1H作文チャレンジ20171222
お題:嘘 愛情 指輪 ※当人に技術者の知識はありませんのですべて妄想です。
削る。
磨く。
削る、削る。
固定された小型のグラインダーにゆっくりと当てて、削る。大体の形はできた。ここからは手作業で、細かく削っていく。現代の技術になってようやく追いついてきたといわれる、ナノ加工の世界。これを、僕らの一族は昔からやってきた。僕ら一族の加工は本格的には明治のあたりかららしいが、その原型は鎌倉あたりから続いているという。棒状のやすりで1000番、2000番。そのあと紙やすりに持ち替えて3000番から順に磨いていく。5000番あたりからはおそらく削っている感覚はなく、撫でるものに近いという(私自身は削っている感覚がまだあるのだが)。ここまで来たらもうこの先は個人のこだわりの領域、すでに光沢は十分にある。
「よし、完成」
満足いくまで磨いた後、さらに磨き粉や特殊な水を使ってさらに磨き上げ、これ以上にないなめらかな表面の指輪が完成した。ぐぐ、っと伸びをすると数時間ぶりに動かした背骨が久しぶりの動きに驚いているような音を出す。その数日後。
「お待たせしました。私の中で最高の一品に仕上がりました」
「まぁ、なんと素晴らしい輝き! こんな良いものを作ってくださるなんて! お釣りはいらないわ」
「えっ、あっ、それは……」
「いいのいいの! 気持ちだと思って」
そう言って書かれた小切手には見積もりの倍近い数字。目を見開いていると、その客はあっという間に出て行ってしまった。
この仕事をやっていて、極稀にではあるが大盤振る舞いをしてくれる人がいる。お金が多く入るのはとてもありがたいのだが、すこし後ろめたくなってしまう。
「……また、嘘、ついちゃったなぁ」
先ほど、『私の中で最高の一品』と言ったのは嘘だった。要望をもとに設計し、規格通りに作り上げたという点では確かに最高点であるという自負はあるが、自分の中にある『何か』がくすぶっているままだ。自分の満足できる、一生を賭けたと言ってもいい至高の一品には到底及んでいない。客の要望も多種多様だ。そのたびに自分の求めた頂点の指輪はこれかと思いながら手を進めるも、出来上がりに近づくにつれて何とも言えない違和感が体の中をのたうち回っている。縦横無尽に駆け巡る『これじゃない』という違和感が手元を狂わせることも少なくない。先ほど渡した指輪も、少し手元が狂った箇所が何点かある。もちろん、リカバリはしたし、素人目には見えない。レーザー計測器を用いない限りは気づくことのない誤差の範囲ではあるが、指輪に関しては完璧主義に近い自分の気持ちが痛む。そんな自身の満足には程遠い職人生活を送っていたある日、初老の男性が来店された。
「この材料で、指輪を作ってほしいのです」
そう言って差し出された桐箱を開くと、中にあるのは骨だった。まちがえることのない、人間の骨。おそらく片腕と片足、あと頭部と数本の肋骨と、恐らく腰を構成すると思われる骨の一部。
「私は、つい先日の災害で妻に命を助けられました。その妻は私を残して燃える家屋とともに旅立ってしまいましてね。……私は、妻を愛していた。今も、これからも。片時も離れることなく、私は妻と、最期の時までともにありたい。この愛情を表すならば、身につける装飾品として肌身離さずともにあるべきだと、思ったんです」
初めての経験だった。様々な金属や木材から指輪を作ったことはあっても、骨からというのは前例がなかった。
「気狂いの客だと思うでしょう。他の方法ももしかするとあるのかもしれません。ですが、私にとってはこれが最善の表現方法であると、思っています」
「……わかり、ました。私も、私の今ある最高の技術をもって、作らせていただきます。」
こうして引き受けたはいいものの、全く行ったことがない骨からの指輪の作成。採寸は行ったし、実際の作業をするだけなのだが、恐怖が体を襲う。目の前にあるのは人の骨。しかもつい数日前まで生きていたとされるものだ。言ってしまえばこれは死体をつつくようなもの。故人を本当に敬っている行為なのか、侮辱してはいないか。それに加え、簡単に失敗はできない。初めての素材だが、失敗すればするほど骨はなくなり、故人のいたという証も消えてなくなる。指の骨は細すぎるし、少なくとも腕や足の太い部分を切り出して作っていくことになる。そうなれば今の原型が崩れるのは必至で、それを見たときの男性の反応が想像もつかない。骨を見れば、所々穴が開いている。男性の妻だったということは、この骨もおそらく還暦前後は生きていただろう。そうなれば骨が少しずつ弱っていてもおかしくはない。穴があれば正確な指輪を作ることは叶わず、無駄にしてしまう。例えが悪いが地雷原のようなもので、切り出した断面に穴がほとんど空いてない場所を探さなければならない。
……だが、かの男性は骨が減ることも承知している。そして、骨で指輪を作ってほしいと頼られたのは私だ。彼はどこからか聞いた私の力を見込んで頼みにきてくれたとするならば、それは技術者にとって最高にうれしいことの一つだ。だったら、言ったとおりに自分の最高の技量をもって応じなければならないし、それに見合う技術は持っているはずだ。技術があるからこそ、私に依頼が来たんだ。信頼されていたからこそ、一見だったにも関わらず、最愛の奥さんの骨を託してくれたのだ。何も怖がらなくていい。自分は全力で答えることができるんだ。穴が開いていたって、それが彼女だ。目の前にある骨の状態こそが彼女の生きた証。それを隠そうとしてどうする。ありのままに、彼女の生きた様を一個のリングに収めるんだ。
骨を一つ取り出す。震えが消えたわけではないが、気持ちは吹っ切れた。
「こちらになります」
そうして取り出した骨で作った指輪。もちろん、寸法通りのぴったりではあったが、それ以上に、指を通した瞬間の画が『嵌まって』いた。長年寄り添った夫婦が再開したような、この男性と指輪は常に一緒だったし、これからも離れることはないと。そう確信させてくれる光景がそこにあった。
「こちら、お預かりしていた遺骨になります。奥様の仙骨にて作らせていただきました」
桐箱の蓋を開け、中を確認している。骨の外観をほとんど損なわないよう、形を想像しにくい体の中心にある骨を使ったために一瞬見ただけではどこが欠けているのかがわからない。ほぼ渡したときに近い状態で帰ってきた遺骨に、深い深い笑みを浮かべながら一言。
「ありがとう、ございます」
自分の一生を賭けた至高の一品には届いてなかったものの、この経験は自分の中にあった『何か』をすこし解きほぐしてくれたような、そんな気がした。