくれてたんだって嬉そうに三杉さんと話をしていたのがちょっと気になっている。
その後も三杉さんがネタにするから洗いざらい吐きやがれと謎な言葉を発し、小田さんがイヤ~とか騒いでいるのを何度か見かけた。もしかしなくても先輩って三年生の早瀬先輩のことだよなあ、きっと……。
小田さんが髪の毛を三年女子に切られた後、三年生のそれぞれのクラスでは大騒ぎになっていた。高校受験が迫っていたけど放置できないってことで、何度も学年集会が開かれたり保護者への説明会があったりと色々大変だったらしい。
一年と二年では、どのクラスでも今回のことに限らず何かされた人がいたら先生に知らせるようにとホームルームで言われた程度らしく、詳しくは何が原因で何があったのかまでは知らされていない。
だけど何やら早瀬先輩が小田さんのことで爆弾宣言をしたとかしないとか? そんな噂話も流れてきた。
なんだかどう考えても限りなく失恋に近い状況?
そして冬休みに入って年明け、地元に残っているクラスのメンバーで初詣に行こうって話になった。
行き先は近所の月読神社。敷地も大きいしい色々な願い事に御利益もあるらしくて、地元の人達のたいていは必ずと言っていいほどこの神社で初詣をする。
当然、小田さんにも三杉さんが声をかけたんだけど他の予定があるみたいで参加できないという話だった。休みの間に小田さんに会えると密かに楽しみにしていた僕としてはちょっとガッカリだ。
そして三杉さんがとうとう美咲にも春だよねとか言っているのがちょっと気にかかる。フラグ立ちまくりで気分は最悪になってきた。今さらだけど今年の初詣の願い事で神頼みをしてみようかな?
「竹内、なんか今日は元気なくない?」
「そんなことないと思うけど」
友達に何度か言われてそんなにはっきり顔に出ているかなと意識して明るい顔を作る。今のところ僕の気持ちを知っている人間はいないけど、こんなの誰かにバレたりしたら大変だ。しかも相手は同じクラスの小田さん。イヤなことがあったばかりの彼女にまた居心地の悪い思いはさせられない。それに僕だってからかわれるのはイヤだ。
「あ、美咲ちゃんだ」
神社に到着してすぐにクラスメイトの新井さんが神社で小田さんを見つけた。新井さんが見ている方向に目を向けると着物姿の小田さんが歩いている。
切られてしまった髪もずいぶんと伸びたし、その髪を着物に合うようにするためかちゃんと結い上げていて何だか可愛いな……。あれ? 隣にいるのってもしかして早瀬先輩?
「もしかして一緒にいるの、早瀬先輩かな?」
「そうみたいだね。いつの間にあんなに仲良くなったんだろう?」
「美咲ちゃん、すごく楽しそう」
「うらやましい!! 私もあんな風に初詣したい!!」
そんな女子の声。確かに小田さんはとても楽しそうに先輩と話をしながら歩いている。クラスの教室にいる時にあんな明るい顔していることってあったかなあ……。
「私、ちょっと声かけてくるね」
三杉さんがいつもの賑やかな声をあげながら二人の方へと走っていく。
他のメンバーは気を遣ってこちらで待機。行こうとした男子もいたんだけど女子からヤボは駄目だよって止められてた。なんで男子がヤボで駄目なのに三杉さんはかまわないんだよ。女子の思考は本当によく分からない。
「竹内、なに見とれてんの?」
「え? 見とれているわけじゃなくてさ、ああいう普段着っぽい着物って珍しいよなって。ほら、周りの人で着物って振袖が多いから」
境内を見回すと着物姿の女の人の姿があちらこちらにいる。その人達が来ているのは成人式なんかのニュースでよく見かける振袖だ。だけど小田さんが着ているのは落ち着いた色と模様の着物だった。そして足元の足袋も白くなくて色がついているものだ。
「あー。きっとあれじゃね? 早瀬先輩んちって日本舞踊の教室してるから、そこで着せてもらったんじゃ?」
「そうなのか……」
ってことは小田さんは早瀬先輩のおうちの人とも親しいということ? もしかして親公認の仲?
何となくもやもや感を抱いたまま三杉さんが戻ってくるのを待つ。
三杉さんは楽しそうに小田さんと早瀬先輩と話をしてから、小田さんをからかうように何度かつついて手を振りながらこっちに戻ってきた。三杉さんにつつかれた時に小田さんが恥ずかしそうに顔を赤らめているのを見て、あ、これってやっぱり失恋確定だよね?みたいなことを漠然と感じた。
「お待たせ。美咲はね、早瀬先輩とデートなんですと。新年早々に御馳走さまって感じだよね~」
近付いたらラブラブな空気にあてられちゃったよ、アハハと笑う三杉さん。確かに遠くから見ていても二人がとってもいい雰囲気なのが分かる。分かりたくなかったけど。
「着物なんて珍しいよねー」
「先輩のお宅で着せてもらったんだってさ。お姉さんのおさがりらしいよ。もう家族公認みたいでうらやましいったらありゃしない」
楽しそうに報告する三杉さんの横で俺はさらにガックリ。何も言えないまま僕の失恋は確定だ、神様にお願いする以前の問題だった。
新年早々すごくガックリ感がハンパない。そんな僕の顔を不思議そうにのぞき込むクラスメイト。
「あれ、竹内君どうしたの? なんか元気ないね?」
「そう? 最近、新しいゲームを買って夜遅くまで起きてるからこの時間はまだ眠くて……」
うん、これは嘘じゃない。元気のない理由が他にもあって、実のところそっちの方がガッカリの割合を大きく占めているだけで。
「そろそろ時間を戻さないと新学期から辛いよー、宿題は終わった?」
「宿題は終わってるんだけどねえ……クリスマスに買ってもらったゲームのやりすぎで昼夜逆転中かも」
「分かる分かる」
それと別の意味で辛いかな。二人の姿が人混みにまぎれて見えなくなるまで目で追った後、吹っ切るように息をはくと皆で本殿へと向かう。
そしてそこで引いたおみくじにまでとどめを刺されてしまった。
“吉 何事もあきらめが肝心”
どうやら神様も僕の気持ちをお見通しだったみたいだ。吉だけど気分的には大凶な初詣だった……。