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第十話 事態を収拾せよ side - 早瀬

 英語の文法に首を傾げている小田さんの短くなってしまった髪の毛を見つめながら、僕は事件当日から今日までのことを思い出していた。


 たった一週間足らずの間に起きた出来事だったのに、まるで何年もかけて捜査を続けた難解事件に取り掛かったような気分になってくる。


 とは言っても僕がしたことは大したことではなくて、もっと前にしておくべきことだったんだけれど。



+++++



 山崎からすぐに学校に戻って来いと電話がかかってきたのは文化祭前のある日の夕方だった。


 いつもお気楽なあいつにしては珍しく深刻な口調だったので何かあったんだろうと、帰宅途中だったがすぐに学校へと引き返した。


 戻ると下駄箱のところで山崎と、小田さんといつも一緒にいる賑やか担当の女の子が僕のことを待っていた。確かあの子の名前は三杉さんとかいったよな。心なしか目が吊り上げと僕のことを睨んでいるように見えるのは気のせいだろうか?


「急にどうしたんだ?」

「どうしたもこうしたもない。とうとうやらかしやがったぞ、あいつら」


 珍しく山崎が苛立った口調で吐き捨てた。


「やらかした? 誰が? 何を?」


 山崎がその質問に答えようとしたところでサッカー部でよく見かける一年生の男子生徒がこちらに走ってくる。


「三杉、屋上に証拠が残ってた。落ちていた状態の写真撮って証拠はしっかり確保済み。写真はメールで送るとして、これはそっちに渡しておくよ」


 そう言って男子が差し出したのは小さなコンビニのレジ袋だった。


「ありがと、高階(たかしな)

「風に飛ばされてなくて良かったよ。まったく酷いことするよなあ、自分より下の子の無理やり髪を切るなんて。ほんと女子の先輩ってこえぇ」


 その男子がブルッと体を震わせた。


「高階、このことは誰にも言わないでね? 先生にもまだ報告してないから」

「分かってる、他の部員にもちゃんと口止めしておくから大丈夫。でも何か証言が必要になったら言ってくれよな。合唱部の女子に何を言われても俺たちは平気だし」

「うん」

「じゃあ俺はこれで。山崎先輩、早瀬先輩、お先に失礼します!」


 一年生男子は僕達に頭をペコリと下げて帰っていく。そしてその場に残されたのは僕達三人。三杉さんは中身を覗き込んでから腹立たしげな声をあげると何故かその袋を僕の方にグイッと差し出した。


「これ! 見てくださいよ!! ぜんぶ先輩のせいですからね!!」

「僕?」


 突き出された袋を反射的に受け取ってしまう。なんだろうと中を覗き込むとそこに入っていたのは茶色い塊とハサミだった。これってもしかして髪の毛? しかもどこかで見たような色の髪の毛だ。


「美咲の髪の毛ですよ、それ!!」


 小田さんの? 驚いて顔をあげて三杉さんの顔を見る。そして山崎の顔も。


「……どういうこと?」

「小田さん、放課後に合唱部の三年生女子に呼び出されたんだってさ。で、屋上に連れていかれて……」


 山崎がハサミで何かを切るような仕草をした。


「なんで合唱部の女子が小田さんの髪を?」


 そんな僕の問いに山崎と三杉さんが信じられないという顔をしてから揃って溜め息をついた。もしかして理由を分かっていないのは僕だけなのか?


「合唱部の、しかも三年生の女子が、誰の差し金で動くかって考えたら理由も原因も分かるだろ、お前、頭いいんだからさ」


 合唱部の三年生女子といえば杉野と仲良くしているあの連中だけだ。言われてみれば彼女達はいつも杉野を囲んでつるんでいるような気がする。


「……杉野の差し金ということ、か」


 山崎の目が珍しく怒りで吊り上ったものになった。


「杉野の、とか呑気に言ってる場合じゃないっつーの。何を言われたかは本人に聞いてみないと分からないけど、こんなことされた小田さんがあいつらに何を言われたかなんて想像つくだろ? 頭よくなくても」

「何度か杉野先輩がものすごい顔して美咲のことをにらんでいるのを見かけたんです。だから気をつけてはいたんだけど、まさか合唱部の先輩達から呼び出しがかかるなんて思ってもいなくて……」


 にらんでいた? あの杉野が?


「三杉さんのせいじゃないよ。発端はこいつんとこの母親と杉野の母親で、あいつらをたきつけた杉野は当然だけど、そもそもの原因はそのことをきちんとはっきりさせないまま放置していた早瀬なんだから」


 溜め息をつきながら、しょんぼりしている三杉さんを慰める山崎。


「でも、美咲が早瀬先輩と仲良くなることを杉野先輩がよく思ってないってこと、ちゃんと美咲に言っておけばよかった。変に怖がらせるのも可哀想だからって黙ってた私が悪いんですよ。言っておけばあの子だってもっと注意したかもしれないのに」

「言ったところで結果は似たようなものだったと思うよ? それにあいつらがここまで酷いことをするなんて三杉さんも思わなかったろ?」

「そりゃそうですけど……」


 悪いのは全部あいつらだから三杉さんは気にしちゃ駄目だよと言う山崎の目がこちらを見た。


「悪いのはあいつらだけじゃなくてお前もなんだからな?」


 ……確かに。これは僕の怠慢が招いたことだ。


「ところで何で山崎と三杉さんが一緒に?」

「三杉さんから相談を受けてしばらく動く気配がないか様子見をしてたんだ。……あー、もう!! 俺も油断してたんだよな。偉そうに早瀬のこと言えないか、俺だって杉野のことまったく分かってなかったんだから」

「先輩は悪くないですよ、悪いのはどう考えても杉野先輩と合唱部の先輩達です!! それから呑気に美咲に声をかけてきた広瀬先輩も!! 美咲をこんな目に遭わせて!! 先輩達、最悪です!!」


 しょんぼりしていた三杉さんが再び怒り出す。しかもその怒りの半分ぐらいは僕に向けられているようだった。


「で、どうすんだよ。ちなみに髪の毛を無理やり切るのは傷害罪な、お前のことだから分かっているとは思うけど」

「……これは学校での問題というよりも、僕の問題だよな。三杉さん、今回のこと証拠はどの程度のものが残ってるの?」


 機転をきかせてくれた彼女には感謝しなければならないな。


「美咲と三年生の先輩が階段を昇っていくところの目撃情報と、あ、これはちゃんと証言してくれるっていう確約とってます。それとさっきの子が撮ってくれた屋上に髪とハサミが落ちている状態の写真、そして切られた髪の毛とハサミ。それから、美咲んちのお母さんに頼んで、切られた状態の写真と美咲の顔。そのぐらいしか……」


 それだけあれば十分だった。あとは本人達の証言がとれれば文句なしだろう。先ず僕がするべきことは事の発端となった母親たちの話の真相を確かめることだと思う。


「分かった。少し時間をくれる? 杉野のことはきちんと俺が片をつけるから。それと証拠の写真、俺のスマホにも送ってくれると助かるんだけど」

「分かりました。だけど髪の毛とハサミは私が預かっておきますから!」

「……?」


 三杉さんが怒った顔のままそう宣言した。


「僕が預かっておいてた方がよくないかな?」

「いいえ。これは私が持ってます! 提出しなくちゃいけなくなったら私が先生に直接渡します!」

「まあその方が良いかも。三杉さんがそれで安心して事件の解決をこいつに任せることが出来るなら問題ないんじゃ? 先生に話す時にでも彼女から渡してもらえば良いんだし」


 山崎が横から口を挟んでくる。


「いや、しかし」

「あのな、ここまでこじれるまで放置してたお前のことを三杉さんは信用できないって言ってるんだよ。全部言わせるなよ~~」


 山崎の言葉にウンウンと頷く三杉さん。


「そういうことか……反論できないな」

「お前の信用度がプラスになるのはこの件を解決してからだよ。それまでは限りなくマイナスに近いゼロ状態だから」


 更に三杉さんが力強く頷いた。


「とにかく責任をもって解決すると本人の宣言は聞かせてもらったんだ。ここからは早瀬に任せるしかないよ。三杉さん、家まで送っていこうか?」

「いえ、私、学校の裏に住んでるので大丈夫です。この時間なら裏門から出ても先生に見つからないから。では失礼します!!」


 三杉さんは最後にもう一度僕をにらんで走っていった。


「今の顔を見たか? 完全に信用失くしてるぞ、広瀬」

「分かってるよ」


 少しだけ面白がっている山崎にそう返事をした。そんなことこいつに言われなくても分かってる。

 

「それと小田さんにもきちんと謝らないと。あの様子だとかなりショックを受けてたと思う」

「それも分かってる」


 小田さんは僕がここに戻ってくるまでに帰ってしまったらしい。一人で?と心配したら同じクラスの男子に送ってもらったとか。それを聞いて一安心だ。本当なら僕が送っていって御両親にもきちんと説明しなくてはならなかったんだろうけど。


「きっと怖かったよな、小田さん……」


 小田さんのお母さんから送られてきたギサギサに髪を切られた彼女の横顔の写真を見たら胸が痛くなった。


 泣いていたんだろう、目の辺りが腫れている。それに、もしかして頬の辺りが赤いのは叩かれでもしたんだろうか。そんなことを考えたら急に怒りがこみあげてきた。


「やっぱ俺のせいだよな……」

「どう考えてもお前のせいだろ」


 山崎は容赦ない。だけどそれはまぎれもない事実だった。小田さんがこんな目に遭ったのは間違いなく僕のせいだ。


 もっとはっきりと、周囲が誤解しないように徹底的に言い聞かせておけば良かった。けど後悔しても後の祭り。とにかく今の段階で出来る限りのことをして一日でも早く小田さんが安心して学校に来られるようにしなければ。

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