第十四話 学園祭へのお誘い side - 美咲
気がつけばカレー作りを楽しみにしていた学校の文化祭も終わっちゃっていた。せっかく皆でたくさんカレーを作ろうって楽しみにしていたのにちょっと残念だったな……。
そうこうしているうちにお向かいのお庭にある紅葉が黄色や赤に変わっていた。だけど私はまだ学校に行けずにいる。
「……私、ちゃんと二年生になれるのかな」
そんな心配はあるけど外に出るのが怖いんだからどうしようもない。お向かいのおばちゃんがお買い物に出かけるみたいで玄関から出てきた。そして窓から外を見ている私に気がついてニコニコしながら手を振ってくる。町内では私は風をこじらせて肺炎になったということになっていた。
『お大事にね~~』
おばちゃんの口がそう言っている。こんな風に近所の人と顔を合わせるのはぜんぜん平気なんだけどな……。
実はあのことがあった後に近所のコンビニにアイスを買いに行こうと思って家を出たことがあった。最初は何ともなかったんだけどお店に入って同い年ぐらいの見知らぬ女子に遭遇すたら、急に心臓がドキドキしはじめて不安でどうしようもなくて走って家に戻ってきてしまったのだ。
だからそれ以来、家を出るのがちょっと怖い。
そんな私の気持ちが分かっているのか、学校には無理に行かなくても良いよ?ってパパもママも言ってくれたから今もお休みを続けている。
勉強の方はクラスの皆が交替でノートを届けてくれているのと、早瀬先輩が時々家に来て勉強をみてくれるので今のところちゃんと進められていると思う。だから二年生にはなれるはず、多分。
「ただいま、美咲。今日は早瀬が来る日なんだっけ?」
学校から帰ってきたお兄ちゃんがノックをして私の部屋に顔を出してそう聞いてきた。パパとママが仕事で不在の時はお兄ちゃんが帰宅して最初にしなくちゃいけないのが私にただいまを言うことらしい。でも今日はただいまはついでに言っただけで、大事なのはその後に言ったことの方だよね、きっと。
「うん。あと三十分ぐらいかな」
先輩が来るようになって最初はお父さんと一緒になんだか不機嫌そうにしていたのに今じゃすっかり打ち解けちゃっている。気をつけないと勉強中に私の部屋まで押し掛けてくるから油断できない。
「今日は私の苦手な数学なんだから邪魔しないでよね、お兄ちゃん」
「分かってるって。いつもちょっと話すだけじゃないか」
「そうかなあ……」
勉強の時間は厳しい先輩だけどお兄ちゃんと話している時は別みたいで、たまにお互いの趣味の話に夢中になっちゃって私のことをほったらかしにしていることが何度かあった。そういう時は大人しく宿題をやることにしてるけど男の子同士の話って本当によく分からない。なんであんなつまんないことで盛り上がれるのかな。
ママ曰く、お互いに男兄弟がいないからじゃない?ってことだけど、先輩は私のお勉強をみにきてくれているんであってお兄ちゃんとお喋りしにきてるわけじゃないんだけどな。
「こんばんは、早瀬です」
そして今日もいつもの時間に先輩がやってきた。いつの間にかインターホン越しに先輩の声が聞こえた時は私が玄関のドアを開けるのが決まりになっている。私の勉強の先生だもんね。
「こんばんは、先輩。今日もありがとうございます」
「こんばんは、美咲ちゃん。あ、キナコもこんばんは」
私の後ろの柵越しにこっちを見ているキナコに先輩が声をかけた。最近はキナコもこうやって先輩のことをお出迎えするようになっている。
「すっかり慣れちゃいましたね、キナコ」
「そうだね。あとはアンコにお近づきになれたら言うことないんだけどな」
「あの子、気難しがり屋さんだから……」
もう一匹のアンコは今も遠巻きに眺めていることが多くて先輩には未だに近寄ろうともしない。猫にも色々な性格があるんだねって先輩も不思議がっている。けど最初の時よりずっと距離が近くなってるからそのうち慣れちゃうんじゃないかな。
「あ、こんばんは、お邪魔します」
お兄ちゃんが顔をのぞかせたので先輩が頭をさげる。
「お兄ちゃん、勉強の邪魔は駄目なんだからね」
「分かってるって。そうじゃなくて母さんが夕飯食っていかないかって聞いてこいって言うから」
「いいんですか?」
「その気があるなら早瀬んちに電話するって言ってた」
「じゃあ遠慮なく」
明日がお休みだから今日はゆっくりできるってことなのかな。おやつにケーキとかお菓子を食べることは今までにもあったけど、晩御飯を一緒に食べるなんて初めてのことだ。
「分かった。だったら飯食ったら俺の部屋で前に話したやつ、見ないか? 借りてきたから」
「ああ、あれですか。いいですね」
ほら、もう私には分からない会話してる!!
「勉強が終わってからなんだから問題ないだろ?」
「でも勉強が先だから!」
「だから分かってるって。じゃう早瀬、不肖の妹の勉強を頼みます」
「はい、お任せください」
とにかくこれ以上ここにいるとお兄ちゃんと先輩が話し込んじゃいそうな雰囲気だったから急いで先輩のことを押すようにして二階にあがった。もちろんキナコも一緒に。
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「あの、先輩、本当に受験勉強の方は大丈夫なんですか?」
しばらく勉強を見てもらいながらいつも気になっていたことを尋ねてみた。
「うん。僕の成績でなら聖林高校は問題ないってことだし。あ、もちろん普通に受験勉強はしてるから安心していいよ」
「聖林なんですか?」
聖林は近くにある公立高校だ。
「そうだよ、意外だった?」
「先輩、もっとランクが上の進学校に行くかと思ってました」
「あー、それは担任の先生にも言われた。もうちょっと上の学校を目指ししてみないかって」
聖林高校も偏差値は高い方だけど先輩は凄く成績がいいって話を聞いているし、国立大学とかを目指してもっと上の進学校に行くのかなあって思ってたんだけどな。ちょっと意外。
「最終的には父親と同じ警察官になりたいと思ってるから大学には行くと思うけど、それほどこだわってはいないんだ。出世したいわけじゃないしね」
「警察官になるんですか? へえ、もう将来のことまで決めてるんですね、凄いなあ」
「美咲ちゃんは? 将来はなにになりたいとかあるの?」
「私ですか? 高校はお母さんと同じ光陵の高等部に行けたらなって思ってますけどその先はなんにも決まってないです」
そう言えば先輩がここに来るようになって、私のことを「小田さん」から「美咲ちゃん」と呼ぶようになった。ここは全員が小田さんだからややこしいだろ?だって。いまだに名前を呼ばれるとちょっとくすぐったいけど、なんだか先輩と仲良しになれた気がして嬉しいかも。
「あそこって中学もあるよね。受験のことを考えたらあっちの中学に行った方が楽だったのに、どうして行かなかったの?」
「受験するつもりではいたんですけど、ちょうどその時にインフルエンザにかかっちゃって受け損ねちゃったんですよ。だからこっちに」
「そっか、だったら美咲ちゃんと僕が同じ中学校になったのはインフルエンザのお陰だったんだ。ああでも僕の姉があっちに通ってるから、光陵中学に行ってたとしても会えたかもしれないけどね」
ちょっとした運命かもね?なんて優菜と同じようなことを言って先輩が笑っているのがちょっと意外だった。
それから再びお勉強を再開。
どんなにニコニコしていてもキナコが可愛くニャーニャー鳴いてもお勉強中の先輩は相変わらず厳しい。先輩曰く「集中していられる時間は短いんだからその時間は目一杯勉強すべし」なんだって。さすが受験生、言うことが違うな~~
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「あ、そうだ。美咲ちゃん今年の文化祭は参加し損ねたから、光陵学園の学園祭に行かない? うちの姉があっちに通っていて友達連れておいでって招待券をもらったんだ」
そして皆でご飯を食べている時に先輩がこんなことを口にした。
あそこは大学まである学校で学園祭も中学から大学までが一斉に開催するので、この辺りの学校の中では飛び抜けて大規模なものだ。ってことはたくさんの人が来るということで……。
「まだ出掛けるの、怖い?」
町内のコンビニに行くのでさえ怖い状態なのに駅向こうの、しかもたくさん人がくる学園祭になんて行けるかな。無理して行って先輩に迷惑かけることになっちゃわないかな……。
「僕だけじゃなくてお母さん達も一緒だったら大丈夫なんじゃないかな? それでも駄目そう?」
「……よく分かんないです、ごめんなさい」
「じゃあ、招待券は姉から貰って確保しておくから、当日までに考えておいてくれる? お母さん達の仕事の都合もあるだろうし別に無理しなくても大丈夫だから」
その問いに黙って頷くと先輩はそれで満足したようで、お兄ちゃんと男の子の話をしながら再びご飯を食べ始める。
そしてご飯が食べ終わるとさっそくお兄ちゃんの部屋に引っ張っていかれて、何やら男同士でコソコソとしていた。もちろん男の子に含まれているキナコも部屋に入る気満々だったみたいで、当然のように二人にくっついて部屋に入っていってしばらく姿をあらわさなかった。
「男の子って面白いわねえ」
お母さんはそう言って最初は笑っていたんだけど、何故か遅れて帰ってきたお父さんまでお兄ちゃんの部屋に押しかけてワイワイやり始めると雲行きが怪しくなってくる。
「……ママ、もう九時すぎちゃったよ?」
「そうね、そろそろ困った男連中を何とかしなくちゃ」
そう言いながら二階に上がっていく。
「誠、いい加減にお風呂に入りなさい! 早瀬君も家に帰らないと御両親が心配するでしょ! パパ、もうこんな時間だから送っていってあげなさい!」
アンコとリビングのソファで耳をすましていたらそんな声が聞こえてきた。そして階段をトントンと降りてくるキナコの足音。人間の男の子じゃないからワシは関係ないよって顔をしてさっさと私の隣で丸くなる。
「ほんと、男の子ってよく分からないよね、アンコ」
私の言葉にアンコはフーッと溜め息のような鼻息を出すとそのまま毛づくろいを続けた。